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花の塊と思ったものは、たくさんの造花で覆われたミニドレスだった。ついでにこれでもかというほど花をのっけた幅広帽子も被っての登場である。
色とりどり過ぎて目がチカチカする。歩くたびに花々ががさがさと音を発し、零れた蕾の一つを樋口さんが慌てて拾っていた。
REIと名乗った女性は近くで見ると化粧もとんでもなかった。ビジュアル系に近いかもしれない。目の周りは濃いラインで真っ黒だし、茶のアイシャドウもグラデーションは見事だが、何重も塗りたくったような濃さがあった。
ただ、顔立ち自体はくっきりしていて元は大層な美人であることが分かる。
それを見事に台無しにしているような奇抜さで彼女は飛び抜けていた。
本当に彼女大丈夫なの?
私は助けを求めるように樋口さんを見たが、樋口さんは曖昧に微笑むだけだった。
「さて。」
樋口さんから受け取ったバインダーの書面に一通り目を通した彼女は、白い手袋を外し、私の髪に触れた。染めたばかりのハニーブロンドの巻き髪が指から零れて落ちた。
「どういったスタイルをご希望かな。」
女性にしては少し低めのハスキーな声が、赤いルージュをひいた唇から流れ出す。
私は彼の好きな甘めのスタイルで行くつもりだったので少し考えるふりをしながら言った。
「ええと、そうですね〜、じゃあ春っぽく内巻きのセミロングにして下さい。全体的に軽めのゆるふわな感じで。」
「・・・失礼だが、それは本当に君自身の希望かな?」
「は?」
思わず振り返りそうになった。見えないナイフで胸をえぐられたような心地がした。
鏡ごしに彼女の青いカラーコンタクトを入れた目と視線が交じり合う。
「ここは奥底に潜み、息を殺し、じっと耐えている本当の自分を表に引き出す場所だ。君は今までの自分から変わりたいからここに来たんだろう。一体どうなりたい?どんな自分が欲しい?」
「わ、わたしは・・・・。」
それは核心を何よりもつく言葉で、対する私は完全に詰まってしまった。
何ですかそれ、意味わかんないんですけど。と茶化してしまいたかった。
とても出来なかった。
舌が乾いて喉がひりつく。
「分からないか?じゃあ私に任せてみないか。絶対後悔はさせない。」
恋人に見せに行くんだろう?
と耳に顔を寄せて囁かれて私はハッと顔を強張らせた。
この人は私の全てを知っている。
冷静に考えると、誰にも当てはまるようなからかいを言っただけなのに、私は恐怖に近いものを感じた。
「お願いします。」
私が観念して白旗を振ると、彼女はドレスの袖を捲ってみせた。これからようやく彼女の戦いが開幕されるのだ。
どこかホッとしたような顔をした樋口さんが鏡ごしに見えた。
彼女の技術は確かに素人の目からも分かるほど、優れたものだった。スピードもありながら仕上がりも丁寧で、動きに一切無駄がなかった。
私は全てを彼女に託すことにした。どんな風になっても私はそれを自然に受け入れるだろうと確信があった。
スタイリングをされている間、私は今となっては遠い、昔のことを思い出していた。
初めて彼に出会った日のこと。
関わるうちに恋が芽生えたこと。
勇気を出して告白したこと。
そして彼に愛されたこと。
「ずっと好きでした。良かったら私と付き合ってください。」
友達に後押しされて、生まれて初めて告白した高校三年の夏。校舎の裏でキンモクセイの青い木漏れ日を浴びながら、震える声を出した。
彼、菊池康介に関わるきっかけになったのは保健室での出会いがあった。生理痛がいつも酷い私は、二日目になると立っていられなくなるほどの、眩暈に襲われた。その日も耐えられなくなって保健室で休んでいると彼が現れた。体育の授業で右足に軽い怪我を負った彼は、ベッドに行くことさえ辛く保健室の長椅子でぐったりしている私を酷く心配してくれた。「大丈夫?俺、女の子のそういうのわかんないけど、なんか力になれるかな。」
そう言って右足をひきずりながら、ベッドまで運んでくれた優しさが、身体の重さを忘れてしまいそうになるほど嬉しかった。
それからあっという間に彼を好きになって、思いきって呼び出して告白をした。
「ありがとう。でも俺平山さんと全然タイプ違うし、束縛とか苦手でけっこう自分勝手なところあるよ。そんな俺でもいいの?」
「そんなの気にしないよ。私、菊池くんのそのままが好きなんだから。」
私は彼の全てを受け入れ、彼も私を受け入れてくれたつもりだった。高校を卒業する前は本当に楽しい毎日だった。康ちゃんは、大学に入るために猛勉強の日々だったけれど、たまの休日には私を遊びに連れていってくれた。
卒業したらたくさんデートして、旅行にも行こうね。
そんな話をしながら、私はデパートのブランドを扱う店に就職し、彼は大学受験に無事合格した。私たちは全てが上手くいっていた。




