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キュンマグ!  作者: てきてき@tekiteki


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10/26

同じマンガ……違う読み方



 朝の教室は、いつも通りだった。

 机を引く音と、誰かの笑い声。

 特別なことは、何も起きていない。


「おはよー。今日、1限目から数学の小テストあるんだっけ。

 もう無理。朝から脳みそ動かないよ」


 有本は、いつも通りだった。

 声もテンションも、今までと何ひとつ変わらない。


「昨日も同じこと言ってなかった?」


 中村が苦笑いする。


「あー言った言った。でもね、今日の“無理”は昨日より深刻だから」


 明るく笑う有本に、周囲もつられて笑う。


 ——何も変わっていない。

 少なくとも、表面上は。


 千代田は、そのやり取りを少し離れた席から見ていた。

 話しかけられれば、普通に返す。

 いつもと変わらない笑顔も作れる……はずだった。


 ただ、

 視線を合わせるまでの間が、ほんの少しだけ長い。

 言葉を返す前に、一拍、余計に呼吸を挟んでいる。


 理由は、わかっている。

 けれど、説明できるほど気持ちは整理できていなかった。


 一限目は数学で、小テストがあった。

 有本は途中で頭を抱え、

 中村は黙って解き続けている。


 千代田は、ペンが止まっていた。


 斜め前に見える、中村の真剣な横顔。

 あの夜、気持ちをぶつけてしまった相手。

 意識しない方が無理だった。


 結局、解答欄はすべて埋めた。

 けれど、今までほどの自信は持てなかった。


 休み時間。

 千代田は、机の上にマンガを置いたまま、鞄の奥に落ちたシャープペンシルを探していた。


「……あ、あった」


 顔を上げた、その瞬間。


「あ、そのマンガ、ちょっと見せて!」


 ページをめくる音が、やけに大きく聞こえた。


 有本が、机に身を乗り出してくる。


「やっぱり! 私も読んでるやつじゃん。千代ちゃん、今どこ読み?」


「あ、えっと……このへん」


 千代田は、指でページの端を押さえた。


「あー、そこね」


 有本は、何気ない調子で言った。


「このキャラさ、潔くて好きなんだよね」


 その一言で、千代田の指が止まる。


 ——潔い。


 迷って、選んで、それでも前に進む。

 ポジティブで、決断できる人。

 物語の中では、“選ぶ側”のキャラクター。


「……そう、なんだ」


 短く返す。


「だってさ、ちゃんと決めるじゃん。

 ズルズルしないし、気持ちいいよね」


 悪気のない、まっすぐな笑顔。


「かっこいいよね。そう思わない?」


 千代田は、視線を落とした。

 同じコマを見る。


 そこに描かれていたのは、

 選ばれなかったキャラの横顔だった。


 引っ込み思案で、少しだけ憂いを含んだ笑み。

 言葉を飲み込んで、無理に笑って、一歩引く人。


 ——私は、こっちを見ていた。


 同じページ。

 同じコマ。


 でも、拾っている感情は、まるで違う。


「……私はさ」


 言いかけて、やめた。

 何を言えばいいのか、わからなかった。


 有本は、気づかない。

 気づく理由も、ない。


「まあ、でもマンガだしね。

 こんな人、現実にはいないよ」


 大きく手を振って、軽く肩をすくめる。


 その“マンガだし”と言える距離感が、

 千代田には、ひどく遠く感じた。


 同じ作品を読んでいる。

 同じ話を知っている。


 それなのに——。


 立っている場所が、

 いつの間にか、違ってしまっている。


 千代田は、ぱたんとマンガを閉じた。


「あ、そこいいところ……」


 有本が、少しだけ残念そうに言う。


 ——同じ物語でも、

 置かれている立場が変わると、

 こんなにも見え方が変わるんだ。


 教室のざわめきは、変わらず続いている。

 小テストの答え合わせ、動画の話、スポーツの話。

 それぞれが、好きな話題で盛り上がっている。


 少し離れた場所から、中村は二人を見ていた。

 有本に向けられる視線。

 そして、あの言葉を放った千代田の表情。


 マンガみたいに、うまくいかないことは知っている。

 誰も間違っていない。

 誰も、悪くない。


 ただ、

 同じマンガを読んでいるはずの二人の間に、

 言葉にならない“感情の差”が、

 静かに、溝を作り始めていた。


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