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あらすじにもあるように、こちらは単独でもお読みいただけますが、「伝言の届け方」を先に読んでいただくとわかりやすくなるかと思いますので、よろしければそちらからどうぞ!

「さあ、今すぐ全部吐いてもらいましょうか、琴美ことみさん」

 テーブルの向こう側から鬼気迫る笑顔を向けられて、琴美は固まった。

「……は?」

 公的機関から職務質問されているわけでもなく、謎の組織に捕まって尋問されているわけでもない。

 近所に住む幼稚園からの腐れ縁の友人から突然と駅前のファミレスに呼び出されて、二人とも冬のスペシャルデザートを注文をし終えたところでのことだ。ちなみに駅前に行くより、互いの家に直接向かった方が近くて早いという琴美の意見は、速やかに棄却されている。

「とりあえず落ち着こう、瑛穂あきほ

 腐れ縁の幼なじみは、名前を前原瑛穂まえはら あきほという。当然同い年で、幼稚園から大学までずっと一緒に通った仲だ。怠惰な青春を過ごした琴美と違い、瑛穂は高校時代は生徒会役員を務める傍ら、水泳で全国大会にまで進んだ経験がある。――そのせいで体重の割には、がっちりしている様に見られるのが悩みなのは、また別の話だ。

「あたしはいつでも落ち着いているから大丈夫」

「前振りが何もないまま話し始めてるのは落ち着いてない証拠だってば。だいたい何の話をして欲しいのかもわかんないから」

 琴美が手を振ると、瑛穂は額に人差し指をあてて呟く。

「おっかしいな、琴美を締め上げてファミレスでパフェおごりながら話すから許してってところまで話が進んでいたと思ったけど」

「それ瑛穂の脳内シミュレーションだから。今朝電話もらったのが二週間ぶりだから。おごるなんて一言も言ってないから」

「……ちっ」

 舌打ちは聞こえなかったことにして、琴美はコップの水を飲んだ。昔からこの調子なので今さら怒る気にもなれない。

「で、何の話をしろと?」

 途端に瑛穂の目が光った。

「つきあってるのはどこの誰。一体いつから、いつの間に!」

 テーブルに身を乗り出す瑛穂と対照的に、琴美はソファーにもたれて遠い目をした。

「どこからそういう妄想が振ってくるのか、一度その頭を割って徹底的に調べてみたいもんだよね」

「何が妄想よ。二週間……三週間前? 大学の駐車場で、あんた男と一緒に車に乗ってたじゃない」

「三週間前……?」

 琴美は携帯のスケジューラを開いた。三週間前と言えば、ほぼ一月前だ。その頃の記憶と言えば、ひたすら就活一色なのだが。

「先月なんて、まだ就職も決まって無くて、そんな色恋に走ってるようなヒマは――って、あー。」

 先月のある日の予定を見て声を上げる琴美に、瑛穂は勝ち誇る。

「今すぐ洗いざらい話すことね!」

「そんなに嬉しそうにしなくても……あ、ほら、パフェでも食べて」

「もちろんおいしく食べるに決まってるじゃない」

 折良く運ばれてきた冬のスペシャルベリーパフェを前にしても、瑛穂の鬼気迫る笑みは変わらない。スプーンですくうのはクリームだけでは無さそうだ。

「先に言っておくけど、瑛穂の勘違いだからね」

 琴美も携帯を置いて自分のパフェにスプーンを差し入れた。すくい取ったバニラアイスが舌の上でとろける。

「ふーん? 車に乗ったのは認めるわけね?」

 瑛穂は、クリームとベリーにうっとりしながら琴美を睨み付けるという離れ業をしてのける。

「認める認める。あたしの就職が、たまたま大学に来てたOBの会社に決まったって話はしたよね?」

「それは聞いた。あ、そうだ、あんたそれたまきとか、あたしの周りの連中に言っちゃダメだからね」

「言うも何も、経済学部の子なんて瑛穂以外にあんまりしゃべったこともないけど……」

 急に真顔で念押しされて、琴美は瑛穂の友人関係を思い浮かべた。

 瑛穂とは同じ幼稚園から小中高と続いて大学まで同じだったが、学部までは一緒にならなかった。瑛穂は経済学部に進み、就活も順調に進んで夏には外資系商社からの内定を貰っている。そういえば、琴美がささやかな就職祝いをしたのも、このファミレスだった。

「環、さんって、よく瑛穂と一緒にいた子かな。ちょっとぼんやりした感じの?」

 途端に、瑛穂は吹き出した。

「ぼんやり、って! 天然キャラでがんばってるのに、ぼんやりか! 琴美ってば容赦ないよね」

「え? そう?」

「いろいろわかってないなあ、琴美は。とにかく、経済学部のOBが、情報学部のあんたを引っ張ってったなんて、屈辱的でしょ」

「えー、そんな心の狭い……」

「何言ってるのよ。じゃあ逆だったとしたらどうなのよ」

 情報学部のOBが経済学部の学生をスカウトしていったとしたら、と考えても、琴美は同じ結論に至れなかった。

「別に良いんじゃないかなあ、と」

「平和ボケの象徴みたいなあんたに聞いたあたしが馬鹿だったわ」

 憂い顔で吐き出して、瑛穂はスプーンを置いた。パフェは、綺麗になくなっている。琴美の分はまだ半分以上残っているので、瑛穂はコーヒーを追加した。

「つまりあんたの相手はそのOBだったってことね」

「待った。ストップ。その脳内シミュレーションはどこから始まった!」

 突きつけたスプーンの先で、瑛穂は人差し指を額に宛てた。

「……OBの車に乗ったんでしょ?」

「そこから!? 先走りすぎ! そうじゃなくて、あたしはそのまま就職面接に行っただけだから!」

「めんせつぅー?」

 瑛穂の声には一グラムの信用も感じられない。溶けていくパフェを気にしつつ、琴美は早口に説明を続けた。

「ほんとだって。OBって白崎さんていう人なんだけど、その人と、もう一人立原さんって共同経営者がいて、その立原さんが面接するからすぐ来てもらえって電話があって、ちょうど車で来てるからそのまま乗せていってくれるっていうからそれで」

「あんな普段着で、めんせつぅー?」

 信用度は全く増えていない。むしろ減ったような気がする。減っていないのはパフェの中身だけだ。できればアイスが溶けきる前になんとかしたい。

「あたしだって着替えたかったけど、社長に今すぐこいって言われたらしょうがないじゃない。本面接の予行だと思っていいって言うし」

「ふーん」

 瑛穂はつまらなそうに頷いた。三グラムほどの信用は得られたようだ。今のうちとばかりに、琴美は溶けかけたアイスを急いですくう。それにしても瑛穂は一体どこから見ていたのか。

「しょうがない、琴美の就職祝いも兼ねて信用してあげるか」

「祝ってもらってるらしいから素直に喜んでおくことにする」

 ものすごく不満そうに琴美が言えば、瑛穂はバッグから葉書を取り出した。

「しょうがないなー、じゃあこれに誘ってあげよう」

 葉書を見た途端、琴美の目が輝いた。

「ケスタのバーゲン!」

 お気に入りのブランドの、招待者限定バーゲンとあっては目の前のパフェも霞む。この葉書で入場できるのは、表書きの招待者と同行者一名のみと書いてある。持つべきものは同じブランド好きの友人だ。

「琴美、先にパフェ食べちゃわないと溶けるよ?」

「うん」

「葉書は逃げないし、バーゲンは明日からだから――」

「うん、明日行こうね!」

 即決する琴美に、瑛穂は苦笑を返すしかなかった。

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