新宿 ― 混沌の刃
### 新宿 ― 混沌の刃
東京は、夜になるほど本性を隠さなくなる。
新宿駅東口。
ネオン、呼び込み、笑い声。
人で溢れ返るはずの場所は――裏側では、がらんとしていた。
「ここが、奴の縄張り」
渋谷が言う。
「分かりやすいな……」
雑踏が消えた代わりに、空気が重い。
距離感が狂う。
数メートル先が、妙に遠い。
「混沌」
俺は呟いた。
「正解」
渋谷は刀を抜く。
「この場所じゃ、あいつが有利」
「じゃあ、なんで来たんだよ」
「来るから」
嫌な即答だった。
その瞬間。
「――呼んだ?」
軽い声。
ビルの影から、新宿が現れた。
「二人揃って。
デートには、最悪の場所だな」
「黙れ」
渋谷が即座に踏み込む。
刃と刃がぶつかる音が、夜に響いた。
「っ……!」
衝撃が、地面を伝わる。
俺は一歩引いた。
視界の端で、距離が歪む。
「来いよ、欠番」
新宿が笑う。
「前より、面白くなってる」
「挑発が雑すぎる」
「効いてるだろ?」
効いていた。
胸の奥が、ざわつく。
「春日!」
渋谷の声。
「近づきすぎるな!」
分かってる。
――でも。
俺は、一歩踏み出していた。
「お?」
新宿が気づく。
「学習したか?」
「少しはな」
刀を構える。
震えは、前より小さい。
「それだ」
新宿の目が、光る。
「その顔」
次の瞬間。
世界が、完全に壊れた。
距離が、意味を失う。
上下左右が入れ替わる。
「――来る!」
直感。
俺は、刀を振った。
「……っ!」
空振り。
でも。
次の瞬間、新宿の動きが一瞬だけ止まった。
「また、拒否したか」
「今度は……」
「分かってる」
新宿は笑う。
「でも、遅い」
衝撃。
肩を、斬られた。
「ぐっ……!」
血が飛ぶ。
「春日!」
渋谷が叫ぶ。
「集中して!」
分かってる。
でも、怖い。
――死ぬ。
その感覚が、はっきりしすぎている。
「欠番は万能じゃない」
新宿は言う。
「拒否できるのは、一瞬。
理解する前に、殺せばいい」
「……っ!」
刃が迫る。
――否定しろ。
そう思った。
混沌じゃない。
距離が狂うのも、順序が壊れるのも。
「――違う」
刃を振る。
今度は、はっきりと。
新宿の世界が、剥がれた。
「……!」
彼の足元が、元に戻る。
距離が、正しくなる。
「やった……!」
「やったな」
新宿は、心底楽しそうだった。
「でも――」
彼が踏み込む。
「それで終わりだと思うなよ」
渋谷が割り込む。
「春日、下がれ!」
二人の刃が交錯する。
火花。
轟音。
混沌と変化が、ぶつかり合う。
「くそっ……!」
渋谷が、弾かれた。
「渋谷!」
「平気!」
平気じゃない。
息が荒い。
新宿が、俺を見る。
「決めろよ」
「……何を」
「斬るか、終わるか」
世界が、静まる。
俺は、刀を握りしめた。
――斬れば、消える。
第四章で聞いた言葉が、脳裏をよぎる。
「……斬らない」
新宿の眉が、僅かに動く。
「ほう?」
「終わらせる」
自分でも、何を言っているのか分からない。
でも。
――この戦いを、ここで続けたくない。
刀を、地面に突き立てる。
「なに――」
次の瞬間。
混沌が、霧みたいに散った。
新宿の力が、完全に断たれる。
「……っ!」
彼が、膝をつく。
「これが……欠番か」
渋谷が、息を呑む。
「春日……」
俺は、震えながら立っていた。
勝ったわけじゃない。
倒したわけでもない。
ただ。
「今日は、ここまでだ」
俺は言った。
新宿は、しばらく黙ってから笑った。
「……最高だ」
立ち上がり、後退する。
「次は、殺し合おう」
そう言って、消えた。
静寂。
東京が、元に戻る。
「……生きてる」
俺は、呟いた。
「うん」
渋谷は、苦笑する。
「でも、覚えといて」
「?」
「今のは、勝利じゃない」
分かってる。
「でも」
彼女は、俺を見る。
「欠番が、東京に通用すると証明した」
夜風が、冷たい。
俺は、肩の傷を押さえながら思った。
――もう、引き返せない。
そして。
この街は、確実に俺を中心に動き始めている。
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