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捻れ縁  作者: ky5912
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「隊長、そろそろつきますよ」

 見慣れた景色が車窓に映ったあたりで、副長の結子が肩を揺らす。

「ありがとう」

 目を閉じて、何度も見た光景が頭に流れていた。こことは若干違った世界。もっと文明が発展して、便利な道具が溢れた時代で私は仕事に押しつぶされそうになっていた。

 転生なのかわからないが、ここまで前世の記憶や言葉が意識内ではっきりと出ているので、それは転生と言ってもいいのかもしれない。ただ、転生してきた人間にしては明らかにありきたりで、野心がなさすぎる。私は強い意思でもう一度人生をやり直したいなんて思ってはいない。むしろ、不器用すぎる自分が嫌いだった。

 それなのに、なんで前世の私が姿を現したのか。

 無駄だな。

 自問に対して、即答で否定した。考えたところで、周りは信用しない。それどころか、馬鹿が更に戯言を垂れるようになったと蔑まれるに違いない。これ以上変人扱いされるのはごめんだ。

「隊長って、たまに神妙な顔をしていますよね」

 結子が首を傾げた。

「私にも悩みの一つや二つはありますよ。部下が面倒を起こさなければ、もう少し穏やかにいられるのですが」

「なんのことでしょうか」

 皮肉に対して、表情を変えずにもう一度首を傾げた。若干の不快感。まったく反省はない模様に怒りが湧いてくる。

「また今度にしましょう。今話したところで、お互いに納得できるとは思えない」

 会話を少なくするように、駅を出ると早足で歩いた。

 年を越して日はまだ浅く、日中でも気温は低い。暖かい服装で歩く人をすり抜けるように進んだ。隊服は年中この格好で、冬は防寒が出来るが夏は若干蒸れて暑くなる。

「隊長、待ってください」

「第四地区はここからは距離があるでしょう。今日の夕方には家を出て、明日の見回りへ前泊にします。あなたは家に帰り、準備をしなさい」

「承知いたしました。では、次の通りで一度離れます」

 地区の詰所に彼女を連れていく必要はない。一度準備をさせるために解散をする。結子と離れて十分ほど歩くと、第十二部隊の詰所に着いた。小屋と道場が併設されており、隊士の修練などに使われている。

「戻りました」

 扉に受付があり、当番制で隊士が立っている。今日はまだ入りたての若い男の隊士が立っていた。

「お疲れ様でございます」

 初々しい姿には、気持ちが温かくなる。私は笑顔を作った。

「少しは慣れましたか」

「あ、はい」

 まさか話しかけられるとは思っていなかったのか、緊張して引きつった表情をしている。隊長格は気難しい人間が多いので、他の隊ではあまりこうやって会話をしないらしい。

「そう。わからないことは先輩になんでも聞いて、積極的に吸収をしてください。期待しています」

 若いと言っても自分とは数年しか違わないので、偉そうに言っているように思われたかもしれない。ただ、何かしら話した方がいいかなと考えての発言だ。

 頷いた彼に会釈すると、道場へ歩みを進める。

 既に近くからも声がしていた。扉を開けると、視線が集まった。

「隊長、おはようございます」

「集合」

 扉近くの数人が挨拶をすると、修練を止めてこちらに全員が集まってきた。

「おはようございます。遅くなりました」

「いえ、今日は皆隊長に稽古をつけてもらえるので、いつも以上に気合を入れております」

 古参の滝川が笑いながら話した。周りも汗を流していて、かなりの時間励んでいたのが伝わってくる。胸に重いものが降りてきた。

「それなのですが・・・」

「まさか、また救援依頼でも受けてきたのでしょうか」

「ごめんなさい。第四地区にて、隊士の殉職まで出ております。被害が大きくなっている以上、救援もやむなしのようで・・・」

 全員の表情が曇る。最近は救援が多いせいで、自分の道場の稽古も隊の稽古も参加出来ていない。本来であれば隊長として、隊士の成長を助けなければならないのだ。

「ただ、今回は他の部隊の隊長や副長に不在時来てもらうことになりました。他の隊の隊長から学べる機会はそうありません。貴重な経験として、励んでください」

 私よりも経験がある隊長から学べるのであれば、その方がみんなには良いはず。それでも、表情は一様に暗いままだ。

「隊長、いい加減救援ばかり行かずにここにいられませんか」

 若い隊士が口を開いた。

「自分も田野隊長から学びたいことが沢山あります。大事な仕事ではあるでしょうが、この地区のことも考えてはもらえませんか」

「ごめんなさい」

 隊長の役割を果たせていないだけに、やはり反発はあるものか。

 そもそも、この隊は若い女性の隊長というだけで志願者が減っている。それでもここに来てくれた隊士達には感謝しているのだが、あまり威厳もないせいでこうやって反発も少なくはない。

「まあまあ、またの機会にしようじゃないか」

 滝川が周りをいさめた。

「隊長、みんなあなたの剣術に憧れています。今度は必ず時間をください」

 嘘であっても、滝川の言葉には救われている。もっと強い隊士から学びたいという意見があるのは重々承知の上だ。そもそも、この隊も父が討伐を重ねて大きくしたものであって、私はそこまでの成績を上げ切れていない。

「予定を変えてしまい、本当に申し訳ございません。ただ、あと一時間はここにいられますので是非稽古に参加させてください。あと、福島はおりますか」

「はい」

 奥から若い隊士が顔を出した。まだ体格は細身だが、身のこなしや剣術が隊の中でも長けている。

「桐敷は今回も同行させます。留守を頼めますか」

「・・・はい」

 現状の能力を考えれば、副長にしても申し分のない能力者ではある。しかし、正式に副長にすれば、他からの救援を受けられなくなるので、本部には申し出ていない。

「なんですか。何か不満でも・・・」

「いえ、桐敷だけではなく、自分も連れて行ってほしいです」

「皆で出ていくわけにはいかないでしょう。それとも、あなたを連れていく代わりに、ここに桐敷を置いていくの」

 周りの表情が硬くなる。結子の態度はここでも悪いだけに、私がいない日に彼女だけがいるのを外れ日と呼んでいる噂は耳に届いている。

「今度この管区で討伐がある際はあなたを連れていきます。それでいいですか」

「承知いたしました」

「ありがとう。では、私は着替えてきます。稽古に戻ってください」

 練習用の道着に着替える為、道場を離れた。更衣室につくと、息を吐いた。

 調整はあまり好きになれない。できれば、隊士として出た指示を黙って聞いている方が性分に合っている。

 稽古に付き合ってほしい、討伐に連れて行ってほしい。社交辞令はうんざり。本音のところ、こんな若い女から教わる気なんて甚だないはずなのに。

 さっさと着替えて戻ろう。本来はこのまま直帰して仮眠を取りたかった。夜には引継ぎを受けに行くので、夕方からの仕事は長くなる。お互いに社交辞令だけの会話なせいで、余計な負担が生まれてしまう。

「よろしくお願い致します」

 大きな声が合わさり、駆け寄ってくる。

「あまり時間は取れないので、何人か手合わせします」

 隊の中で名の知れた何人かが前に出る。福島ももちろんその中の一人だ。

「順番に来なさい。この数なら休息なしで相手しましょう」

 若い隊士がざわつく。まあ、無理もない。二十そこいらの女性がこんな偉そうに言うのは違和感を持たれても仕方ない。ただ、これもここの隊士が私の力量をわきまえて手を抜いてくれるから言えるのだ。

「胸をお借りします」

 緊張した顔で、隊士が前に進み出る。お互い竹刀を持ち向かい合った。

「いつでもどうぞ」

 仕掛けは相手に委ねる。私は息を吐いて集中をする。周りの声が段々と聞こえなくなり、五感とは違った感覚に支配されていく。

 相手の動きを本能で掴み、攻撃をかわして竹刀を振り下ろす。腕に思い切りあたったので、相手は唸りながら竹刀を床に落とした。

「殺気が漏れています。もっと自然体で向かってくる方がいい。もう一本いきましょう」

「はい」

 集中をしていると、言葉を選ばずにはっきりと相手に話ができる。わざと弱く演技をしているのだろうが、気が付かないふりをして指摘をする。

 これを約一時間みっちりと続けた。

「ありがとうございました」

 全員が終えるころには汗だくになっていた。しかし、朝の素振りに比べれば、手合わせの方が息は切れていない。

「こちらこそ、各々随分よくなっていますが、今日言った指摘を修正していきなさい」

「はい」

 全員、私に叩かれた箇所を抑えたり、息切れしたりでまともに立っているのは福島だけだった。

「隊長、お気をつけて」

「わかっています。無事に帰りますので、留守を頼みます」

 そういって、道場を後にした。

 早足で帰ると食事を摂り、数時間だけ目を閉じた。休息をとってから支度を始める。

 数日分の着替えを入れて、隊服に身を包む。長ければ数週間にも及ぶ救援。前回も散々探し回ったあげく、別動隊が討伐に成功して何もせずに帰る羽目になっている。化け物を退治できたので喜ばしいが、不完全燃焼は否めない。

 日の入りがまだ早い時期のため、夕方に家を出ても既に暗くなっている。子供たちの遊び声もやみ、人通りが少なくなっていく時間だ。化け物が出るこの世界では、夜の外出は皆控えている。特に女性の一人歩きは危険とされており、年頃の女性は夕方までには帰宅するのが習わしになっている。

「隊長、お待ちしておりました」

 朝と同じ場所で、結子は待っていた。

 まるで世間に逆らうように、女性二人が駅に向かって歩いている。この時代に生まれるのであれば、二人とも男の方がよかったはずだ。

「準備はできた」

「はい。ゆっくり休息を頂きましたので、元気いっぱいです」

 こういうところは頼りになる。例え長期任務になっても弱音一つ吐くことなく、体調も崩さない。

「心強いわね。ありがとう」

「それは私の言葉です。どんな任務でも、田野隊長といれば安心です」

 汽車に揺られて二時間程度、駅を降りてから約一時間をかけて歩く。山々に囲まれた小さな町に化け物が現れて、人を襲っている。休息も取らずに移動をして、午後九時前には詰所に到着した。

「遠いところ、すまない」

 隊長の柴田が詰所で待っていた。あまり睡眠がとれていないのか、目の下の隈がひどい。給与も少ないわりに、化け物への対処はすべて守備隊の責任。この仕事の嫌なところだ。

「気にしないでください。明日から任務につきます。柴田体調はしばし体をお安め下さい」

「お気遣いを頂き、感謝します。しかし、ここは私の管轄。共に戦った同胞の無念を晴らすためにも、一緒に同行させてくれないか」

「わかりました。ただ、動くのは明日からです。それまではお休みください」

「その体力では、足手まといになると申しているのです。田野隊長が優しくお話頂いているうちに従ってください」

「桐敷」

「いえ、その通りですね。引継ぎは副長に任せますので、しばし休息を頂くとします」

 隊長は消えていった。また彼女の悪いところが出た。あとできちんと話すしかない。力なく部屋を去る柴田の背中に頭を下げた。

「そうしましたら、私から引継ぎを致します」

 若い副長がこちらを振り向く。桐敷を睨んだが、彼女は気にせずにそっぽを向いている。

 町に化け物が出るようになったのは、約一か月前。隊長は二メートル以上にも及ぶ大きな体をした個体で、長い爪で討伐に入った隊士三人を引き裂いたという。それ以外にも、夕方から夜間にかけて民家を徘徊して、既に数人を喰らったという話だ。人を軽々と傷つけるが、守備隊の存在に気が付くと身を隠すだけの知能は持っており、そのせいで討伐が進まずにいる。

「あとは・・・」

 話すのをためらって、一度こちらを見た。

「どんな小さなことでも貴重な情報です。気になるのであれば、お話ください」

「わかりました。これは警察と関連性を調べているので、同じ化け物の仕業かは不明です。実は、数日前に町長の娘が行方不明になっています。夜に部屋にいたはずでしたが、神隠しにあったように、姿を消しました」

「部屋は荒らされていたのですか」

「いえ、異変はありませんでした。しかし、厠に行く廊下の戸が開いており、そこから連れ去られた可能性は非常に高いかと・・・」

 それならば、あまり時間をかけてはいられない。女性をさらうということは、生殖機能が発達している。未発達の化け物はその場で女性を喰らうが、さらうということは種の受け皿にする気なのだ。

「わかりました。貴重な情報です。では、明日から現場付近を中心に探索に入ります」

「ありがとうございます。本日はこの近くに宿を押えました。この期間は、そこに滞在をしてください」

 詰所にも仮眠室はあるので、大体はそこをお借りするのが通例だ。わざわざ宿を手配してくれるとは、随分な好待遇だ。

「そんな、お気遣いを頂きありがとうございます」

「田野隊長のお力をお借りするのですから、当然のことです。案内いたします」

「私もいるのですがね」

 後ろでぼそっと声がしたので、強い目で結子を見つめる。前を歩く副長は気が付いていないようで安心した。

 宿は古いが綺麗に手入れされている。中から老婆が出てきて、そこで副長は詰所へ戻っていった。

「寒かったでしょう。夕飯は出来ていますよ」

 白米に味噌汁。焼き魚まである立派なものだ。腹を満たすと、風呂まで沸かしてくれていた。一度部屋で荷物をまとめると、頂くことにした。

「今回は随分と待遇がいいものですね」

 いつもカリカリしている結子も表情が緩い。着替えをまとめると風呂場へ向かった。

「風呂なんて、ありがたいですね」

「そうですね。準備に感謝しないとね」

 交替で入ることにした。先に結子を入らせて、私は脱衣所の椅子に腰かけた。人里とはいえ、もしかしたら強襲があるかもしれない。二人で呑気に湯につかっている場合ではない。

 結子は隊服を脱ぐと、さらしをゆっくりとほどいた。小さいが、綺麗に整った乳房があらわになる。体には傷が多く、私と出会う前にけがをしたのだと話をしていた。

 痩せてあばらが見えるが、筋肉もしっかりとついた体。戦ううえでは羨ましい得体をしている。

「まじまじと見ないでください。隊長とはいえ、恥ずかしいです」

 珍しく頬を赤らめた。衣服をたたむと、手拭いを持って浴室に向かった。

 刀を握ったまま、目を閉じた。明日からは探索を始める。まずは化け物の目撃が多い山付近を捜索しながら、足跡をたどっていく。町長の娘はまだ殺されていない可能性は高い。そのため、早急に救出をしなければならない。

 借りている地図を軽く広げた。この辺りの地理は頭に入れておかなければならない。

「すみません、上がりました」

「もっと入っても良かったのに」

 さっと済ませてきた結子が浴室から出てきた。髪の毛は結んでいたので洗ってはいないようだが、湯船につかっていたので肌がピンク色に染まっている。

「充分に温まりました。隊長もどうぞ」

 結子が隊服に袖を通してから、私も服を脱いだ。

「隊長、相変わらず綺麗ですね」

「恥ずかしいから、見ないで」

 さらしをほどくと、大きくなった胸があらわになる。なるべくこれは見せたくなかった。髪を洗うのはよそうと考えて、髪留めで髪を肩うえで結んだ。

 浴室に入ると、身体を洗った。お湯の加減もよく、移動で冷え切った体を芯から温めてくれる。

「隊長」

 湯船に入ったあたりで、結子の声がした。

「どうしたの」

「いつも生意気を言ってすみません」

 意外な言葉が返ってきた。

「あら、理解していたの」

「無論でございます。私にも血は通っておりますので」

「じゃあ、なんであんなことを言うの。誰とでも仲良くとは言わないけど、無意味に敵を増やす必要はないでしょう」

「・・・それは」

 パンッ

 彼女が聞き取れるかわからない声で話した瞬間、ガラスの割れるような音がした。おそらく洗面所横の窓からだ。湯船から出た瞬間、更に大きな音が響いた。

 四畳半ほどの脱衣所を、小さな体が転がった。

「結子、大丈夫」

 焦るあまり、仕事を忘れて名前を呼んだ。相手の場所が細くできない為、扉を開いて一度浴室に留まる。結子は扉に隠れて、安否が確認できない。

「結子、生きているの」

「敵襲です。命には別条はございません。敵は浴室で手左側の端におります。壁を突き破って入ってきました」

 すりガラスに映る火を見て、彼女が抜刀しているのだけがわかる。

「怪我は」

「擦り傷と言いたいですが、肩を掴まれた際に爪が入りました」

 覚悟を決めるか。相手はこちらが狙っていた獲物に違いない。結子一人で時間を稼げるかと思ったが、怪我をしているのであれば話は別だ。

「出るよ」

「援護します。刀はやつの下にあります」

「わかった」

 結子が踏み込んだタイミングで、身体を低くして浴室から飛び出した。結子の方に体を反転させる。

「服はどうされますか」

「着ている余裕はないでしょう。今は刀の方が先ね」

 飛び出しては見てみたが、刀は化け物の足の下。これでは何の力も出せない。敵を捕捉できるだけ、若干ましになっただけの状況だ。

 化け物は聞いていた通り、二メートル半ほどの大柄なものだ。筋肉の張った大きな体はこげ茶色に近い肌の色をしており、黒目しかない目がこちらを捉えている。人間に近い形をしているが、やはり異形の姿をしているせいで恐怖しかない。

 私の姿を見ると、口元を緩めて涎が流れた。

「美味しそうなものと思われていますね」

「口には出さないで。不快感が増す」

 結子の右肩からは大量の血が流れていた。彼女の刀を借りようにも、人から人に刀が移る際に火は消えてしまう。鞘も化け物の方に転がっているので、発火も出来ない。手負いの結子が戦える時間は限られており、このまま膠着状態が続けば不利なのはこちらの方だ。

「私があいつを引き付けますので、その間に刀をお願いします」

「了解」

 火力はいつもよりも落ちている。硬さが他の化け物よりも強いと聞いているので、今の状態で結子がこいつを斬れるとは思えない。

 化け物は心臓を潰さない限り、身体は時間をかけて再生する。ただし、一度斬ればそれなりの時間がかかるので、遠ざけることはできるのだ。

 結子の殺気を悟って、目線が彼女に向いた。あまり戦闘時には発汗しない結子が大粒の汗を流して肩で息をしている。緊張ではなく、怪我の状態だろう。

 静かに、そして素早く彼女は踏み込んだ。神速を使って化け物に切りかかった。

 化け物は彼女を補足できていない。隙をついて、彼女は腕に切りかかったが刀が折れた。化け物の爪を交わして、私の横に戻った。

「嘘でしょう」

 体の一番細い部分を狙ったのだが、全く歯が立たない。それどころか、刀の先が折れてしまった。

 いよいよ危機的だな。化け物が口元をまた緩める。女二人。しかも片方は丸腰。最高の獲物を持ち帰ることが出来るのがわかっているような表情だ。

 考えろ。打開策はある。

 せめて、結子だけは見逃してほしい。彼女は大けがをしている。連れ去られている際に命を落としかねない。

「もう一度行きます」

「いや、あなたは待機して。私が掴まって抵抗する際にあなたは逃げて助けを呼びなさい」

「できません」

「隊長命令です。二人で攫われても意味ないでしょう」

 私はゆっくりと化け物の前に近寄った。余計な抵抗はしない方がいい。このまま掴まって、反撃の機会を狙うしかない。

 毒もないのか。

 隊服の内側に、隊士は毒を持っている。それは化け物にではなく、自分が飲むためだ。特に女性隊士は、凌辱を受ける前に服毒して命を落とすように言われている。

 化け物の腕が伸びてきた。覚悟を決めて体を固めた。

 掴まれた感触を体に感じた瞬間、化け物の手首が落ちた。目の前の床が一瞬音を立てたが、姿を補足できない。

 あの野郎、いやがったな。

 すっと、化け物から間合いを取る。化け物は補足できない姿に怯えて、一気に逃げていった。私は素早く刀を取った。

「誰かいますね」

「そうみたいね。おそらくは敵ではない」

 羽織を掴んで上からかけた。

「まずは服を着てください」

「それよりも、怪我を見せなさい」

 肩から腕にかけて、深めに切られている。

「投石は囮でした。気を取られていたら、後ろの壁を破って肩を掴まれました」

「致命傷にならなかっただけ、よくやった。早く手当てをしましょう」

 音を聞きつけていた老婆が恐る恐る扉を開けた。

「もう化け物はいません。この辺りに医者はいませんか」

「隊士様が知っていると思います。すぐに呼んできます」

 急いで呼びに行った老婆を見送り、まずは隊服に袖を通した。化け物を追う必要はない。おそらく、あいつが向かっているはず。

 頼りたくないが、結子の怪我が心配だった。

「先ほどの話ですが・・・」

「討伐後にいくらでも聞きます。まずは怪我を直しなさい」

「私も行きます」

「無理でしょう」

「囮くらいにはなります」

「馬鹿」

 頭を小突いた。

「大事な部下を囮にするために連れていくわけがないでしょう」

「いったー」

 結子は頭を摩った。怪我をしているからと言って、この発言は許せなかった。

「いいから、あなたは治療をしなさい。わかった」

「わかりました」

 服の中を確認する。薄い紙を折りたたんだものに粉薬が入っている。結子がいないのは正直不安だ。命を失う覚悟は決めているものの、いざその時になると恐怖で足が固まる。

「隊長」

「なによ、今度は」

 結子は腹の付近に仕込んでいた小刀を出した。

「私の気持ちは一緒にお持ち下さい」

 私の気持ちを読んだのか、優しい口調で差し出した。私は黙って頷くと、腹のあたりに収めた。

「ありがとう。必ず戻ります」

 数人の隊士が走ってきた。

「隊長と副長は今呼びに行きました」

「この子の手当てをお願い。私は少し化け物を探してみます」

「待ってください。こちらからも援軍を出します」

「あなたたちは、この辺りの警備をするでしょう。そこまで深追いはしませんので、心配しないでください」

 深い山に入る気はない。この時間は目の慣れていない人間の方が不利にあたる。一度、あの男に会うために外に出ることにした。

「わかりました」

 不安そうな面々を残して、宿を後にした。しばらく付近を歩きながら追手のないことを確認すると、人のいない草むらに入った。あいつの気配だけは感じていた。

「さすが理名殿」

 ゆっくりと目の前に姿を現した。綺麗な道着に袴姿で、帯刀もしている。

「先ほどはありがとうございました」

「お役に立てたのであれば、嬉しい限りです」

「年頃の娘二人の風呂場を覗いていた件については、今回不問に致します」

 冷静に言ってみたが、顔から熱が上がっている。あの戦闘時、私は一糸まとわぬ姿だった。確実に全裸で構える私の姿を見ていたはずだ。

 よりによって、こいつに見られるなんて。

「見ていませんよ。傷一つない真っ白で綺麗な身体なんて」

「うるさい。斬りますよ」

「ははは、冗談が通じないですね。しっかり化け物を追ってきたのですから、お許しください」

 手をひらひらしながら、笑っていた。この男の神速は父のものを超えている。

「斬らなかったの」

「あの化け物は硬いです。簡単には刃が通らない」

 確かに、先程は腕と同時に胴体にも刃を当てていた気がする。この男で斬れない相手を、私がいけるのか。

「理名殿の力が必要ですね」

「からかわないでください。もちろん、案内はしてくれるのかしら」

「理名殿の願いなら、なんでも聞きましょう」

 お調子者を演じているが、常に私の要望を叶えてくれる。本気で斬ろうとしている私を諦めずに、困ったときにはいつも駆けつけてくれる存在。

 いや、そんなわけない。

 幼い時からふと現れて助けてくれるのが嫌だった。私は何度も何度も挑戦をしても失敗するのに、彼は簡単に私の出来ないことをやってのける。私の努力を無駄にさせる一番いやな存在だった。

 でも、こんな私をいつも肯定してくれるのもこいつだったのは確かだ。

「ちなみに、場所はどこかしら」

「この先の山に小屋があって、その周辺を巣にしているようです」

 やはり、今日はここまでか。暗い中で山の中に入るのは危険だ。

「ありがとう。そうしたら、明日朝一で向かいましょう」

「わかりました。準備が出来ましたら、こちらにいらしてください。お待ちしております」

「ちょっと待って」

 ふと気になって、背中を呼び止めた。

「寒いでしょう。あなたは泊る宿はあるの」

「ご心配頂けるとは珍しいですね。心配なさらず、私は大丈夫ですよ」

 そう言って、暗闇に消えていった。

 なんで心配しているの。

 首を大きく横に振った。今は早く駆除をするために利用しているのだ。終われば、また距離を取ろう。心に決めて宿に戻った。

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