渋谷の刀使いは説明しない
### 渋谷の刀使いは説明しない
「……で?」
高架下。
東京が裏返ったままの世界で、俺は聞いた。
「今の、何」
「だから言ったでしょ。刀使い」
「それは聞いた。でも意味が分からない」
目の前では、さっきの男が距離を取ってこちらを観察している。
斬りかかってこないのが、逆に怖い。
渋谷は俺の前に立ったまま、視線を外さずに答えた。
「意味が分からないのは普通。
というか、分からないまま死ぬ人の方が多いし」
「さらっと怖いこと言うな!」
「事実だから」
淡々としている。
本当に、慣れている口ぶりだった。
「簡単に言うとね。
東京には十二振りの刀がある」
「さっきも言ってたな」
「それぞれが、この街の“概念”を宿してる。
地区とか、役割とか、そういうの」
「……もっと簡単に」
渋谷は少し考えてから言った。
「街が生きてるって考えて。
で、刀はその臓器」
「急にファンタジー来たな……」
「現実逃避しても状況は変わらない」
ぐうの音も出ない。
「刀に選ばれた人間は、刀使いになる。
で――」
彼女は、さっきの男を一瞥した。
「刀使い同士は、殺し合う」
「理由は?」
「ない」
即答だった。
「正確には、誰も知らない。
ただ、戦いは避けられない」
「避けたら?」
「――引き寄せられる」
渋谷は足元を軽く踏み鳴らす。
「こうして、ね」
ぞくりとした。
「じゃあ、さっきのあいつは?」
「新宿。
混沌の刀使い」
「名前じゃなくて?」
「名前はあるだろうけど、今はそれで十分」
彼女にとって、それ以上の情報はいらないらしい。
「で、俺は?」
「新入り」
「雑すぎない?」
「雑でいい。
覚える前に死ぬ可能性も高いし」
そのとき。
「……おいおい」
男――新宿が、笑いながら声を上げた。
「無視するなよ。
せっかく“欠番”が出てきたってのに」
欠番。
その言葉に、渋谷の肩がわずかに揺れた。
「……まだ決まったわけじゃない」
「でも、斬れなかった」
新宿は楽しそうに言う。
「俺の混沌を、拒否した。
そんな刀、今まで見たことがない」
「それが欠番?」
俺が聞くと、渋谷は一瞬だけ黙った。
「……十二振りは、記録が残ってる」
「記録?」
「能力、使い手、過去の戦い。
全部」
「全部、ね」
嫌な予感がする。
「でも、あんたの刀は違う。
どれにも当てはまらない」
「つまり?」
「例外」
渋谷は、はっきり言った。
「本来、この戦いに存在しないはずの刀」
「バグじゃん」
「そう。
だから、厄介」
新宿が吹き出した。
「最高だろ?
東京が予定調和をやめたんだぜ」
「喜ぶな」
渋谷が睨む。
「欠番が出たら、全員が本気になる」
「だろうな」
新宿は肩をすくめた。
「だからさ」
彼は、刀を構える。
「ここで死んでもらう」
「ちょっと待て!」
俺は叫んだ。
「説明終わってない!」
「十分だろ」
新宿の気配が変わる。
「刀は武器。
刀使いは獲物。
それだけ覚えとけ」
「……春日」
渋谷が、小さく言った。
「逃げるよ」
「え?」
「勝てない。
今のあんたじゃ」
「はっきり言うな!」
「でも、生きる」
彼女は俺の手首を掴んだ。
「走って。
考えるのは後」
「新宿が来る!」
「来させない」
渋谷は一歩前に出る。
「私が、時間を稼ぐ」
「無理だろ!」
「それでも」
彼女は振り返らなかった。
「説明は嫌いだけどね」
刀を抜く。
「新入りを見捨てる趣味もない」
新宿が、にやりと笑った。
「いいね。
渋谷、そういうとこ好きだぜ」
「黙れ」
次の瞬間。
二人の刀がぶつかり合った。
轟音。
火花。
空間が、また歪む。
「今だ!」
渋谷の声。
俺は、走った。
背後で、東京が壊れる音がする。
逃げながら、俺は思った。
――説明はされてない。
――でも、分かったことは一つ。
この街は、もう安全じゃない。
そして。
俺はもう、普通の高校生じゃない。
---




