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その日、立原技研の社長室に、珍しい来客があった。
来客と言っても外部の人間ではなく、立原技研の共同経営者の一人でもある技術部主任の立原陽一郎その人だった。滅多に開発研究室から出てこない人物が目の前に立っていると気づいたとき、白崎はまず、机の上のモニタ画面を確認した。
「どうしたんだ。何かシステムエラーでもでたのか?」
「それだったら暁のところになんかこないで自分で何とかするよ」
もっともな答えに、白崎は眉をひそめた。逆に考えれば、自分で何とかできない事態が起きていると言うことだ。
それが何か尋ねる前に、立原は机に両手をついて白崎を覗き込んだ。
「あのさ、暁。鎮森さん、呼べないかな?」
「は?」
立原が誰を呼べと言っているのか、本気でわからなかった。
「鎮森って……もしかしてこの前来た、大学の後輩の鎮森か?」
「他に鎮森って名前の知り合いはいないだろ。バイトでも良いから来てもらえないかな」
「バイトでもいいって、いきなり言われても困るだろ。俺も鎮森さんも。最初から話をしろよ。一体どうしたんだ?」
性急すぎる話に待ったをかけると、立原はむくれたような顔になる。
「だから、鎮森さん向きの内容なんだよ、今回のエラー報告が」
「エラー報告? どこから?」
「監視カメラのネットワークを借りてシステムテストしてるのを、暁は知ってるよね?」
「あー、ちょっと待て」
白崎は開いていた財務ファイルを閉じると、社内LANの専用ファイルにアクセスした。現在進行中のプロジェクトの進捗状況が一目でわかるようになっているファイルだ。
「カメラカメラ……」
画面をポインタでなぞっていると、立原が机を回って隣に立った。
「これだよ」
「――ああ、これか。わかった」
それで、と先を促すと、立原は困惑したような表情になる。
「少し前からノイズが入るようになったんだよね。カメラ本体にも、あっちの監視システムにもこれと言って原因がない上に、うちのシステムがついてるのだけがおかしいんだ」
「うちが原因だって言われても仕方ない状況だな。他に要因は見つからないんだろ?」
「絶対無いとは言い切れないけど、問題はそのノイズパターンが、うちのシステムの緊急信号パターンと同じだったってことなんだ」
「緊急信号? 緊急事態が起きてるってことか?」
「概要をちゃんと読めよ。そこにも書いてあるだろ。ネットワークテストだから緊急信号の発信装置は外してあるんだよ。だけどカメラに入るノイズのパターンを調べたら、同じだったって言うわけ」
言われた通りにリンクしてあるファイルを呼び出すと、詳細な内部資料が画面に現れた。専門用語が多すぎるため、白崎にはどこにそう書いてあるのかは読み取れなかった。立原の話を反芻して、聞き返す。
「緊急信号の発信装置を外してあるのに、緊急信号が出てるって、ありえるのか?」
「発信装置を抜いているだけで、回路はそのまま残ってる状態だから、緊急信号をの回路に何かが影響して、回路が誤動作してると考えられないこともないんだけど……」
「つまり、あるのか?」
「通常は、無い」
立原はきっぱりと否定して、白崎を意味ありげに見た。
「ってことで、暁、この状況って何かに似てると思わない?」
「何かって……」
発信されないはずの信号が発信されている。
この一点だけで、深く考えなくても白崎の脳裏に一つの事例が横切った。まだ記憶に新しい出来事だ。
「……豊原テックの時と……?」
先月の一件は、その場に存在しないはずの電気ストーブからの発信が、そもそもの発端だった。
発信されないはずの信号、という点ではよく似ていると言えないこともない。しかしそれだけで決めつけるのはどうだろうか。
「エラーが出ている以上、あらゆる方向から検証するべきだと思うんだよね。たとえそれが、通常ではあり得ない事例だとしても」
白崎の思考を読んだかのように、立原はにんまりと笑ってみせた。
「だからさ、鎮森さん、呼んでくれない?」