表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キュンマグ!  作者: てきてき@tekiteki


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/26

ー効率ー

 「千代田、ちょっといい?」


 その声に、周囲がわずかにざわめいた。

 HRが終わったあとの教室。

 もう帰っていい時間だという解放感と、まだ誰かが残っている中途半端さが混じっている。


 有本が、すぐに反応する。


「なになに?

 すっかり仲良くなっちゃって」


 からかうような声音。

 悪意はない。

 むしろ、いつも通りだ。


「マンガの話をしたいだけだよ」


 中村は慌てて補足する。


「昼休みに借りたやつ?

 あれ、もう読んだの?」


 有本はあっけらかんと言い放つ。


「あー、陰でこそこそしてたもんね」


 図星だった。

 中村は苦笑いを浮かべる。


「まあまあ。

 僕もマンガ好きの一読者としてさ、

 みんなの感想を聞かせてもらいたいってだけで」


「あたしはねー」


 有本が口を開きかける。


「おいおい、まず、持ち主の千代田に聞きたいんだって」


「えー」


 有本は肩をすくめて、すぐに矛先を変えた。


「千代ちゃーん」


 あっさりした呼び方だった。

 距離感が近い。

 無邪気で、気負いがない。


 ——有本は、簡単に呼んでくれるもんだな。

 この、無害感はどこから来るんだ?


 思いがけないところで名前を呼ばれ、

 千代田は一瞬、びくっと肩をすくめた。


「びっくりした……。

 もう、大声で呼ばないでよ。なに?」


 少しだけ、棘のある返し。


 ——千代田、ちょっと不機嫌か?


 というか。

 平和に、この時間が終わりますように。


 中村は、内心でそう祈った。


「ちょっと中村がさ、

 このマンガの感想戦したいんだって」


 有本は簡単に言ってくれる。


「感想戦ってほどじゃないよ。

 解釈をね」


「あー……。

 ちょっとの時間なら、いいよ」


「じゃ、こっちの席でいかがかしら?」


 有本が、わざとらしく椅子を引く。


 こうして、

 三人は自然に、同じ場所に集まってしまった。


 窓際の席で、三人は並んで座った。

 特別な約束をしたわけじゃない。

 ただ、話の流れが続いただけだ。


「でさ、この辺の展開」


 有本はマンガを指で、とん、と叩く。


「合理的じゃない?」


 言い切りだった。

 疑問というより、確認に近い。


「感情で迷ってる時間、正直もったいないし。

 結局さ、決断できる人が一番強いんだよね」


 中村は曖昧に笑って、


「まあ……物語的には、そうかも」


 と、どちらにも寄らない返しをした。


 千代田は、黙ってページを見ていた。

 さっきから、同じコマを何度も目でなぞっている。


「だってさ」


 有本は楽しそうに続ける。


「選ばれなかった側が悩んでた時間って、

 結果的に何も変えてないじゃん?

 だったら、早く切り替えた方が効率いいよ」


 ——効率。


 その言葉が、千代田の胸の奥で、小さく鳴った。


 表情が、わずかに硬くなる。

 自分でも気づかないくらいの変化だった。


「……でも」


 声は、落ち着いていた。

 怒っているわけじゃない。


「その人たちの時間は、無駄だったの?」


 一瞬、空気が止まる。


 有本はきょとんとした顔で、


「え?」


 と短く返した。


「いや、無駄っていうか……」


 少し考えてから、肩をすくめる。


「物語だからね」


 その一言は、軽かった。

 説明でも、否定でもない。

 ただの前提確認。


 ——物語。


 その言葉が、千代田の中に、まっすぐ刺さる。


 喉の奥まで、言葉がせり上がった。


 これはフィクションじゃない。

 誰かの感情は、ページをめくったら消えるものじゃない。

 “無駄だった”で片づけられる時間なんて——


 そこまで来て、止まる。


 言ったら、何かが壊れる。

 自分が、今立っている場所が露わになる。


 千代田は、静かに息を吸った。


「……そっか」


 それだけ言って、マンガを閉じる。


 ぱたん、という音が、やけに大きく聞こえた。


 有本は、深い意味を感じ取らない。


「マンガだし……」


 そう言って、また明るい調子に戻る。


 中村は、二人の間を行き来する視線の中で、

 何か言うべきだった気がしたが、

 結局、何も言えなかった。


 千代田は、静かに立ち上がる。


「先、帰るね」


 理由は言わない。

 聞かれもしない。


「うん、また明日」


 有本は手を振る。


 教室を出る瞬間、

 千代田は一度だけ、胸の奥を押さえた。


 ——物語、か。


 確かに、マンガは物語だ。

 ページを閉じれば、いったん終わる。


 でも、感情は、ページの外にも残る。


 選ばれなかった側の時間も、

 迷って、待って、飲み込んだ感情も。


 それは、

 “なかったこと”にはならない。


 廊下を歩きながら、

 千代田は、さっき飲み込んだ言葉の重さを確かめていた。


 言わなかった。

 言えなかった。


 でも、それは消えたわけじゃない。


 感情移入先のズレは、

 もう、はっきりと形を持ってしまっていた。


 ——これは、物語じゃない。


 そう思った瞬間、

 胸の奥で、何かが静かに軋んだ。


 これって、誰の物語なの……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ