表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

前篇

 10月。秋風が気持ちの良い朝。僕は目を覚ました。

 ビールの空き缶、先週のジャンプ、読みかけの雑誌が転がる部屋で僕も寝転がっている。

 隣には直子が寝転がっている。

 彼女の寝顔はいつもと変わらず苦しそうだ。

 また、嫌な夢を見ているのだろう。


 洗面台に向かい歯を磨く。

 鏡に映るのはどこか悲観的な顔。もう少し明るい顔に生まれたかった。

 ひげをそり、トースターに食パンを2枚入れる。


 布団にくるまる直子を蹴飛ばす。

「朝だぞ!起きろよ」

 直子がぬらぬらと起き上がる。髪はぼさぼさだ。

 僕はそんな直子の髪を手で梳かす。直子は頭をなでられる犬のような顔をする。

「なんか熱があるみたい。今日は大学休むよ」

 彼女は気だるそうに言った。

 僕は直子の額に手を当ててみる。いたって平熱である。

「熱なんか無いぞ。さっさと食パン食えよ。量子力学は遅刻したら欠席扱いになるんだろ」

「彰のばか。ひとでなし」

 直子はぶつぶつ言いながらも食パンにイチゴジャムを塗りたくる。


 いつも通りの朝だ。

 僕はいつも彼女より少しだけ早く起きる。

 彼女はいつも少しだけ駄々をこねる。

 彼女の駄々は可愛いものだった。


 自転車に乗ってアパートから1キロ程離れた大学へと向かう。

 紺色の自転車が僕の自転車。水色の自転車が直子の自転車。


 僕が直子と出会ったのは1年と半年前。

 直子は大学1年生。僕は大学3年生だった。

 互いに一目ぼれだった。

 

 世界中の大学生がそうであるように、僕たちもまた紆余曲折を経て交際に至った。

 それから1年と半年が経った。


 僕は直子との付き合いを大切にしながらも勉強を重ね、無事に県庁への内定を得ることができた。

 だが、同時に国家公務員試験にも合格した。


 僕は悩んでいる。どちらの道に進むのか。

 直子は気付いている。僕が悩んでいることを。


 県庁は大学からも近いので来年からも直子と暮らせる。

 一方、国は霞ヶ関で勤務なので直子とは遠距離になってしまう。


 つまり、僕の進路選択は2人の将来に大きな影響を与えてしまうのだ。

 直子は心配している。


 しかし、僕の隣で自転車を漕ぐ直子は一切そんなそぶりを見せない。

 直子のきれいな黒髪が風にゆられている。


 5分ほどで大学に着いた。

 僕は研究室に、直子は講義室に向かう。


 研究室は5号館の最上階にある。僕は最近体力づくりのためにエレベーターを使わないことを心がけている。

 階段を上がりきり、廊下の一番奥に僕が所属する研究室がある。

 

 研究室に入ると、多賀がパソコンの画面をにらみながらコーヒーをすすっていた。

「おはよう。今日も早いな」

 声をかけると、彼は顔を上げ、ようやく僕の存在に気付いた。

「逆だよ。遅いんだ。卒論のデータをまとめようと思っていたらいつの間にか夜が明けていた」

「相変わらず、熱心だな。どうだ?中間発表の資料は間に合いそうか」

 多賀はまずそうにコーヒーをすすった。

「なんとかな。それより、お前どっちに行くか決めたのか?」 

 僕は自分の席に着くとパソコンの電源を入れた。

「進路のことか?…まだ迷ってるんだ」

「そうだよな。直子ちゃんはなんて言ってるんだ?」

「直子は何も言ってこない。きっとおれの人生を自分が縛りたくないと思っているんだろう。そういうやつなんだよ」

「…そうか。じゃあ、おれは資料もまとまったし一旦家に帰るわ」

「おう、おつかれ」

 多賀は雑に荷物をまとめ大きな手さげに突っ込むと席を立った。そして、出口まで近づくと、ぼさぼさの髪をがしがしと掻きながら僕の方を振り返った。

「斎藤、あんまり長引かせるなよ」

 そう言うとふらふらと帰って行った。

 1人になった研究室で僕はつぶやく。

「分かってるよ、言われなくても」


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ