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キュンマグ!  作者: てきてき@tekiteki


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11/26

感情移入先のズレ?

 あの休み時間に流れた、ほんのわずかな緊張感。

 それをはっきりと感じ取っていたのは、どうやら中村と千代田だけだったらしい。


 有本は、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴ると同時に、


「またあとでね」


 と、軽く一言だけ残して、自分の席に戻っていった。


 それから先、教室の空気は何事もなかったように流れていく。

 誰かが特別に気まずくなることもなく、

 誰かが何かを問い詰めることもない。


 ——日常は、そう簡単には止まらない。


 昼休みも中盤に差しかかった頃。


 有本は、音ゲーのコンプリート画面を誇らしげに掲げながら、

 いかにこの一曲が難しかったか、

 どこでミスりやすいかを身振り手振りで語っていた。


「いや、それフルコンは普通にすごいから」

「指どうなってんだよ」


 中村を含めた数人が、笑いながら相槌を打つ。

 場は、いつも通り盛り上がっている。


 一方、教室の反対側。

 千代田は別の女子たちと、マンガの話をしていた。


 構図の取り方。

 線の強弱。

 キャラクターの骨格の正確さ。

 話の組み立て方の巧さ。


「このページさ、デッサン崩れてないのに動きあるのがすごくない?」

「わかる。ここ、背景ほぼ描いてないのに目が流れるんだよね」


 落ち着いた会話。

 楽しそうではあるけれど、

 有本の輪とは少しだけ温度が違う。


 にぎやかな教室の窓側で、有本がふと思い出したように声を上げた。


「あのマンガ読んでない人、人生ちょっと損してると思うんだけど」


 冗談めかした口調に、中村がすぐ乗っかる。


「どのマンガだよ。

 そんな言うなら、今ここで見せてみろよ」


 有本は笑いながら肩をすくめた。


「千代ちゃんが持ってるから、借りてきなよ」


「……え?」


 中村は一瞬、言葉に詰まる。


「千代ちゃんって……千代田のこと?」


 自分でも分かるくらい、顔に出てしまった。


「ん?どうしたの?」


 有本は気にも留めず、教室の隅を指さす。


「いるじゃん。ほら、あそこ」


「あ、ああ……千代ちゃん、ね」


「へぇ。千代ちゃんって呼ぶほど仲いいんだ?」


 からかうような声に、


「お前が言ってたのが、ちょっと移っただけだよ」


 中村はそう返した。


「いいから行ってきなよ。面白いんだから」


「……あとでな」


「今、今」


 軽く背中を押されて、

 これ以上拒めば空気が変わると悟った中村は、

 意を決したように立ち上がった。


 その緊張は、周囲にも伝わっていた。


「中村、どうしたんだ?」

「さぁ……何も聞いてないけど」


 顔を見合わせる友人たちの横で、

 有本は中村の後ろ姿を、どこか涼しい目で見ていた。


「千代ちゃん、後ろ、う・し・ろ!」


 千代田の女友達が、軽く肩を叩いて知らせる。


「ん?どうしたの……?」


 千代田が腰をひねって振り返る。


 少し緊張した中村の顔が目に入った瞬間、

 彼女は、思わずぷいっと正面に向き直った。


 その反応に、女友達が思わず目を丸くする。


「……え?」


「中村くん、どうしたの?」


 女友達が代わりに声をかけた。


 「あの、さ」


 その声を聞いた瞬間、

 千代田は自分の鼓動が、急に速くなるのを感じていた。


「えっと……」


 中村は、喉を鳴らす。


「千代ちゃんが、面白いマンガ持ってるって、

有本から聞いてさ……」


 言い終わる前に、

 女友達がちらりと千代田の顔をのぞき込む。


「どうする?」


 その一言が、

 千代田の耳の中で、奇妙に反響した。


 ——どうする?


 マンガを貸すか、断るか。

 本来は、それだけの意味のはずなのに。


 でも、今の千代田には、

 まったく違う問いに聞こえてしまった。


 ——どうするの?


 この距離を。

 この気持ちを。

 この立ち位置を。


 自分で、決めていいのか。

 決めてしまって、いいのか。


 胸の奥で、何かがざわりと渦を巻く。


 選ばれない側に感情移入していたはずなのに、

 いつの間にか、

 「選ばれない」と決めつけていたのは、

 自分自身だったのかもしれない。


 ——どうする?

 ——どうしたい?


 本当は、聞きたかった。

 誰かに向かって。


 中村に。

 有本に。

 それとも、自分自身に。


 でも、

 今この場で問われているのは、

 あくまで「マンガの話」で。


 その軽さが、

 逆に残酷だった。


 千代田は、何も答えられないまま、

 そのまま俯いた。


 決めない、という選択。

 逃げる、とも言い切れない中途半端な場所。


 教室のざわめきは、相変わらず続いている。

 誰も、立ち止まらない。


 ——ねえ。


 どうするのかを、

 自分で決めていいなら。


 私は、

 どこに立てばいいんだろう。


 答えの出ない問いだけを抱えたまま、

 千代田は、その場に立ち尽くしていた。


 次に動くのは、誰なのか。

 それとも——

 動かないと決めるのは、私なのか。

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