プロローグ
「寒かったろ。これ、肉まん。お小遣いで買ったんだけど、お前にやるよ」
人は忘れっぽい。そういう生き物だというのは、誰でもその身で感じている事だろう。
俺も同じだ。
いくら大事な事であろうと、時が経つにつれ忘れていく。
『にゃあ』
そして、何を忘れたかも思い出せずに、そのままどうでも良くなる。
「ごめんな。飼ってやりたいんだけど、俺ん家のマンション、ペット禁止なんだ。その代わり、毎日ここにきて、お前の面倒見てやるからな」
そう言えば、たまに見る夢の中で、昔の事を思い出す事は多々ある。
『にゃあ』
夢は脳が記憶を整理している証拠だと、テレビか何かで聞いた事があるが、まさにその通りだ。
「ごめんな。俺そろそろ帰らなくちゃ。また明日来るからな」
そして今、俺は夢を見ている――ような気がする。いつかの記憶だろうが、それがいつの事かは思い出せない。
「あのな、俺引っ越す事になったんだ。ここからは遠い、ちょっと田舎の方。だから、もう一緒に遊んでやれないんだ」
『にゃあ』
「駄目だぞ。一緒には連れて行ってやれない。だから、またいつか一緒に遊ぶって約束しよう。人間の約束は指切りっていうのをやるんだけど、お前はできないからお手でいいや」
そして、起きた時には、何もかも思い出せなくなる。それの繰り返しだ。
「よし! 約束!」
『にゃあ』
さてさて、夢も見るし昔の事を忘れる俺だが、もちろん普通の人生を過ごしている。
今さっきまで夢を見ていたような気がするが、どんな夢だったかはまったくと言っていいほど思い出せない。
至って健全な男の子と言えよう。
別に変わった日々を求めている訳でもないし、アニメや漫画のキャラのような、特別な能力がある訳でもない。
だが、皆に知っておいてもらいたい事がある。
異変とは、突然起こるものだ。
『早く起きないと、遅刻するわよ』
俺に訪れた異変。
それは、うちの飼い猫であるミミが、人の言葉は話すようになった事だった。




