三
会議はやはりお通夜の静けさ。この第四地区に出てくる化け物の駆除が難航しているためだ。しかも隊士三名と住民が六人、飼い犬一匹が被害にあっている。
「まずは第四地区の状況」
目の力を失った第四部隊の隊長が立ち上がる。実際に現れた化け物は通常の倍にはなろうという体格に、火刀すら通さなない頑丈な体をしている。そのため、退治に駆け付けた隊士の刀を折って負傷を負わされた。とがった爪で負傷した隊士は手当の甲斐なく出血多量でなくなっている。
現在も身を隠しているものの、夜になると姿を現して民家の周辺を徘徊しているとの話だ。家を襲わないのは、音で居場所を把握されないためなのだろう。化け物は、すべてが決して好戦的ではないのだ。
「食われなかっただけ、ましか」
横で他の隊長の声がする。嫌な言い方だが、正しいと思う。亡骸まで奪われるのは避けたい。
「隊長、自分の隊だけでいけそう」
皆と向かい合って座る県南の統括である佐多部隊長が面倒そうに頭を掻いた。第四部隊の隊長も二十代前半と若く、周りの視線に怯えながら声を漏らした。
「うちの隊で全力を尽くそうと考えておりましたが、やはり三名の殉職があり、その・・・」
「なんだよ、無理なら早くいえ」
他の隊長から怒声が響く。やはり、救援依頼ありか。態度には出せないので、心の中で呟いた。こういった手に負えない化け物の討伐に、他地区の部隊に救援を出すことがある。その場合、大体選ばれるのは若い隊長がいる部隊だ。
「報告の限りでは、その辺の隊では厳しいのではないか。力がないと、刀が通らないのだろう」
「そうだな。そうすると・・・」
この話は逆に有利な気がする。私のような若輩者を外してくれるのであれば、それはありがたい。ただし、油断はできない。なぜなら、後ろで黙って正座をしている部下の能力はずば抜けている。もし彼女が呼ばれれば、管理役が必要になる。
こいつはまさに躾の悪い警察犬みたいなものか。
「田野、行けるか」
「はああ」
部隊長に対して、思わず声を出して立ち上がった。せめて桐敷と言えよ。私ではない。
「力が必要と聞けば、お前の出番だろう。嫌なのか」
はっと我に返る。相手は部隊長だ。
「失礼いたしました。お言葉ですが、相手は強いと聞いている中で私なのでしょうか」
周りの目が冷たい。ひそひそと声がするが、明らかに四面楚歌。
「先ほど言った化け物の相性を考えれば、適任だろう」
「しかし、私には神速が使えません」
「桐敷を一緒に行かせろ」
守備隊のもつ能力は、剣術以外に二つある。一つが特殊な刀を使うことで刀に火を宿す火刀。鞘に特殊な石を仕込み、刀を抜く際にマッチの要領で火をつける。鍛錬によって火力の強さや耐久力を変えることが出来る。
そしてもう一つが神速。脚力を高めることで動作を俊敏にする特殊能力。父は両方の能力に長けていたが、私は神速を習得することが出来なかった。
「承知いたしました」
命令には背けない。周りの隊長を見るが、みんなが目を逸らす。この部隊の中で、私が決して他に勝っているわけではない。結局は、発言が出来ない弱い女に仕事を投げているだけに決まっている。
「県南の隊長様たちは、平和が大好きですからね」
全員の目が一斉に私の背後に集まる。
「なんだ、何が言いたい」
第三部隊の副長、峰岸がはっきりと突っ込んだ。前回もこの二人の口喧嘩が発端で事件が起こっている。
「厄介な戦闘には全員が地蔵様とは、隊長の肩書が笑っておられます」
「口を慎め」
第十部隊の隊長が怒鳴った。
「会議では威勢がよろしいのですね。現場でも見せてほしいものです」
「桐敷、黙りなさい。先ほども言ったでしょう。あなたの発言は許していません」
後ろを振り返り、大きな声で叱った。しかし、彼女は背筋を綺麗に伸ばしたままの正座を崩すことなく話を続けた。
「困ったときはすぐにわが部隊の隊長ですか。確かに、この中でも隊長が屈指の能力者ではありますが、わが地区も小物とはいえ、化け物が多発しております。優先すべきは自らの地区の防衛。負担が偏り過ぎるのは承服しがたいものです」
ひそひそと声はするが、大きな声で反論はできない。彼女の言葉が一概に間違っていないからだ。
「桐敷、それはあなたのいう言葉ではありません」
ありがたい言葉ではあるが、部下を窘めた。
「命に背くような発言、お許しください。第十二部隊隊長の田野、副長の桐敷。明日より救援に向かいます。ただし、第十二地区を留守にするわけにもいきません。その間の補佐を頂きたいと思います」
「わかった。持ち回りを決めて、各隊の隊長及び副長を配置する。田野も桐敷も負担が無いとは思っていない。しかし、的確な討伐をするための配備ということへの理解はしてくれ」
部隊長の佐多さんは五十代に差し掛かるベテランの部隊長だ。非常に厳しい人間ではあるが、よく話を聞いて理解をしてくれる。父の先輩にあたる方でもあり、入隊時から私のことを気にかけてくれる大切な存在だ。
「ありがとうございます」
結子は口を真一文字にして、目を閉じていた。まだ不服に思っているのだろうが、これ以上何かを話せば私の逆鱗に触れるのは理解している。
その後の報告は問題なく終わり、定例会議は終了した。各隊長が帰り支度をしている。
「田野隊長、すまない」
第四部隊の柴田がこちらに謝罪をした。眼鏡をかけた優しい性格の男で、私の三年ほど先輩にあたる人物だ。
「いえ、私で力になれるのであればなんなりと」
怯えるように後ろの存在を彼は見つめる。
「彼女は気にしないでください。よく話をしておきます」
「ああ、よろしく頼む」
目を瞑ったままの桐敷の肩を叩いた。
「行きますよ」
「納得できません」
近くにいる数人の隊士がこちらを見る。火種を起こす危険があったので、彼女の腕を強く引いた。
「いくらでも話は聞きます。まずはこちらを出ましょう」
「いくら何でも、田野隊長に負担をかけすぎていることに対して、男たちは何も感じないのでしょうか。情けないものです」
わざと大きい声で溜息を吐いた。予想通り、峰岸がこちらに早足で近付いてくる。
「まだ文句を言っておるのか。お前はいつも不満ばかり。そんなに納得いかないなら、除隊すればいいだろう」
「なぜ討伐を続けている私が除隊をする必要があるのかしら。お前らの修練が足りていないのが問題だろう」
「お前のその態度が、全員の士気を下げているのだぞ。少しは控えろ」
「では士気が高まれば、皆様はお強くなるのでしょうか。そのようであれば、いくらでもお声掛けしますよ」
「貴様、許さんぞ」
右手が動いたのを、後ろから大柄の男が掴んだ。第三部隊隊長の榎本だ。顔面凶器と言われているほどの強面で、頬に大きな傷が付いている。討伐数も多く、隊長の中でも頭一つ抜けた存在だ。
「同じことは二度としないと約束をしたはずだ」
「桐敷、これ以上余計な発言は許しません。ここからは何も話さずに道場を出なさい」
渋々立ち上がると、結子は先に道場を出た。他の隊長と鉢合わせにならないように、先に出た時には化粧室へ行くように話してある。
「皆様、申し訳ございませんでした」
残った私は頭を下げた。
「田野、何度目だ」
「すべては私の責任です」
榎本が、右手で私の左肩を掴んだ。大きな手で、おそらく私の顔を覆いかぶせるほどはあるように感じる。
「そうだ。問題を起こすのは桐敷でも、お前の態度が問題という認識が足りていない。お前もいい加減、自分自身の身の程を知れ」
ここでの私の味方はいないのか。白けた目線に耐えられずに、もう一度頭を下げた。
なんで、こんな思いをしなければならないのか。
この仕事は名誉職とはいえ、給金は平均よりも低く、各々が掛け持ちで職を持っているような世界。討伐に対して別途給金は出るものの、程度に応じて金額は異なる。ほとんどの隊士がお小遣い程度の金額で命を張っている。
その中で、私は運とあの忌まわしい男の力で大きな討伐を達成した。自信なんてない。そして、この人達はそんな私の実力を知っているから、こうやって風当たりが強くなるのだ。
「もう、そのくらいにしてあげて」
横で町村隊長の声がした。榎本隊長の腕をつかんでいた。
「田野さんの指導は、教育係である私の役目。私の顔に免じて、今日はここまでにしてくれないかしら」
私の方から手を離すと、町村さんの手を振りほどく。顎まで髭の生えた顔を左右に振ると、町村さんに強い眼光を向けた。
「わかった。今日はお前に免じて見逃す。ただ、許したわけではないからな」
怒りを鎮めるように大きく息を吸って、道場を出ていった。
「すみませんでした」
「いいの。でも・・・」
何かを言いかけてから、目線をうえに逸らした。
「今日はいいです。また近いうちにお話をしましょう」
「はい」
嫌な話にもなりそうだったので、追及をせずに終わらせた。
「さあ、帰りましょう」
化粧を直したのか、まるで先ほどまでの出来事が嘘かのように彼女はすっきりした表情をしていた。
「今日もお疲れ様でございます」
「誰のせいかしら」
「いいのですか。化粧を直さなくて」
「いいです。それよりも早く帰りましょう。隊士に明日以降の予定を伝える必要があります」
本当なら直帰して布団に入りたいほど疲れた。しかし、明日からは別の地区への遠征がある。無断で行けば、また叱責にあうに違いない。
くそ。面倒くさい。
四方八方に気を遣う人生。私に気を遣う人間などいないのに、なぜ私はこんなに気を遣う必要がある。
どこにもぶつけられない、言葉にならない感情を押し殺して守備隊本部を後にした。




