ヒール!
そして有本は——
まぁまぁ、普通だった。
中村との告白劇は、誰にも話していない。
隠しているわけでも、秘密にしている意識もない。
ただ、わざわざ話す理由がなかった。
元々、恋バナが特別好きというわけでもない。
誰かが楽しそうに話していれば、聞く。
流れで相槌も打つし、笑いもする。
でも、自分から中心に入っていくほどの熱量は、最初から持っていなかった。
もちろん、恋愛が嫌いというわけでもない。
ただ——
なんて言えばいいのか、わからない。
好き、と言い切るには少し足りなくて。
何も感じていない、と言うには、確かに温度がある。
その曖昧さを、
誰かに説明する言葉を、有本は持っていなかった。
だから、恋愛物のマンガも、あまり読まない。
嫌いじゃない。
でも、参考にしようとも思っていない。
「恋の教科書」なんて力説している子もいる。
ああいうのを信じられるのは、ある意味すごいと思う。
——それはそれで、否定しない。
実際、それで上手くいったなら、
「良かったじゃん」と、ちゃんと祝福する。
うまくいかなかった時は、
「それは辛いね」と、普通に慰める。
有本にとって、恋は
勝ち負けでも、正解探しでもない。
うまくいく人もいれば、
そうじゃない人もいる。
それだけのことだ。
自分が、どこに立っているのかは、
まだ、はっきりしていない。
でも、それでいいと思っている。
「私は、私だから」
心の中で、そう思う。
誰かの型に当てはまらなくても。
今すぐ答えを出さなくても。
誰かを傷つけたいわけじゃないし、
自分を誤魔化したいわけでもない。
中村のことは、嫌いじゃない。
一緒にいる時間は、確かに楽しい。
——それ以上の言葉は、
今の有本には、まだ、必要なかった。
恋を急がないことも、
選択の一つだ。
ある日の夜。
有本は部屋の本棚の前で、少し首を傾げた。
「あのマンガ……どこにあったっけ」
確か、前に誰かから勧められて、
そのまま読まずに戻したやつ。
「……あ、これか」
引き抜いて、ぱらりと開く。
「ふーん……こういう感じね」
数ページ進めて、眉がわずかに動く。
「……って、え?」
次のページ。
次のコマ。
「恋愛って……剣で決着つけるものなの?」
思わず声が出た。
想い。
すれ違い。
葛藤。
からの——
「……決闘?」
いや、でも。
「……かっこいいんだよね」
構図がいい。
セリフが強い。
感情が、剣に全部乗っている。
「これ、絶対あのゲームの影響受けてるでしょ」
思い当たるタイトルが、頭に浮かぶ。
「……でも、面白いなぁ」
ページをめくる手が止まらない。
「他、なんだっけ」
次に取ったのは、もっと王道の一冊。
「……あー、出た」
魔物に襲われる。
間一髪。
回復魔法。
「ヒールするのが、恋の始まり……ね」
ありがちだけど、
それが嫌じゃないのが、少し悔しい。
「……ケモ耳、可愛すぎない?」
反則級のデザイン。
無条件で庇いたくなるやつ。
「こんなの……誰だって好きになるよ」
自分で言って、少し笑う。
マンガを閉じて、ふと思う。
「……優しい人はさ」
声に出さず、心の中で続ける。
「誰からも好かれるんだろうなぁ」
特別なことをしていなくても。
誰かを選ばなくても。
有本は、マンガを棚に戻した。
恋愛マンガは、
やっぱり教科書じゃない。
剣で解決もしないし、
魔法も、ケモ耳も、
現実には出てこない。
でも。
「……物語としては、好きかも」
そう思えたのは、
自分の中に、少しだけ余裕がある証拠だった。
恋をどうするかは、まだ決めていない。
決めなくてもいいと思っている。
でも、
誰かが誰かを好きになる話を、
ちゃんと「面白い」と思えるくらいには。
私もヒール覚えるか。
ぬいぐるみに向かって唱えてみる。
「ヒール!」
有本は、今日もまぁまぁ普通で、
少しだけ、
世界に優しかった。




