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捻れ縁  作者: ky5912
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 宿に戻ると、結子は手当を受けていた。

「消毒と止血はひとまず終わりました。ただ、血をかなり失っています。明日隣の村にある大病院へ連れていき、しばらくは入院になると思います」

「ありがとうございます。着替えなどは、明日にはお持ちします」

「すみません・・・隊・・・長。早く・・・復帰しますから」

 笑顔を作っているが、汗がダラダラ流れている。数人の隊士も見ているので、強がっているに違いない。

「申し訳ございません。少し外してもらっていいですか。副長と二人になりたいです」

「わかりました。ただ、長い時間は厳しいですよ」

「五分あれば充分です」

 黙って、全員が一度部屋から出ていった。それまでは笑みを見せていた結子の顔が途端に強張る。

「気取らなくていいよ。誰もいない」

「少・・し・・・抱きしめて・・・ください。血がない・・・せいか・・寒くて」

 いう通りにして、結子を抱きしめる。彼女の震えが伝わってきた。怖いのか、痛いのか、苦しいのか。今の彼女の一番の問題は分からない。しかし、私に出来るのはこれくらいしかない。

「今日は耐えて、明日しっかり治療を受けなさい。あなたの敵は必ず取る」

「は・・い。でも・・隊長・・無事に帰って・・きて・・・くだ・・さい」

「これでも隊長ですから」

 そう言って、頭を撫でると彼女は目を閉じた。

 今夜はここにしばらく置いておこう。ただ、この場所を化け物は覚えている。私は部屋を出て到着していた柴田隊長に向き直った。

「私は明日、一人で探索に行きます。その間、この子のもとに護衛を置けませんか」

「それはもちろんです。ただ、田野隊長は一人でいいのですか」

 心配そうな表情で見ている。周りもそうだ。確かに、若手の女性隊長が一人で討伐に向かうなんてどうかしているに違いない。勝てる見込みだって確約されていないのに、無謀に思われても当然だ。

「はい。問題ありません。現在、この第四部隊も人数が減っている状況です。その中で討伐に人員を割くわけにはいかないはずです」

「そうはいっても、相手は副長殿にも怪我を負わせているのですよ。危険ではないでしょうか」

「まあ、そうですね。桐敷がここまで深手を負ったのは初めてです。不安と言えば不安ですが、彼女の敵は自分で打つと決めましたから」

 全員が黙った。

「ご心配、誠に感謝いたします。心配なさらず、もし私が明日の夕暮れまで戻らなかったら、本部に救援をお願い致します。それまでに、化け物の首を持ち帰ります」

 強気な言葉を残して、私は部屋を出た。そのまま宿に戻ると布団に入らずに部屋の隅で座って目を閉じた。寝転がるのが不安な程、明日の討伐に怯えている。いや、先ほどの化け物が戻ってくるのではないかという気持ちが強く私に恐怖の感情を植え付けている。

 震える体を抱きしめるように、腕を強く握った。

 あんな化け物、いけるのか。これまでも多くの化け物を葬ってきた。しかし、あれだけ強い化け物は初めてだ。特に体が硬い。持っている武器が通じないのであれば、討伐に行ったところで意味はない。

 このまま逃げてしまいたい。今からでも遅くない。守備隊本部に駆け込み、救援を増やしてもらうわけにはいかないだろうか。弱気な自分が語り掛ける。

 うるさい、黙れ。

 必死に取り払おうとしても、更に震えが増す。いつもこうだ。強い相手の討伐前夜は眠れなくなって、こうやって怯えるのが日課。どうしても、深いところに隠れている弱い私が姿を現す。

 当たり前に眠りは浅く、本調子などは程遠い。いつの間にか意識が薄くなり、仮眠をとるように数時間休息をとった。日が上がらないうちから宿の庭で真剣を振り続けた。

 道場で意識をなくすまで振り続けるのは無理だが、集中を切らさずに向き合った。

「あの、食事の用意が出来ていますよ」

 老婆が恐る恐る話しかけてきた。

「ありがとうございます。少し体を拭いてから頂きます」

「お湯がこの時間はなくて・・・」

「お気になさらないで下さい。家でも朝は水で拭いています」

 修練を終えると、隊服に着替えて食事に向かった。

「ここには何人かの隊士の方もいらっしゃいましたが、ここまで修練に励む方にお会いしたのは初めてです」

 食事を準備しながら、彼女は感心したように話してくれた。

「そんな大それたことはしていません」

「いえ、真面目な方とは思っていましたが、昨日から対応も素早いし、私がいうのもおかしいのですが、優秀な隊長様ですね」

「そんなことはありません。私は臆病なだけです。自分の弱さを隠すために必死なだけなのです」

 暖かい味噌汁、白米に焼き鮭が目の前に用意された。ゆっくりしてはいられないが、塩味の効いた味を堪能する。

 これが最後の食事になるかもしれない。

 討伐の前の食事はじっくりと味わおうと決めている。口の中に旨味が広がり、幸福感が体にしみわたる。

「美味しかったです。力がみなぎってきます」

 すべてを綺麗に頂き、お礼をした。化け物が今日も出なければしばらくはお世話になる場所ではあるが、今日で終わらせるつもりだ。

「お戻りの際もご用意いたします。お気をつけていってらっしゃいませ」

「ありがとうございます」

 笑顔を作ると、きちんと頭を下げた。隊士と名乗っているからには、礼儀はいつもよりも意識している。そのままの足で、まずは詰所に向かった。

 昨日よりも落ち着いているためか、周りの景色が綺麗に見渡せる。山間の地域のため、空気が澄んでいて落ち着いている。まだ吐く息は白い季節だが、歩くのは苦に感じない。

 古い扉を開くと、門番が立っている。私の姿に気が付くと怪訝そうに見つめてきた。

「おはようございます。支援にきている第十二番隊の田野と申します。柴田さんはいらっしゃいますか」

 手帳を見せると、相手は疑いの目を向けた。

「田野隊長。朝早くから、ありがとうございます」

 詰所の中から、焦ったように柴田隊長が顔を出した。まだ羽織を付けておらず、出発準備中だったに違いない。

「わざわざ出てきていただき、申し訳ございません。出発をお伝えに来ただけです」

 怪訝そうにしていた門番も急いで頭を下げた。こうやって焦られるのはもう慣れた。

「そんな、支援の方に先に出て頂くのは・・・」

 私は大袈裟に手を振った。

「柴田さん、私も若輩ながら隊長経験はそれなりにあります。隊の朝礼や伝達で忙しいと思いますので、そんなの気になさらないでください」

 それでも表情が変わらないので、少しイラついた。偉そうにされるもの腹が立つが、こういう弱気な姿も腹が立つ。

「なんにせよ、私も自分の隊に帰らねばなりません。そのためにも、さっさと化け物を狩ってきます。地図をください」

 門番が急いで中に戻ると、数枚に折られた地図を持ってきた。詳細に書かれたもので、開いて地理を確認する。

 昨日あいつが話していたのはここから数キロ離れた先の山だ。そこを指さした。

「体の大きな個体は、民家付近に潜むのは難しいはずです。昨日の動きから、まずこの辺りの山に入ろうかと思います」

 あいつの存在は隠している。自分の手柄とかではなく、あいつが正式に守備隊への入隊を希望していないのを知っているからだ。守備隊以外の人間が討伐に行くのは法律でも禁止されており、帯刀も同じくだ。

「この地域は地形が複雑で、慣れていないと迷います。せめて、案内だけでもつけませんか。まだ若いですが、女性の隊士が一名おります」

 若干考えるふりをして、首を振った。

「昨日も申し上げましたが、隊士は不足していると聞いております。私は地図を見るのが得意ですので、ご心配なさらず」

 横から、二人の男性が姿を見せた。隊服は着ているが着崩していて、あまり素行が良くないように見える。

「私たちがいきましょう。今日は休暇の予定だったので、隊の方にも負担はかかりませんよ」

「いえ、お休みであるなら無理はしなくて・・・」

「せっかく支援に来ている隊長様を一人で行かせるわけにはいかないですよ。ねえ、隊長もそう思うでしょう」

 柴田に問いかけた。柴田は複雑そうな表情を見せたが、渋々頷いた。

「さあ、いきましょう。案内しますよ」

「・・・わかりました。よろしくお願いします」

 あまりいい気分はしないが、化け物がいる場所に向かえるので問題はない。あいつは潜んでいるのだろうから、表向きはこの二人と向かうか。

 地図の予備を頂くと、出発した。腹には結子の小刀をしこんだままにはしている。

 手洗いをお借りすると、そのまま出発した。日が昇ってきたので、幾分か暖かくなっている。

「お噂には聞いていましたが、田野隊長はお美しいですね」

 どちらも私よりは年上に見えるが、だらしない雰囲気が好きになれない。

「おほめ頂き、ありがとうございます。ただ、今は職務中です」

「真面目なのも本当らしいなあ」

「おい、隊長さんに向かって失礼だぞ。そこまでにしておけ」

 窘めた隊士も、表情は緩い。明らかに私を侮っているのが伝わってくる。別に感情は動かないものの、油断はできないと言い聞かせる。そもそも、ここまで地域の人間や同僚に被害が出ているのに、こんなに気楽にしている姿に違和感を禁じ得ない。

 しばらく歩みを進めると、目の前に大きな山が姿を現す。

「この山自体は、この辺を束ねる地主が管理をしていました。鹿や猪が出るので、狩りのための山小屋があります。まずはそこまで案内しますよ」

「人のものなのでは」

「地主は足を悪くしてから使っていないそうです。勝手に使っても問題はありませんよ」

 まるで使った経験があるような言い方。深く追求せずに頷いた。

 山に入ってから一時間程度、木が生い茂った道を進んでいく。日が差した原っぱのあたりに小さな山小屋が見えてきた。

 傾斜はそこまでないが、手入れはあまりされていない道を進んだためか、二人は疲れたような素振りを見せる。日々の稽古をさぼっているのだろう。自身の隊にいたら許してはいない存在。

「ここで少し休憩しませんか」

「お二人は少しお休みください。私は付近を見てきます。いやな気配を感じるので」

 転生という割には、特殊な能力は持っていない。気配だって、今までの経験則でものを話しているので確実とは言えない。

 なんのための転生なのだろう。

 未練もなく、前世では嫌な最期を迎えただけ。あの世界でもこの世界でもこんなに不器用でつまらない人生を送らなければならないのはただの苦痛でしかない。

 せめて、無敵の特殊能力位は欲しいものだ。

 まあ、転生と自分で呼んでいる世界観すら、本当のものかはわからない。ありもしない現実を勝手に妄想しているだけかもしれない。それはそれで気持ちの悪い話だが。

「この先も深い山を散策するのですから、少し休みませんか」

 小屋の扉を勝手に開き、手招きする。私は溜息を吐いた。

「いえ、日も届きにくい山ですので、早めの探索をしなければなりません。二人は私に気にしないで、少し休んでいてください」

 下山も早くしたいので、この二人に構っていられない。体力は全く減っていないので、一人でこの辺りを探すとしよう。

 多分、あいつは近くにいるはず。

 早めの合流をしようと決めた時、後頭部を思い切り硬いもので殴られて倒れ込んだ。

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