二
綺麗な朱色の羽織に紺色の袴。地域に配属された隊服に袖を通した。月に一度は隊長格が集まり、所管の地域状況を報告する。
私はこの県の第十二部隊を率いており、会議には顔を出さないといけない。
この世界には、異形のものが住み着いている。前世でいうなれば、鬼のようなものだ。身長・体重ともに人に近い形をしていながら、とがった爪に鋭い歯を持っている。力も強く、人を好んで食らい、性別は雄しかいない。種を増やす際には女を連れ去り、無理矢理孕ませて産ませるのだ。
数年前までは圧倒的な戦力差で人間が狩られていたが、火刀という刀の開発により、人もよる駆除が可能になった。それからは、公に姿を見せる化け物は減少した。
しかし、絶滅したわけではない。今でも誘拐事件は多発している。警察とは別に活動する部隊として、私達守備隊が各地域に配属されているのだ。
元々は道場を開いていた私の父の影響で、小さな頃から竹刀を握っていた。父も守備隊に所属していたが、出動時に化け物に左腕を嚙み千切られて引退をした。
十四歳の時に道場の師範代に上がり、そのまま守備隊に入隊をして六年。周りよりも早く討伐の機会に立ち合い、気が付けばこの若さで隊を任される立場になっている。
「父上、行ってまいります」
道場に戻ると、父は目を閉じて瞑想をしていた。私の修練同様、毎日決まった時間に父はここにきている。
「理名か。気を付けていきなさい」
目を開くと、強い眼光が私に向いた。左腕はなくても充分に強い。片手で刀を握っても、この道場で父にかなうのは私を含めて誰もいない。
ただ見つめられているのに、背筋に寒気を覚える。
「はい」
肉親とはいえ、この道場では師匠。背筋を伸ばして、深くお辞儀をした。
「理名」
「なんでしょう」
「もう無理をすることもないぞ。お前もいい年齢だから・・・」
「父上、会議に遅れますので失礼いたします」
話を遮り、道場の扉を閉めた。この話は何度かされている。耳の痛い話だけに、最近はこうやって逃げるようにしている。
父として、私の幸せを願ってくれているのは伝わる。母は数年前に病で亡くなったあたりから、しきりに私の心配をするようになった。
嬉しい気もするが、だからと言って私は守備隊から抜けるつもりはない。
家を出ると、駅まで歩く。交通機関は車や蒸気機関車も発達しているが、定期的な化け物の襲撃で都市の発展は遅れている。
町での帯刀は、この隊服を着ているものにだけ許されている。二つ角を曲がったところで、同じ姿をした小柄な女性がこちらに駆け寄ってきた。
「隊長、おはようございます」
おろしても肩にかかる位の黒髪を束ね、隊服に身を包んでいる。十八歳という若さだが体調補佐に昇格した実力の持ち主で、切れ長の細い目に愛らしい笑顔が特徴の美人だ。
「おはよう。今日も元気だね」
「隊長にお会いするのを楽しみにしておりました」
桐敷結子。
幼いころからお互いを見知った関係で、今は隊で一番信頼を置ける部下。おそらく、私よりも能力はあるのに、常に私を立ててくれる。
「私に会ったところで、何もないでしょう」
「いえ、憧れの方と同じ時を過ごすのは有意義です。田野隊長からは学びも多く、常に刺激を頂いています」
頬を赤らめながら、私を見つめる視線は恋する乙女のそれだ。この性格のままであれば、本当に理想の部下なのだが。
「何度も言っているけど、あなたが思うような人間ではありません」
「ご冗談は何度も聞いております。もし、私が田野隊長に申し上げることが出来るのであれば、その過剰なご謙遜をお控えいただきたいです」
目を下に落として、遠慮気味に話した。ここまで強く指摘を受けたのは初めてだろう。まあ、彼女の気持ちは察していたので動揺はない。
「過剰な謙遜ですか」
「はい。差し出がましいお話であるのは重々承知の上です。お気に障られたのであれば、大変申し訳ございません」
まもなく駅に着く。早朝とはいえ、駅に近づくと人は増える。この話を周りに聞かれたくはなかった。
「いえ、まっすぐな指摘をもらうのは私にとっても貴重なものです。しかし、あなたが思っているほど謙遜はしていません」
「いえ、田野隊長は・・・」
「この隊にとっての大きな戦力はあなたや他の隊士がいるおかげです。私の力など、大きなものではありません」
「だから・・・」
「そこまでにしましょう。それとも、あなたはこの先まで私に話させたいの」
目を細めて、彼女に視線を向ける。真っすぐに歩く彼女の背筋が更に伸びた。本来はこのような力で封じる手は使いたくない。ただし、この位しなければ彼女は引かないだろう。
「いえ、滅相もございません。無神経な言動をお許しください」
「気にしないで。先ほども言った通り、本音で話してくれることには感謝しています」
それ以上は深く話をせずに駅に入った。この隊服は目立つため、公の場では話を控えるのが通例。
黙って機関車に揺られていると、視線を感じる。キリッとした表情は崩さないものの、目が寂し気に私を見ている。もう少し話したかったのだろうが、あえて放っておくように目を逸らす。
こうした方がいい。面倒はごめんだ。
彼女はいつも私を過大評価する。それが嫌で仕方ない。美人で剣術にも長けている。若くして副長まで駆け上がった彼女が私に尊敬の念があるわけがない。
目的はわからない。詮索する必要はない。もし逆らいたいなら逆らえばいい。寝首を搔くのであれば、喜んで差し出そう。私はこの役職にしがみつこうなんて思わない。
人は私を向上心の塊と呼ぶ。そんなわけない。
守備隊の父のもとに生まれなければ、この道場を続ける使命がなければ、大した力もなければ。無駄なタラレバが頭を過る。結局は導かれるようにこの世界で戦い続けている。いつだって、自分の気持ちや意思はない。なんとなく、目の前にある課題に不器用に真剣に立ち向かった結果だ。
醜い。
泥だらけで、グシャグシャに鼻水と涙をこぼしながら修練を積む自分が嫌いだった。最初の討伐で化け物を前に失禁した自分が嫌いだった。
なんでこんな人生を選択してしまったのだろうか。簡単だ。何一つ自分の人生を考えなかったからだ。前世も一緒。無駄な努力を積んで、まあまあ立派な成果と生活を必死に送っていただけだった。何が楽しかったのかもわからない。簡素なものだ。
もっと、穏やかでおしとやかに過ごしたかった。
家で愛おしい夫に思いを馳せながら家庭を守る生活。そんな生活をもらえれば、文句など言わずにいられる自信がある。
出来ない願望を巡らせたところで、目的の駅に到着した。
「守備隊のお姉ちゃんだ」
「そうだね、格好いいね」
小さな女の子が手を振る。私は軽く振り返した。母親が軽く私にお礼の会釈をする。横で結子はそっぽを向いた。
「あなたも反応しなさい」
「なんでですか」
「守備隊は町の治安を守る存在でしょう」
「それと愛想の良さが繋がりません。隊長はやはり人間が出来ていますね。私にはその辺の他人にまで愛想よくいられませんね」
先ほどの従順さはどこへ行ったのやら。この副長は扱いに困る。
「褒めてもらってありがとう。会議では余計な口は慎むこと。わかりましたか」
「心得ております。そもそも、私は余計な発言をした記憶がございません」
いうことを聞きたくないときは、途端に目を逸らす。このままでは、今日も嫌な予感しかしない。
「そう。覚えがないのであれば、今日は発言を禁じます」
すっと、彼女が振り返った。
「田野隊長の指示であっても、それは守れるか不安にございます」
目はまっすぐに私を見つめている。茶化す気はないといったところか。私は溜息を洩らした。
「だから連れていきたくなかった」
「私は何と言われようと、隊長のおそばにおります。どうか、懐刀として扱いください」
「鞘のない刀はいりません」
とぼけたように、彼女は小首を傾げた。前髪が揺れて、綺麗な瞳が日の光でキラッと光る。本来であれば、世間はこんなに可愛らしい年ごろの娘を放っては置かないのだろう。
駅と繁華街を抜けると、県の守備隊本部が見えてくる。この時代にはかなり大きな建物で、四階建ての木造建築と修練のための道場が二か所、運動場まで配備されている。警察との兼用ということでもあるが、組織の規模を象徴する建物だ。
懐から手帳を出した。守衛の二人の男に頭を下げて手帳を見せる。隊士にだけ渡されるもので、隊士は朱色、隊長以上は黒い手帳が渡される。
「ご苦労様です」
守衛に声をかける。軽い会釈からの手帳を見て目を丸める。ここまでがセット。守衛は持ち回りなので覚えてもらえない。そのため、いつも疑い深く見られるのには慣れっこだ。
「どうぞ」
「確認にお時間は取られたくないものですね」
「余計な発言は慎みなさい」
朱色の手帳をひらひらさせた結子を窘める。こういったところが面倒だ。なぜか彼女は周りの人間への愛想が非常に悪い。いや、性格が非常に悪いといった方があっている。
守衛は彼女を睨んだが、目もくれずに私の後ろを歩く。隊士の中でも有名な美人なため、むしろ知名度は彼女の方が上だ。ただし、この性格の悪さも既に有名になっている。
会議は県内を二組に分けて行われる。私たちは県南の支部にあたるため、十四番隊までが集まる会議へ参加する。広い第一道場へ向かう途中、何人かの隊長に会って挨拶を交わす。
「理名ちゃん」
「町村隊長。おはようございます」
短髪で大柄な女性が目の前に現れた。大らかな性格が顔にも出ており、私と話すときは大きな口を開けて笑う姿がかわいらしい。六番隊の隊長で私の先輩にあたる人だ。
「桐敷さんも今日は一緒ね。おはよう」
「おはようございます」
結子も静かに頭を下げた。私の尊敬する先輩なので、無理に食って掛かってはいけないのを理解している。
「謹慎明けです。前回も皆様にご迷惑をかけたので」
「ははは、桐敷は本当に理名ちゃんが好きだなあ」
「無論でございます。何か問題でも・・・」
「やめなさい。だから連れてきたくなかったのですが」
無表情な結子を睨んだ。町村さんは笑顔を崩さない。
「いいのよ。桐敷さんの性格は嫌いではありません。男社会の面倒な組織なのだから、この位跳ね返っている方がいいこともあるわよ。むしろ、あなたは気を遣い過ぎよ。もっと気軽に話してくれていいのに」
「ありがとうございます。では、後程よろしくお願い致します」
準備もあるため、立ち話はその辺りにしてトイレに向かった。会議は長いので、支度を済ませておく必要がある。特に今日は荒れる。
溜息を吐いた。よりにもよって、結子の謹慎明けがこの日になるとは。
謹慎理由は別の隊の副長と喧嘩になった際に、抜刀をしようとしたことによる反乱罪。かなり重い処分が来てもおかしくなかったが、寸前で私が止めたため未遂で終わったことと、始末書を隊長文面で起こしたので私の顔に免じて謹慎のみで済んだ。おかげで、しばらくは減給の羽目にあった。
支度が終わると、道場へ向かう。目の前で、結子に向き直った。
「刀を渡しなさい」
「なんででしょうか」
「謹慎明けとはいえ、前回の件があります。会議中は私が預かります」
じっと私を見つめたが、納得していない表情で刀を渡した。頷くと、道場の扉を開く。
既にいくらかの地区の隊は来ている。全員の顔が、後ろの人間を見てこわばる。
「以前はご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした。本日から復帰致しますが、私が責任を持って管理致しますので、何卒よろしくお願い申し上げます」
大きく腰を折って頭を下げた。結子も黙ったまま、頭を下げた。返事はない。予想通りなので、気にせずに入った。
中間管理職は損だよね。自分のミスではなくとも、自分の隊の不祥事で頭を下げる。当たり前の話でも、腑に落ちないものだ。
十二番隊の場所に二人で座ると、横の隊長が話しかけてきた。
「今日は大丈夫なのか」
「わかりません。狂犬は手に負えませんので」
それだけ返すと、目を閉じた。始まるまではあまり会話をしたくなかった。イライラしている感情を落ち着けるように大きく息を吸い込んだ。




