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キュンマグ!  作者: てきてき@tekiteki


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19/26

俯瞰で見る?

 朝の教室は、静かにざわついていた。


 男が多いからか、机を引く音が大きい。

 椅子の脚が床を擦る音も。

 そして誰かの笑い声も。


 そう、いつも通りの、二学期の朝。


「おはよー、中村。千代ちゃん」


 有本の声が、教室の空気を切る。


 少し高い。

 ほんの少しだけ、作っている明るさ。


 鞄を机に置く音が、いつもより強い。


「……おはよ」


 千代田は顔を上げずに返す。

 シャーペンを指で回す。

 一度だけノックし、カチ、と鳴る。


「おはよう。有本、千代田」


 中村が言う。


 その一言で、

 ほんの一瞬だけ、空気が止まった。

 千代田のまつ毛が、わずかに揺れる。


「え、千代田?」

「千代ちゃんじゃないの?」


 有本はすぐに中村を見る。

 反応が早い。


「昨日まで普通に呼んでたじゃん」


 言いながら、机に肘をつく。


 中村は軽く笑う。


「バカ、なれなれしいだろ」


 笑っている。

 でも、語尾が少し硬い。


「えー? 今さら?」

「ほら、本人はどうなの?」


 視線が自然に千代田へ向く。


「……いいよ、別に」


 肩をすくめる。


 軽い仕草。


 でも、その前に、

 ほんの一瞬、間があった。


「え、いいの?」

「やったじゃん」


 有本は笑う。

 けれどその笑いは、すぐに薄まる。


「でもさ」


 声のトーンが半段落ちる。


「中村が“千代田”って呼ぶの、

 なんか久しぶりじゃない?」


 悪意はない。

 ただの事実。


「……気のせいでしょ」


 答えたのは、中村ではなく千代田。


 視線はまだノートの上。


「呼び方なんて、その時の気分だし」


 一瞬の静寂。


 教室の後ろで笑い声が上がる。

 遠い。


「……それとも、何か都合でも悪い?」


 そこで初めて、中村を見る。


 静かな目。


 責めていない。

 でも逸らさせない。


「いやー都合とかじゃないよ」


 中村は少し早口になる。


「そうだ、有本、あのマンガ読んでたよな?

 榊とか天聖院とかのやつ。全部読んだんだろ?」


 話題転換。


 少し急。


「あー、あれね」


 有本はすぐに乗る。


「読んだ読んだ。最新巻まで一気に。

 榊は相変わらず自由人でさ、

 天聖院はもう“そう来るよね”って感じ」


 肩をすくめる。


「中村、珍しくちゃんと覚えてるじゃん。

 どうしたの、急に?」


 中村は一瞬言葉に詰まる。


「……読んだんだ」


 千代田が小さく言う。


「どこが一番、印象に残った?」


 有本は少し考える。


「私はやっぱ天聖院かな。

 決める時は決めるし、

 迷ってる時間を引きずらないの、気持ちよくない?」


 悪気ゼロの声。


「……そっか」


 千代田は机の木目を見る。


「私は、新田のとこ」


 有本がすぐ反応する。


「あー、はいはい。

 お子様セットの回でしょ?

 正直あれ、ちょっと地味じゃない?」


「地味だけど……」


 シャーペンを止める。


「残るんだよね」


 一拍。


「選ばれなかった側の話って、

 後からじわっと来る」


 その言葉だけ、少し重い。


 中村は無意識に姿勢を直す。


「へぇ」


 有本は首をかしげる。


「中村は? どこ派?」


 自然に話題を振る。


「……中村は、どのキャラ見てた?」


 千代田も聞く。


 逃げ道を用意しない目。


 中村は軽く笑う。


「僕は俯瞰で全部を見てるよ。

 強いて言えば、天聖院って僕でしょう」


 一瞬。


 空気が止まる。


「え、その目……本気にした?

 冗談だよ」


「……あはは」


 有本は力無く笑うが、首を少し傾ける。


「冗談なのは分かるけどさ」


「“自分が天聖院”って発想が出てくる時点で、

 中村って案外、俯瞰できてないよね」


 そして机の上の消しゴムを指で軽く弾く。


「……うん」


 千代田は否定しない。

 目も逸らさない。


「俯瞰してる人って、

 自分を物語の中に置かないと思う」


 正論。


「しかも天聖院って、選ぶ側でしょ」


「そうそう」


 有本が頷く。


「悩んでる風に見えて、

 最終的にはちゃんと“選ぶ人”」


 悪気なく、事実。


「中村がそれ言うの、ちょっとズルい」


「え、ズルい? 冗談なんでしょ?」


「冗談にしては、位置が正確すぎるから」


 視線を外す。


「……俯瞰って言葉、便利だよね」


「なにそれ、急に哲学?」


「当事者にならなくていい場所を、

 それっぽく正当化できるから」


 そこで初めて、千代田が軽く笑う。

 でも目は、冷静。


「で、中村」


 名前を呼ぶ。

 教室のざわめきが遠のく。


「“冗談”って言ったけどさ」


 ゴクリ。


「もし冗談じゃなかったら、

 天聖院の次の一手って、何すると思う?」


 有本が楽しそうに笑う。


「お、面白い質問」

「中村、答えてみなよ」


 中村の指が机を軽く叩く。

 トントン、と二回。

 無意識。


 窓から入る光が、三人の机を均等に照らしている。


 でも。

 距離は、均等じゃない。


 中村は、ほんの一瞬だけ考える。


 冗談で逃げるか。

 軽く返すか。


 それとも。


 視線が二つ、重なる。

 逃げ場はない。


 教室は、いつも通り騒がしい。


 でもこの三人の間だけ、

 時間が少しだけ、ゆっくり流れていた。


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