バ革命#1〜#4
―20XX年。数年前より様々な科学技術が発達していった中、遂に学校から筆記用具でノートに板書を取る、といった文化がなくなった。
すべての学校から黒板、ホワイトボードは絶滅し、代わりに黒板サイズの薄型のテレビを埋め込んだ様なビッグサイズタブレットが出現した。
教科書を使っての授業は一切なくなり、全校生徒に支給されたタブレットでのデジタルな授業になってしまった。
機械音痴なオレには、どうも慣れない学校生活が何の前触れもなく今という現実を飲み込んでいったのだ。―
「…………。」
タンスの奥で父の日記を見つけた……
いや、見つけてしまった彼はただただ古くなった“ノート”と呼ばれていたものを読んでいた。
「黒板って……あの昔の学校に取り付けてあった授業に使う板の事か…?ホントにあったんだな~都市伝説なんかじゃなかったってわけだ。」
その父の日記は彼に読み進めるだけの興味を抱かせた。今年で高校生になる彼こと
天条心二の父親は学校がアナログからデジタルに移り変わる歴史を渡った時代人故にアナログ時代のことをあまり知らなかった心二は日記を読み進める手を止められずにはいられなかった。
…たまに出現する中二病の口調がツボだった、というのもあってますますに心二の手は我が父親の学生時代の思い出を辿っていくのだった。
この世から黒板がなくなったその翌々年。心二の父親が言うに“デジタル化”は授業科目を増やすまでに至った。
その名は“戦科”。戦科が実施されてから全学生対
象のアンケートにこんな項目があった。
――――あなたが最も好きな科目は何?――――
デジタル化の移行以前は体育などが圧倒的票数を得ていたが今やその影はなかった。
“若者の運動不足”最近まで問題視されていたこれは実に嘆かわしいことだった。
部活の所属者は一クラスでも1/3程度。
そんな学生たちは先のアンケートには数学と答える者もいれば現国と答える者はいるが、体育と答える者は全体の半数も越えることはなかった。
話を戻して。つい数週間前に行われた全学生対象のアンケートはやはり例の好きな科目は否か?といった項目があったが…
結果はある科目が圧倒的票数を勝ち得ることとなった。
それが、若者の運動不足の改善策として取り入れられたデジタル化の結晶。戦科であった。
桜南高校校門前。父親の日記を読みその痛々しい中二病発言に笑ったあの少年は、高校生になった。
短い前髪を風になびかせながら天条心二は校門に寄りかかりスマートフォンを片手に時折昇降口からやって来るであろう待ち人二人を待っていた。
学校を終え、帰路に着くべく校門を出ていく生徒達の楽しげな会話、時々卑猥な会話を流し聞きつつスマートフォンの画面に目を落としていた。
「…………。」
人を待っている時間ほど、退屈なものはないだろう。これで「ごめん」の一言もなかったらスカート捲ってやろう。
そんな出来もしないおしおきを思い付きながら昇降口に目を向けた。
その数秒後。
待ち人の一人である彼女が出てきた。
向こうも心二に気づいたらしく歩いていた彼女はこっちに向かって走り出した。
と思ったのも束の間、走るのをやめ再びのんびり歩き出した。もう疲れたのかよ、さすがデジタル時代の学生さま。
「やっほー待ったぁ?」
手を胸の前で振りながら
今西優璃は微笑んだ。
「遅いよバカ野郎。」
と言いつつ、心二はさっきの言葉通り優璃のスカートを捲るべく手を優璃の下腹部へ伸ばす。
スカートを掴んだ。あとはこの布をバッサァするだけだ。
「ん?どしたの?」
さっきと変わらずの笑顔を見せながら自身のスカートを掴んでいる変態さんの心二を見つめる。
「え?ん………いや、あの」
捲りづらい。
「き…今日のスカートは布質が違うなとおもってね…布変えた?」
「守郎はもうちょっと遅れるって」
スルー。
残るもう一人の待ち人
垣峰守郎はまだ人を待たせるつもりなのか。
「もういいじゃぁん!帰ろうぜ優璃」
「そんなこと言っちゃダメでちゅよー守郎も待つんだよぉ」
駄々をこねてみる心二に優璃は子供と会話する様な口調でなだめてきた。
―…………なめてんのか。
まぁ今は話し相手がいる。さっきみたく退屈にはならないはずだ。―
とりあえず、心二は会話の話題作りを模索する。 そして、ハッと思い付いたささやかな疑問を訊ねてみたりする。
「優璃ってさ髪の毛いじんないよな、なんで?」
急な質問だったのか、目を丸くする優璃。
「そ…そうだよね。」
驚いたかと思えばすぐにしゅんと落ち込んだように目線を地にむける。
「……なんだ?何か悪かったか?」
「ん、んじゃさ……」
下を向いたままボソりと何かを呟いた。
「あたしって…どんな髪型が似合うと思う?」
頭を上げた優璃の顔はさっきと比べ少し赤みがかかっていた。
―なんだなんだ?照れてんのか。か、可愛いじゃないか。―
顎に人差し指を当てながら優璃に似合うベストマッチヘアを考えてみる。
今の優璃の髪型はしっかりと手入れされているであろう黒髪を流したストレート。そこからゴムを使ってポニーテールにしてみたりだとかツインテールにしてみたりだとか…
「うん!ゴムでくくってポニーテール!これがベストアンサーだ!!」
「え?ゴム?」
「「………………………………………………。」」
回りは帰宅ムードの和やかな会話&ちょうど聞こえたおっぱいの話が校門の前を彩る。
だが何故か。心二と優璃には謎の沈黙が空気を重くしていた。
優璃の両手が不意に何かを思い付いたかのようにポン、と合わされた。
「あ、ゴムってヘアゴムのゴムか!いやぁ日本語難しいね~。」
「なーにと間違えたの!?まさかあれじゃないよね!?女の子がゴムと聞いて真っ先に連想するものがあっちのゴムだなんて…そんな現実オレは嫌だ!!!」
さっきまでの重い空気が気がつけば校門の周辺を支配していた。いや、空気どころかなんか冷たい視線も感じ取れる。
「ちょっと心二。そんなに大きな声でゴムゴム言わないでよ」
非常に気まずい校門に戸惑いつつ、その空気を振り撒いた元凶の優璃が一丁前に諭してきた。
「…と、とりあえずここから離れ…」
……ようとしたとき、心二の肩に誰かが手を置いた感触。
「ったくよ。少し遅れて来てみれば…。なんでこの校門こんな重苦しい雰囲気なんだよ。」
「………守郎!」
ようやく現れた金髪不良少年の垣峰守郎。……と優璃の手を引き校門から一目散に出て三人共通の帰路についた。それはもう、全力疾走で。
5月初めの季節に全力疾走はなかなかにキツかった。運動なんて全然しない高校生のヘタレ具合をなめてはいけない。しかし、それでも前よりは体力はついたんだと思う。戦科がやっぱり関係しているんだろうか。……戦科と言えば…
「そういえば、今日アンケート、好きな科目って何書いた?」
「あたし~保健だったかな。」
「体育。」
予想はしてたけど、この二人は実に二人らしい科目を選んだものだ。
いわゆる美少女よりのルックスを持つ女の子だけど偶然に偶然が重なって下ネタを大変好むようになってしまった残念な少女、今西優璃は興味津々の保健を選び。
中学時代は他校の不良さえも目を合わせるだけで震え上がらせる眼光を持ち、ケンカでは負けを知らない彼。しかし、外見とは裏腹に仲間思いの一面を持ち度々部活動の助っ人にも声をかけられる体育会系の垣峰守郎は当然体育を選んだ。
「それで?心二は何選んだの?」
対して天条心二、彼はいわゆるイケてるルックスを持ってる訳でもなく。ケンカが強い体育会系男子というわけでもない。
さらに挙げれば、自分の肉親とは思えないくらいのルックスを持つ姉がいたり、成績が悪かったり、精神病を患っていたりなどなど…。
そんな良い所なしの彼が好きな科目アンケートに何を書いたかというとそれは最新鋭のバーチャルシステムを適用した、人気ナンバーワンの授業科目“戦科”であった。
「いいからさぁ、出すモン出しゃァいいんだ」
いつもは他愛のない話を咲かせる人気の少ない集合住宅地の下校通学路に場違いな雰囲気がその先から感じられた。
心二達3人の目先に塞がる住宅の左右に別れていた道の行き止まりの筈の右側通路から聞こえた声に不審を抱きつつそーっと壁から顔を覗かせる。
そこにはただ二人の学生が居ただけだった。
見た感じには“ただ”で済ませられる光景ではあるが。
先の会話を聞いてしまうとそういうわけにはいかないのが3人の総意だった。
散々心二についてネガティブな文章を並べてしまったが…敢えて誇れるものを挙げるとするなら、
「ちょいちょい~…そこのあんた」
―それは正義感と言えるだろう。―
「ンあ?なんだよ。お前ら」
心二達に鋭い視線を突き付けるのは同じ学校の生徒らしかった。さらに通学鞄の色が心二達一年生の青色と同じことから同級生だと当たり前の事を推測する。
そこに垣峰守郎が相手の威圧的視線を上回る…なんかもう凶戦士みたいな視線で返しながら問いかける。
「そこで、なにしてんだ?」
すると相手は薄ら笑いを浮かべながらただ一言。
「ん?落ちこぼれから金巻き上げてンだけど?何か文句あンの?」
ギリリ、と歯軋りが聞こえた気がした。
気がした、という曖昧な表現の擬音に反応したかの様に目の前のかつあげ現行犯は守郎に再び問う。
「あっれぇ?もしかして怒ってるゥ?
成績優秀者のオレが、無能なバカから金をもらって…損する人間がいンの?」
散々な物言いの彼に守郎は反論し、なおかつ論破出来るほどの言葉は出てこなかった。
デジタル化と同時にこの日本は以前より学歴を重要視する社会となった。学生間でも成績が悪い者は冷たい目を向けられる様な現実。それは正直…異常だった。
学生間でのいじめが教師に発覚した場合。加害者側の方が被害者より全員が上の成績を修めていたら
………いじめは正当化されてしまう。
そんな冷たくなった現実に…社会に…人間に…。
天条心二、今西優璃、垣峰守郎はうんざりしていた。
世間一般から見たら、目の前の彼の“エリート正義思想”は正しいのかもしれない。
どうしようもなくなった世界に、垣峰守郎は反論も出来なければ論破も出来ない代わりに…静かに、そして敵意むき出しの瞳を相手に向けながら。
拳を握る。
ものすごい速さの右フックが相手の頬を弾いた。カモにされていた男子生徒の目には今まで視界に映らなかった光が入り、その目を見た心二は意を決した。
―そうだよ。オレは、守郎みたいに。自分に正直に生きたいっ…―
「この差別化された学歴社会をひっくり返したい」
その決意が実るキッカケがすぐそこにあることを心二はまだ知らなかった。
いつもと変わらぬ静けさを纏っていた集合住宅地に男子生徒の怒号が響き渡った。
「てっめェ…殴ったなァ?このエリートの顔を……」
ついノリと勢いで成績優秀者が正義のこの“デジタル社会”に革命を起こすかのように垣峰守郎は地位を利用し金を巻き上げようとした不届きものの顔面を殴り飛ばしたことに心がスカッとした天条心二だったが、改めて冷静に慎重に、先に待ってるであろう未来を考えてみるととても喜んではいられないことに気づいた。
「……ねぇ心二?」
斜め後ろで心二と同じように傍観していた今西優璃は声音からもわかるくらいに不安げな表情を浮かべながらこちらに呼びかけてきた。
「……どしたの優璃ちゃん」
言わんとしていることは辛いくらいに察することができた。
「これ、停学モンだよね…?」
………守郎さん、御愁傷様。
学校での昼休み。学業の地獄から一時の安らぎを生徒達にもたらしてくれる至福の30分間。一つの放送が入った。
『1の3垣峰ぇ天条。今すぐ生徒指導室に来るように。』
ただそれだけ告げられてお昼の優雅な時間を飾るクラシックが流れ出した。
―案の定呼び出しを食らったか。成績優秀で顔立ちもそこそこ整っていてしかも品行方正(笑)で眩しいくらいの完璧秀才な化けの皮を被った我が桜南高校の一年生、橿場直之の顔面を殴り飛ばしたってんなら教師陣も黙っちゃいないだろう。―
「んじゃ、守郎。頑張ってこいよ~オレはこれから優璃と優雅なランチタァイム♪」
「……?おいおい。お前も呼び出されたろ」
ぇえ?と心二は目を見開きながら守郎に尋ねる。
「なんの冗談だ?オレはなにもしてないだろ」
「でも放送にお前の名も挙がってたろ」
守郎の死刑宣告じみた事実を未だ受け入れられない心二に通りがかった優璃が止めの一言。
「そんじゃ、がんばれー笑 あたし由美らと購買で数量限定のキャラメルラスク食べてくるねー♪」
「うわぁぁぁんオレも食べたいよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
涙が出そうになった心二だった。
生徒指導室に向かう心二、守郎の足取りは重くなどはなかった。ゴツゴツ、と発散しきれない怒りを地面にぶつけるかの様に歩んでいた。
二人の心境は同じ。
「あのクソ野郎…。オレの昼休みを邪魔しようってんなら容赦しねぇ。教師だろうがなんだろうが………」
「くそっ…くそっ!オレの優璃と過ごす優雅な昼休みに食べる至高のキャラメルラスクを…あの野郎…」
「「……生爪剥がしてやる」」
生徒指導室前、本来ならここでノックの一つでもするんだろうが今の彼らにそんな常識などは毛頭ない。
ドアノブを回し勢いよく足蹴で扉を開け放ち二人はただ一言。
「「オレらは悪くない(ねぇ)!!」」
早速生徒指導室を見回す。指導教師は二人。一人はおどおどしながらこちらを伺う心二達1の3の担任教師、花江幸。いつも教室で見せる女神の微笑みは皆無だった。心に少し傷を負いながらも隣で堂々と鎮座する男教師に目を合わせる。生徒指導担当の鬼神勇次郎。
その表情は名の通りの鬼神の如し。それ負けじと心二も凄んでみせる。しかし、童顔な心二に威嚇の効果は期待できそうにない。隣の守郎を見てみると流石と言うべき威嚇顔がそこにはあった。さながら修羅の様…。
「そこに座れ」
背後でズウゥゥン…、と効果音が聞こえそうな凄みをきかせた命令が鬼神からくだった。
望むところだ、と二人も凄みをきかせながら座る。
まずは心二が物申した。
「なんでオレまで呼ばれてんですか?何もしてねぇでしょうが」
おかげでキャラメルラスクが食べられないでしょうが!死ね!ゴリラ!!、と心のなかで付け足しておいてこちらは涼しい顔で鬼神の返答を待つ。
「……被害にあった橿場からは自分が垣峰に殴られたとき、後ろで天条がバカ笑いした、との証言があるんだが…?」
――バカ笑いなんてしてねぇよ。――
流石はエリートさん。ちょっとスカッとしたような顔をしただけでバカ笑いまで話を盛りやがるとは…。ますます怒りが込み上げる。
「結論から言おう。」
……と、そんなことを話し始めようとしていた。
――異論を許さず即刻停学ってか?冗談じゃねぇよ優璃に会えないじゃないか!!――
「お前ら二人には、橿場と戦科試合を執り行ってもらう。」
「「!!?」」
事態を飲み込めず心二はおろか守郎までもが驚きを隠せなかった。
「……っ。どういうことだ?なんでオレ達を停学なりなんなりの処分を下さねぇんだよ」
それには鬼神も疑問を感じているようだったが、どうやら橿場自らが戦科試合を心二と守郎に挑んだようだった。
ここで、ようやくではありますが。前々から出てき
ている“戦科”についての説明をさせていただきたい。
戦科が如何なるものかを簡潔に一言でまとめると
それは“生徒同士のバーチャル体が戦いあう”
という内容だ。言ってしまえば生徒同士が戦科専用に作られたゲームシステムの中の仮想空間に入ることができる。もちろん戦うバーチャル体には操作するプレイヤーの意思がしっかり組み込まれている。
あくまで戦うのは生徒自身なのだから。
ではなぜ、文章だけ読んだら『ただゲームをするだけ』の戦科というカリキュラムが学校の一般科目として増設するまでに至ったのか。
それは前にも挙げた“近年の若者の体力不足”が深く関わっていた。戦科のバトルにて出血レベルのダメージを負うと痛覚までは再現されないがあたかも本当に血が吹き出しているかのように赤いポリゴン片が出現する。それがバーチャル体から出されると同時に、意識を空にしている本体に貧血作用を引き起こす“X”と呼ばれる薬を投与する。ダメージを負えば負うほどに体は貧血作用の症状を引き起こす。個人差があるが、日常生活に支障をきたすレベルにまで貧血を引き起こせば、仮想空間で死闘を繰り広げているバーチャル体と生徒を繋ぐリンクを強制切断して“戦科試合”を終了させる。
よって戦科の勝敗は貧血を起こしたら負け、なのだ。戦科試合をこなせばこなすほど、貧血に免疫がつき体力を少しずつ上げていく、というのが戦科の最終目的。
話だけ聞けば得たいも知れない薬を知らぬ間に投与されるなんておぞましくはあるが、現に何回か戦科試合を経験している生徒にはちゃんと日常生活が送れているのだから、何とも言えぬ話である。
昼休みをあと15分少々残し心二と守郎は生徒指導室を出て自分の教室へと戻っていた。
鬼神から告げられたのは『明日の戦科、橿場を相手に心二と守郎が試合をするという変則ルールの戦科試合を行う』とのことだった。変則ルール、というのは本来戦科試合は一対一が原則とされているからだ。それが橿場の一言で変則ルールなどという特別な戦科試合を行うことができるのだ。そんな生徒の無茶苦茶が許されるのはやはり橿場が成績優秀者だからだ。そして戦科試合自体も成績優秀者が有利なルールも存在しており、橿場を相手にするとなると二対一でもこちらの方が分が悪いのだ。
何度も戦科試合で他の成績優秀者が使っていた“あのルール”を目の当たりにした。
反則すぎるのだ。例えるなら丸腰の相手にマシンガンを突きつけるようなもの。あのルールを使えば、それだけの力量が生まれてしまうのだ。
そもそも前提として、戦科試合で用いられる生徒の分身体であるコンピューターは最後に受けた定期テストの国、数、英、科、社の合計点で基本ステータスが変わってしまう。戦科はお馬鹿に厳しいシステムなのだ。
だが、心二が好きな科目のアンケートに戦科を選んでいるということは、少なくとも心二は戦科で勝ちを修めているのだ。要するに、五教科200点未満の心二でも、上位の成績を持つ生徒に勝つ手段が存在している。しかしこれも…誰もが使えるルールではないのだが…。
下校時刻。今日は誰かが待つということもなく、スムーズに校門を出ることができた。そもそも同じクラスの三人が何故昨日みたいに校門に着く時間が別々なのかというと、やはり三人にも友達付き合いなどのその他諸々の事情があったりするのだ。特に垣峰守郎がその諸々の事情があったりする。
守郎が遅れてきても心二は何も聞かない。少し服が汚れていて、拳が傷付いていても。中学からの付き合いの心二には、分かっているのだから。何も知らない優璃の前でわざわざ問いただすのも、守郎にとっては迷惑な話であろう。
スムーズに校門には出れた三人だったが、向かう先はそれぞれの家ではなくショッピングセンター内の大型書店だった。
前にも少し触れた通り、優璃は顔立ちは整っているのに中身がアレだ。下ネタ大好きのアレな女の子なのだ。そんなアレな優璃は迷わずアレな本の置いてある所謂エロ本コーナーへと足を運ぶ。それに釣られ心二もひょこひょことついていく。いつのまにやらどこかへ行った守郎は少年漫画のコーナーへ行ってしまったようだ。
ふと優璃の方を見るとものすごい顔でエロ本をまじまじと見ていた。……正直引いてまう。引きながらも優璃の肩から顔を覗かせて心二も見ているのだが。優璃の髪から女の子の匂いがする。エロ本より優璃の匂いの方が心二的性欲が刺激される。
こんなとき、心二はいつも不思議に思う。何で女の子はこんなにもいい匂いがするのだろうか。もうこれは一種のフェロモンだ。とそれで納得している心二なのだが、それなら男からも何かフェロモンが出ていないとおかしいではないだろうか?匂いじゃなくてもいい、例えば女の子の性欲を刺激するなにか……。
そんな女の子からしたらくだらない……しかし男からしたら実にすばらしい、だろうと思いたい議題を考えながら、今日も今日とて平凡な日々を送るのだ。
「あ、そだ心二。」
今度こそ帰り道。家の方向が違う守郎が先に別れて二人して歩く通学路。優璃は何かを思い出したかのように自分の鞄をごそごそと探り始める。
ようやく取り出したそれは購買の袋に入った何か。
「…………おまえ、それ」
それが何か、心二には直感でわかった。
優璃から渡されたそれはお昼に食べられなかったキャラメルラスクが一つ。袋には入っていたのだ。
「食べたかったんでしょ?あげるよ」
そう言って優璃は二人がバイバイを言う別れ道へと 手を振りながら走っていった。
―確か、キャラメルラスクは購買の人気商品で一人一個限定なんだが。―
ほんと、こういう女の子のプレゼントが男には死ぬほどうれしいと感じられる。
夜の闇が少し混じった夕焼けがそんなにやついてる心二を照らしながら直、夜は訪れたのだ。
天条心二の朝は設定したスマートフォンのアラーム機能より先に生身の人間の甘い囁きによって目を覚ます。
「しんくーん、朝だよぉ」
目を薄く開けると、目の前には人の目。いや、天条家の裸エプロンを着た長女
天条紅空の目がそこにはあった。
「………姉ちゃん。」
ん?と七本指を立て七時だと言うことを伝えながらきらきら笑顔を向ける。
……心二の目と鼻の先で。
「近いよ。」
本日の第一声であった。
二階建ての新居の天条家の朝は早い。まず両親は五時半頃に起床し、七時には二人とも出ていってしまう。
しかしその分帰りは早いので家族全く顔を合わせないというわけではなく家族揃って夕飯は共にする。朝だけは紅空と心二の二人きりだ。 エロ本なんかではそんな状況ならすぐさま一絡みありそうなシチュエーションなのだが、そんなことは一切ない。 確かに紅空は美人だ。
文句のつけようもなくただただ完璧なまでに美少女だろう。
なんで自分は人並みの顔立ちなのかと悔しく思う日も何度もあった。
ただ、やっぱりこの世に完璧美少女などは存在しないのだろうと目の前に朝食のトーストを小さな口で食べる紅空を見ながら思う。
「しんくん。」
「へい?」
しんくんこと天条心二はずっとガン見していた紅空の呼びかけに反応する。
「なんでしんくんの部屋には姉モノのエッチな本がないの?」
特別その発言に反応はしないが、内心は慌てふためいていた。「なに言ってんだ。」と。
「おかしいよね!こんなにもthe・sisterなお姉ちゃんがいるのにも関わらず姉には萌えないの?お姉ちゃんとエッチしたいとは思わないの?」
こんな発言は今日に限ったことではない。毎日、とは言わないが一週間毎には言われてる、くらいの頻度ではあるのだが。 そんな姉の疑問に、紳士の心二はこう聞き返している。
「もしオレがしたい、って言ったらどうすんだよ」
「キス、くらいなら考えようかな。」
………あれ。いつもと違う反応にテンパる心二。
いつもなら、そう。そこで「考えとくね♪」と話は終わるのだが。
しかし紅空の目はいつもと違う少し真剣みの混じった瞳だった。
「しんくんが異性に興味を持てなくなったのは近すぎる美女の存在である私のせい。しんくんが女の子を好きになるまで、私頑張るから!」
その理由がこれだった。
「ちょ、ちょっと待ぴぇ(まて)……」
噛んだので深呼吸。
「ちょっと待ちぇ(まて)…………」
……落ち着こう。
「ちょっと待て!なんで姉モノのエロ本がない=女の子に興味ないっことになるんだよ!」
「だって、お姉ちゃんはもう言ってしまえば人間国宝だよ?異性の興味も姉から始まるでしょ?」
この世界に姉と朝からこんな話を繰り広げる食卓があるだろうか。美人な紅空だけに…ほんと、残念
だ。
「それじゃ…」
「だぁぁぁ!唇を突き出すなぁ!………!?舌も出すな実の弟と何するつもりだぁぁぁぁ!!!!!!!!」
緊迫の戦科試合、当日の朝だった。
戦科試合専用の控え室。 今朝のハチャメチャテンションとは一変。
試合開始まで出場する生徒はそこに集められる。
その中にソファで座る天条心二。
高鳴る鼓動が心二の心に重圧をかけていた。
ドクドクドクドク、気持ち悪いくらいに暴れる己の心臓を握りしめるかのように胸を掴む。
これから彼、いや彼らは大勢の前で醜態をさらし無様に負けるかもしれない。
特には考えていなかった今日の戦科試合を直前になって嫌なくらい考えてしまう。
―負ける、負ける?―
心二は頭を振りながら石のように固まった足を奮い立たせて、 立ち上がる。
『それでは、本日の第一試合。橿場対垣峰、天条』
教師の気だるい声が、戦科試合第一試合の開始を告げた。
重苦しい控え室から出場した三名の生徒がそのまま広い体育館の中央へと歩んでいく。
四方八方から観客の生徒の声という声に気持ちが落ち着かない。
いつもの心二はそんなことを気にしないくらいの軽い気持ちで戦科に臨んでいた。本来の戦科試合の対戦組み合わせ表は成績が近いもの同士で組まされるのだから五分五分の戦いが出来、心二の戦績に“負け”の文字はなかった。
だが今回は違う。
こっちにはリアル格闘なら頼もしすぎる守郎が味方として共闘してくれるが、相手は格上すぎる成績優秀者、橿場なのだ。
心二にそこまでの不安を与える要因は400点を超えるものにしか適応されないルール
『コード展開システム』が使えるという特権があるからだ。 例えるまでもなく、その特権は必殺の技なのだ。 使われればこっちの勝ち目はさらに薄くなる。
不意に守郎は心二の肩を叩く。
「オレらが勝つ条件、それは奴に必殺コードを言わせないことだ。」
守郎も考えることは一緒だった。
「うん、当たり前じゃないか。使われたら即負けちゃうよ」
「なァにごちャごちャ言ってんだァ?」
ちょうど中央に近づいた頃、相も変わらずクズい顔面をした成績優秀者、橿場直之が鋭い眼光を向ける。
「ほっとけ」
そう言いながら一歩前に出る守郎。
「特攻は任せろ」
守郎の背中がそう言った気がした。
『――――試合開始!!』
一瞬の静寂が支配する中、それを気にも止めず守郎は地を駆けながら武器召喚を行う。
手元に散らばりながらポリゴン片が出現し、棒状のシルエットが形成される。
直に守郎の右手には相棒、ランク2の片両手剣“ブラメタル・スラッシャー”が切り裂く獲物をまだかまだかと疼いているようだった。
ランク5まである武器もステータス同様に最後に受けた定期テストの成績に反映される。
守郎は反映された点数は250。対する橿場の点数は……
「………428点っ!」
後ろで構える心二が橿場の頭上に表示されている持ち点を確認して驚愕した。
そんな橿場は守郎を迎え撃とうと武器召喚を行った。
その武器の名も“鎌鼬”ランク5を誇る最強クラスの名刀。
キィィン、と互いの剣がぶつかり合う。
そこへ、疾駆する男が一人。
言うまでもなく後ろで待機していた心二が右手に持つのはランク2の…“ソード・ランカー”。
守郎の剣撃を受け止めるために鎌鼬を使っているためほとんど丸腰状態。
二人の筋書き通りに展開が進んでいる。
ここからが不確定要素の多い未知の領域となる。果たして橿場はどう心二の一撃を防ぐのか。
「…………きひッ」
口の端を歪めながら笑うのは橿場。
そして口を開く。
「コード展開……………」
二人の表情が一気に強張る。恐れていた展開に進もうとしている。
……だが。
「甘いぜエリート」
ここまでが、二人の予想通りの展開。 守郎は解号となる必殺コードを言わせる前に右足を思いっきり蹴りあげた。
…………………橿場の剣撃を受け止めるために開いていた股間部分を。
「~~~~~~~~~~~~っっ!!!!!」
悲痛を訴える表情をする橿場だが、この戦科試合はあくまで仮想世界でのバトル。痛みなどはない。
その一瞬の隙が勝敗を分けるか否か、しかし確実に心二の刃が橿場の右肩から右胸までを切り裂いた。 そこから一気に畳み掛けるべく、守郎は多量の出血が望める首もとを飛ばそうと剣を横一線に切り払った。 勝利を確信した心二と守郎。 そこで、予想外のことが起こった。 橿場が守郎に急接近してきたのだ。
「なっ……!」
こう接近されると剣撃は橿場を切り裂くことなく剣を持つ右手が接近して来る橿場の肩を叩き不発。 嘲笑を浮かべた橿場の顔は間違いなく、勝利を確信した力強い表情だった。
「……っ!!させるか――」
心二の叫びにかき消されるように呟かれたのはすべてを圧倒する悪魔の一言。
「コード展開」
そして、始まった。
「……連舞鎌鼬。」
圧倒的絶望を魅せる狂気の連舞が 橿場の周りを不自然な突風が吹き荒れる。
これこそが人外の成す技を可能にする成績優秀者特別ルール、“必殺コードの展開”である。
側に居た心二と守郎は油断していたからか、呆気なく体を宙に浮かせ吹き飛ばされる。
体勢を立て直すも二人の顔は絶望に染まっていた。 なにもせずとも神風が如く風が出現し、近くのモノを吹き飛ばす。 ただ、剣一本しか対抗手段のない彼らに成す術があるとは思えない。
「……………こんなモンっ…どうやって勝てばいいんだっ!!!」
心二が悲痛な叫びを上げる。
下手に近づくことのできないこの状況。少し離れたところに飛ばされた守郎は棒立ちで宙に視線を浮かべていた。
「おいおい!どうしたこんなモンかァ?」
心二と守郎の方に歩み寄りながら挑発を忘れない橿場。十分に距離は離れているのに吹くはずのない正体不明の風が頬を掠めて髪を揺らす。
「くっそぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
勝ち目ゼロの敵に、心二は自暴自棄になりながらも迎え撃つべく走り出す。
―こんな、こんな奴に………―
ふと昨日の橿場の言葉が頭のなかをよぎった。
――成績優秀者オレが、無能なバカから金をもらって…損する人間がいンの?―
目の前の敵に持てるすべての殺意を右手の剣に乗せて切り裂く。 しかし心二の斬撃は橿場を裂くことなく、気付けば心二の周りを竜巻が囲んでいた。
「………!なんだこれ」
構わず竜巻から脱出しようと旋風に手を伸ばす。一瞬でその手に無数の切り傷が刻まれた。 鎌鼬。必殺コードの文字通り、心二の周りを竜巻状の鎌鼬が取り囲んでいる。
「くそっ!どうすれば…!」
そしてその竜巻はだんだんと直径が狭まってる感覚を心二に植え付ける。 いや、実際その通りなのだ。 明らかに竜巻の内部の安全圏が狭まってきている。
―このままじゃ、微塵切りにされてノックアウトだ…!どうする―
戸惑う心二をさておいて、橿場は残りの相手に視線を向ける。
「オレの必殺コード、鎌鼬は自分の範囲内に鎌鼬状の風を産み出すことができる。」
絶望を守郎に与えるようにあえて必殺コードの能力を口にした。要するにこの連舞鎌鼬は遠距離から心二を追い詰めている脱出困難の危険領域を作り出すことができるのだ。
守郎は笑った。
理由は簡単だ。そして告げる。
「心二にはそんな竜巻効かねぇよ」
橿場は頭にはてなを浮かべる。 そのはてなはやがて、体に入り込む異物の感触によって消え去る。
「なっ………!」
橿場は困惑する。自身の右胸から剣が突き出ていることに。 言うまでもなく橿場を貫いたのは心二だった。
「テメ…いったいどうやってあの竜巻から出てきやがった」
本当なら今頃心二の体は鎌鼬を纏った竜巻に切り裂かれているところだろう。
「あぁ?」
橿場の問いに返した言葉は心二のものでもなければ、守郎のものでもなかった。
「だ…誰だ…?オレの後ろに…何がいるっっ!」
しかし振り返るとそこにいたのは紛れもなく天条心二だった。
だが振り返る橿場の瞳に映った心二の顔は…
まるで別人の如く凶悪さがあった。
突然の奇襲に対応できず、追撃を避けるため橿場は剣を構える。
「………んでだよ。」
弱々しい姿勢、しかし目は戦うことを諦めない
。そんな戦人の殺意を橿場から感じた。
「なんで無能のバカのくせにオレの邪魔をすんだよ。おかげで成績優秀者のオレの面子が丸潰れだ。」
心二はなにも言わない。
形、格好は本物の男。痛手を負いつつも
戦いを諦めない姿に少なくとも心二は成績優秀者の肩書きを振りかざし、金を巻き上げることを何とも思わない橿場だろうと感銘を受けた。
だが、ふたを開け言葉にしたらそれは回りの…世間の目を気にし「成績優秀者が落ちこぼれに敗北する」という結果を恐れるただの臆病者だった。
「屑は屑らしく、落ちこぼれてろよ。」
「うるせぇよ天狗が。」
ついに心二が口を開いた。改めて聞くとやはりさっきまでの童顔な心二に似合う声音ではなく、凄みの効いた声音に変わっていた。
「先生の前では綺麗な顔作って、自分より下の奴には金巻き上げたりするような人格破綻してる奴に面子なんてモンはねぇよ。」
両者の右手に持つ獲物が標的を切り裂くためだけに絶好のポジションで静止する。
「ありのままの自分で居られねぇなんて、相手に自分を合わせてるなんて、情けないとは、弱いとは思わねぇか?」
「あああァァ?なにキレイ事言ってんだァ?他人に合わせるのが弱虫だってのか?そんなのはただの世間知らずなんだよッ!!大人に媚び売らねェとやってけねェ…そんなストレス溜まりまくる生き方…自分より下のヤツ見下さねェと………………………………
やってけねェェェえェんだよォォォォォォォ!!!!」
「自分の生き方を難しくしてんのはお前だろうが!!!大人に媚び売んのが最低だなんて言ってねぇ…下のヤツ見下さねぇと生きていけねぇその弱っちい根性が………情けねぇ、弱ぇんだろうがぁぁぁぁぁ!!!!!!」
双方の咆哮を皮切りに今、決着が付こうとしていた。
走りよる距離もない二人はそのまま互いの剣激をぶつけた。
単純な力比べでは成績が上の橿場の方が筋力パラメータなどの基本ステータスが断然に上なため、敗北するのは天条心二の方であったはずだ。
その確定運命を確変したのは後方で待機していたはずの守郎だった。
「…………クソがッ…!クソがクソがクソがクソがクソがァァァァァァ!!!!!!」
守郎の真横からの剣激により橿場の剣が弾かれた。
「お前の薄っぺらい人格…」
呟きながら心二は必殺の剣激を食らわせる態勢に構える。
「オレが革命してやるよ!!!!!!」
派手にぶちまけられた血液を連想させる紅蓮色のポリゴン片。
ついに、橿場は完全に力尽きた。
優秀者VS劣等者。かくして勝負は決したのだ。
定期テストの五教科合計点数がモノを言う戦科試合。400点を超える成績優秀者には“必殺コード”と呼ばれるモノを展開できる権利があり低成績者には不利なこの科目だが、低成績者にも例外が存在する。その例外が使えるシステムが心二に勝機を与えた“システムスキル”である。
簡単に説明すると現実の自分の持つ特技を戦わせるバーチャル体に引き継げる、というものである。
例えばある野球部の生徒に強肩で評判のある捕手を元にして構築されるバーチャル体のステータスは肩が強かったりするのだ。そういったそれぞれの生徒の戦科において役に立ちそうな特技は事前に検査などで徹底的に調べ上げられて戦科試合のバトルに反映されている。しかし、さっき挙げた“強肩”程度のスキルは成績が良ければ良いほど基本ステータス値が高い成績優秀者にしてみれば元々自動に会得されているスキルなのである。
システムスキルにランクを付けるとしたら1~3ランクで2までのシステムスキルは400点以上の成績優秀者は全て元から会得している基本ステータス範囲内なのである。
ここからが本題。
心二は何故成績優秀者の橿場に勝利できたのか。
それは、成績優秀者が使えない未知の逆転の可能性、ランク3のシステムスキルを使ったからだ。
確かに心二はいわゆるイケてるルックスを持ってる訳でもなく。ケンカが強い体育会系男子というわけでもない。
さらに挙げれば、自分の肉親とは思えないくらいのルックスを持つ姉がいたり、成績が悪かったり、
“精神病”を患っていたりするが、
戦科において心二自身のコンプレックスである精神病は絶大な効果を発揮したのだ。
その精神病とは、多重人格障害。
この精神病が戦科にどのような効果を持つのかと言うと、さっき心二の置かれた危機的状況を思い返してみれば簡単に説明がつくのだ。
鎌鼬を帯びた竜巻に囲まれた心二。あの時、確かに心二は鎌鼬によって刻まれて許容の出血量を大幅に超えるダメージを負っていたのだ。本来なら仮想の心二と現実の心二の接続はこの時点で強制切断されているはずだが、心二のシステムスキルは多重人格。さっきまで戦っていた心二とはまた別の心二が出現していたのだ。要はダウンした筈の心二が橿場を倒せたのは多重人格スキルによって呼び出された心二その2の不意打ちが成功したからだ。
と言うことは多重人格スキルの心二に戦科では無敵かと言うと、そうでもないのだ。
多重人格ではあるが、天条心二に存在する人格は本人を入れて二人。童顔でいわゆるイケてるルックスを持ってる訳でもなく。ケンカが強い体育会系男子というわけでもなく、自分の肉親とは思えないくらいのルックスを持つ姉がいたり、成績が悪かったり、精神病を患っていたりしているのが本来の心二で、無鉄砲でいわゆるイケてるルックスを持ってる訳でもないが、ケンカが強い体育会系男子と言えるほどの運動能力を秘めており、自分の肉親とは思えないくらいのルックスを持つ姉がいたり、成績が悪かったり、精神病を患っていたりしているのが橿場を倒した心二。
多重人格スキルとは、存在する人格の分、残気が用意されており、それぞれの人格が持つスキルを反映できるのだ。本来の心二を心二その1とするなら心二その2は剣なしでもある程度戦える戦闘能力を持っている。ぶっちゃけてしまうと心二その2の方が戦科では優秀だろう。
橿場との試合後、心二は屋上を訪れていた。
放課後の今の時間帯、部活動に励む部員の声が校内のあちこちから聞こえてくる。
彼らはそれぞれの特技を部活にぶちこんで日々練習に励んでいるのだろう。
今日の戦科試合を通して、心二は考えてしまった。
―この心二より、あっちの心二の方がよっぽど有能じゃないか―
屋上の鉄柵を握りしめる。
どんよりと落ち込む心二の心に反比例するかのような輝きを目の前の夕日が放った。
「こんなとこにいたか。」
ふと、聞き慣れた声が後ろから聞こえた。
そこにはいつものように一緒に帰ろうと、お前の居場所はここだ、と無言で告げるような居心地の良い雰囲気を感じさせる二人の友達が待っていた。
「かーえろ!しぃーんじ!」
晴れやかな声でそう言った彼女に心二はとびきりの笑顔を見せて、彼らのもとへとかけよった。
………一瞬、暗い顔を見せてしまったかもだけど、その分心二は笑いながら帰路に着こうとしていた。
まだまだ彼らには様々な高校生活が待っている。このデジタル化した社会で、学力がモノを言うこの弱肉強食と化した世界ではあるけど。
心二は勝った。成績優秀者の理不尽な横暴を否定することができた。それはもちろんそばにいる二人が
いてこそ、今の結果があるのだ。
橿場に絡まれていた男子生徒を見たとき、確かに心二は思った。
自分に正直に生きたい、と。
そんな願いが後にどんな結末を迎えるのかはさておき…ここに、差別化された学歴社会をひっくり返そうと密かに思う少年が一人。
彼の革命は、これからも続いていく。
「バ革命」本編
#1 革命前夜 前編
#2 革命前夜 後編
#3 奈落からの下剋上
#4 革命のその後
掲載分収録