十一
怪我をした村からは車で一時間ほどかかる大きな病院で、結子は手当を受けていた。幸い後遺症は残ることなく、傷口が塞がればすぐに退院できるという話だった。
着替えは女性の隊士が運んでくれたとの話なので、お見舞いのお菓子だけを持って結子の病室に向かった。彼女の性格を考えて、個室を用意した。
「入るわよ」
ノックをして病室に入った。落ち着いているとは思わなかったが、結子はベッドの上に正座をして瞑想をしていた。私が入ったのに気が付くと目を開いた。
「遅いです。待ちくたびれました」
「一日で討伐成功したのだから、少しは褒めてもいいのよ」
目の前に置かれた椅子に腰かけた。重い筋肉痛のような痛みを患っているので、立っているのもつらかった。
「私にとっては、隊長と会えない一日は孤独で辛い一日でしかございません」
「わかった。すまなかった。これ、お見舞いに買ってきたよ」
わざとらしく溜息を吐いて見せた。こういった面倒なところは相変わらずだ。
「草餅ですか。ちょうど食べたかったところです」
やっと表情が緩くなった。時を経て、このわがままな性格は更に悪化している気がする。出会ったばかりの彼女は素直でいい子だったのに。
言動に似合わず、丁寧に包み紙を開いて草餅に目を輝かせた。
「そういえば、討伐は既に終わったのですか」
「ええ、見込みを付けたあたりに巣があって。何人かの女性は助けられました。ただ、治療が必要な状態だけど」
助けられたのは四人。身元不明の遺体も少なくとも三人は見つかっている。四人のうち二人は妊娠の兆候があり、病院で検査を受けている。残りの二人も衰弱しているので、しばらくは入院して、今後詳細を聞き取るとの話だ。自害の可能性もあるので、隊士が二十四時間交代制で見張っている。
「そうですか」
小さくつぶやいた。心に深い傷を負ってしまった人間がいる限り、単純に喜ぶことはできない。嫌な空気になったので、彼女のベッドの前の椅子に腰を下ろした。
「結子、私ももらっていい」
「もちろんです」
私は一つ草餅をもらうと、口に入れた。朝から食事の暇がなかったので空腹ではあった。この草餅は道場近くにあるお店のもので、今日朝一に持っていくためにわざわざ隊士にお使いを頼んでいた。
「美味しいです」
話を変えたので、改めて結子の表情が戻る。一歩間違っていれば、私達だって救助された女性達と同じ運命になっていた可能性は充分にある。それをお互い口にするわけにはいかない。
「これ返すよ」
懐から小刀を差し出した。
「少しはお役に立ちましたか」
「少しどころか、窮地を救ってくれました」
彼女は首を傾げた。この話もまた、今は彼女にすべきではない。いや、彼女はこのまま知らないままの方がよい。
「いいの。道中の話はいずれお話します。まずはしっかり怪我を直しなさい。私は報告があるから、もう行くわね」
「そんなあ。もう少しゆっくりしていってください」
甘えた声を出した。
「普段からそういう態度をするなら考えますけど」
彼女は黙った。どうせ、退院をすればまたいつも通りに戻るのだろう。
「そういえば、風呂場で話したことの続きだけど・・・」
「長くなります。それこそ、退院したあたりでお話しましょう」
遮るように彼女は答えた。真顔で押し切られたので、私もそこから追及する気が起きなかった。
「わかった。早く話ができるといいわね。とにかく、今は療養しなさい」
「隊長」
「どうしたの」
「頑張ってください。あの、もう少しご一緒させてあげてください」
そう言って、返したばかりの小刀を差し出した。私の表情で、この後のことを察したようだ。しばらく考えてから、私は小刀を受け取り、懐に収めた。
「ありがとう。心配しないで。また一緒に草餅を食べましょう」
彼女の頭を軽く撫でて、病室を後にした。本当は話したいことで一杯だった。しかし、時間はない。
自らの部隊の隊士に車を出してもらっていたので、駐車場に足を運んだ。車の前で、隊士二人が話をしていた。
「お待たせしました」
二人の背筋が伸びる。そこまで緊張を与えている自覚はない。結子のお見舞いと聞いて、誰も一緒に病室へは来なかった。
「遠いところまでありがとう。このまま第四部隊の詰所まで向かっていいですか」
「もちろんです」
前に二人が乗り、私は後ろ。当然と言えば当然だが、この偉い人の扱いには慣れないものだ。その辺も上に立つ資格がない気がする。
「疲れたら教えてください。私も運転位はできますので」
得意ではないが、運転は教わっている。
「いえ、そんな、こちらの仕事ですので」
焦ってしまわれると、話しにくくなる。話はそこまでにして、寝たふりをすることにした。無論、意識は残したままだ。この後を考えると眠っておきたい気はするのだが、部下の前で呑気な寝顔を見せるのは間違っている気がする。
一時間をかけて、詰所の付近に到着した。車がそこまで普及していない時期のため、駐車場は少ない。若干の距離がある付近で停車してもらい、そこから歩いて向かった。
古びた門の前に、柴田隊長が立っている。ずっと待っていたようだ。
「おはようございます。遅くなり、申し訳ございません」
「午前中と聞いていましたので、謝らないでください」
お互いに緊張が走る。ただ報奨金を受け取る程度なら、こんな空気にはならない。化け物以上に面倒な話をしなければならない。
詰所の奥にある、小さな部屋に通された。応接室のようで、大きなテーブルを挟んで腰を下ろした。柴田隊長と一緒に、若い男性の隊士が入ってきた。お盆にはお茶が乗っている。
「そんな、お気を遣わないでください」
「昨日討伐を終えたばかりにも関わらず、遠方にお越しいただきありがとうございます。どうぞ、お飲みください」
「ありがとうございます」
お礼はしたが、手を付けない。怪訝そうな表情の部下を無視した。
「こちらが、特別報奨金の書類です。田野隊長は書き慣れているでしょう」
冗談交じりに柴田隊長が笑顔を作る。
「いえ、慣れないものです。私のような人間が頂けるなんて、おこがましいものですよ」
自嘲気味に目を背ける。意味が分かるわけがない。影武者が代わりに討伐したなんて、誰が信じるものか。
「田野さんは変わっていますね。それだけの能力があれば、もっと尊大になっても文句は言われないものですが」
「ありがとうございます。私は人一倍怖がりです。今はこうやってうまくいっているかもしれませんが、やっていることはお互いの命の取り合い。いつか足をすくわれるかもしれないと思うと、自惚れていられません」
自分語りが恥ずかしくなり、署名の筆を走らせた。いつも通りの作業だが、緊張が抜けない。本来ならば、目の前のお茶に手を付けたいほど口の中は乾いている。
「田野さんは魅力的ですね。私とは大違いだ」
想定外の発言に目を向ける。表情は変わっていない。
「そんな、それより・・・」
署名を掻き終えると、身体を起こした。お互いに社交辞令を続けているわけにもいかない。ピンと糸が張るような緊張感。お互いわかっている中で手札を切る。
「昨日はせっかくご案内を頂いた部下の方に対して、失礼しました」
「いいえ、こちらこそ失礼をしました」
目を合わせたまま、無機質な会話をした。感情が一切ない謝罪を重ねる。これだけでは、柴田隊長がどこまで把握しているのかはわからない。
「本人達からお話を聞きましたか」
若い隊士の警戒心が強くなっている。殺気に近い感情が私に向かっているのを感じる。まさか、私をここで襲うなんてことはないだろう。ちらりと視線を向ける。眉毛が吊り上がっている。
「大方は聞いています。怪我が治れば、詳しく聞いていこうと思います」
「そうですか。私からは彼らの処遇に口を出すつもりはございません。処罰の有無を含めて、すべてを柴田隊長の判断に委ねます」
若い隊士と柴田隊長は驚いたように目を合わせた。もっと大事にすると予想していたようだ。確かに、大事な任務に当たっている最中の不祥事。もっと怒りを露わにしてもおかしくない。
「いいのですか」
「ええ。私は被害など受けておりません。ただ、二つお聞きしてもよろしいでしょうか」
私の言葉で、もう一度緊張が走る。私は出来る限りの笑顔を作った。
「お二人とも男性なだけに、あの二人がこうやって隊士を襲っているのは存じてなかったのでしょうか。それとも、知っていてあえて私にあてたのでしょうか」
しばらくの静寂が流れる。知っているとは言えば、私に危険が及ぶ可能性が分かっている状況にもかかわらず、未報告で同行させたことになる。
「いえ・・・」
「本音で構いません。ただ、知りたいだけです。先ほども申しましたが、大事は私もごめんです」
若い隊士が柴田を見つめる。しばらく考え込んで、彼は私に恐る恐る目を向けた。
「申し訳ない。噂段階ではあったが、そのような話は受けていた。しかし、加害者、被害者共に口を閉ざしており、事実確認が出来ずにいた」
ハッとしたように、急いで立ち上がった。頭を大きく下げた。
「すまなかった。田野隊長なら、あいつらに対応できると思っていた」
「頭を上げてください」
自然と怒りはない。確かに、あの二人は弱かった。もし危険な目にあっていたのであれば、私は隊長として実力がなかったことを証明するだけだ。
「そのうえで、第四部隊所属の町村雪乃を我が隊で預かることはできませんか」
二つ目の話。事実が明らかになった今、この話を拒否するなんてできないはずだ。
「彼女をご存じですか」
「はい、昨日お話をしました。内容はお話いたしません。今までの話から、お察しください」
若い隊士は絶句している。どこまで調査したのかはわからないが、ここまでは知らなかったのだろう。
「そんなことにまでなっていたとは。大変申し訳ない。彼女の意向を確認して、手配をしましょう」
「ありがとうございます」
私は立ち上がった。ここまで聞けば、もう話すことはない。
「最後に、わがままを聞いてもらえますか」
若い隊士に向かって話を切り出した。驚いたように、彼は頷いた。
「特別報奨金の受領書をこの近くの宿に持って行ってくれませんか。今回の襲撃で、風呂場が壊れてしまいました。このお金で修繕をしてもらいたくて」
私が行けば、絶対に断るに違いない。時間もないので彼に託すことにした。
「それにしては多くないですか」
「余れば、他の修繕に使うなりしてくだされば満足です。そうだ。落ち着いたら、桐敷と一緒に暖かい風呂と夕食を頂くとお伝えください。それで結構でございます」
あれば困らないが、そこまで金には困っていない。不安な私の心を温めてくれたお礼をしたかった。
「本当にこれでいいのか」
「考えていることは、柴田隊長と同じでございます。ただ、隊を預かる身として、隊には隊の事情があるのもわきまえております」
湯呑を掴むと、そのまま目の前で飲み干した。
「先ほども申しましたが、私は臆病者です。だからこそ、柴田隊長を信じる事しかできません。では、失礼いたします」
二人が立ち上がり頭を下げているのを見ないで、部屋を後にした。茶はぬるくなっていたが、おいしかった。喉が潤って、若干気持ちが晴れた気がする。
私は弱い。
気持ちはずっしりと落ち込んでいる。私が強ければ、もっと意思が強ければこんな悪事を許すなんてしないのに。
物語の主人公のように悪事を許すことなく生きられるのであれば、私は自身を誇りに思うのだろう。しかし、私にはできなかった。隊の事情を盾に、何も追及しないまま出てきてしまった。若手の優秀な隊長なんて言われても、巨大な組織の中では牙すら見せずに穏便にしようとしている。
つまり、私も柴田隊長と同じ穴の狢ということだ。被害にあった隊士をすべて救えず、結局は一人の隊士を引き取るという曖昧な対応で気持ちごと収めてしまおうとしているのだ。
情けないものね。
停車している車に戻った。
「遅くなりました」
「お勤めご苦労様です」
「特別報奨金は、今回別の件で使ってしまいました。しかし、遠征手当等は別にいただけますので、みんなに何かごちそうをしますね」
「そんな、隊長の成果ではないですか」
私は後部の扉を開けて、車に体を収めた。
「いいのです。みんなで集まる日に、料理を囲んでお話をしたいのです」
前方の二人は顔を見合わせた。
「こう見えても、私はこの部隊の隊長です。みんなのことを大切な仲間だと思っています。だから、たまにはゆっくりとお話をしましょう」
後ろを向いても仕方ない。私には私に出来ることをする他ないのだ。
「隊長」
恐る恐る助手席にいる隊士が問いかける。少しは心温まったのかな。笑顔で答えた。
「どうしたの」
「お酒でも出されたのですか」
「失礼ね。正常ですよ」
「申し訳ございません」
「もういいです。少し休みますね」
想定外の回答をもらったので、話をやめて目を閉じた。
まあよい。そのうち感じてもらえばいい。
車に揺られながら考える。なぜ私はこの世界に意識を転送されたのか。頭もよくない。野心があったわけでもない。なんなら、この世界を模したゲームをやっていたわけでもない。し
もし何か意味があるのであれば、やることは同じ。目の前の世界で真剣に生きていくしかないのだろう。
わかれば知りたい。ただし、そこまで探求しない。あの頃の私は二回目の人生も、私はその気持ちで生きていこうと思っていた。




