2期### 第1話:境界の消失、あるいは国道16号線の静寂
### 第1話:境界の消失、あるいは国道16号線の静寂
東京は、終わらない。
かつて新宿の空を焼き、千代田の地を震わせた「都刀」の争奪戦は、ある一人の適格者の消失をもって幕を閉じたはずだった。
だが、それは単なる幕間に過ぎなかったのだ。
午前二時、国道16号線。
東京を円環状に囲い、神奈川、町田、埼玉、千葉を繋ぐその巨大な動脈は、今や「都市の防壁」としての意味を失いつつあった。
「……空気が、変わったな」
ガードレールに腰をかけ、漆黒の夜の先を見つめる男がいた。
使い古されたライダースジャケットに、乱雑に伸ばした前髪。その手には、およそ現代の風景には似つかわしくない、布に巻かれた長尺の「棒」が握られている。
彼の視線の先――町田市と相模原市の境界を分かつ境川。
そこには、目に見える変化は何一つない。深夜の物流を担うトラックが時折走り抜け、ナトリウムランプの街灯がアスファルトをオレンジ色に染めているだけだ。
しかし、彼のような「適格者」の目には、全く別の景色が見えていた。
川を境に、東京側の空気が凝固している。
まるで巨大な氷の壁が、都市を丸ごと閉じ込めているかのような霊的障壁。それが今、内側からの圧力に耐えかねたかのように、音もなく剥落し始めていた。
「東京を封じていた『十二都の結界』が緩んでいる。……連中、我慢が効かなくなったらしい」
男が呟くと同時に、背後の闇が揺れた。
ガサリ、と植え込みが鳴る。それは小動物のそれではなく、金属が擦れる嫌な音を伴っていた。
「見つけたぞ。東京からの『逃亡者』か。それとも、中へ入ろうとする『野良』か」
闇の中から現れたのは、奇妙な二人組だった。
一人は、作業服を乱暴に着崩した巨漢。もう一人は、スマートなスーツに身を包んでいるが、その瞳にはどす黒い悦楽が宿っている。
二人とも、その手には「都刀」に連なる異形の武装――『準都刀』が握られていた。
「質問には答えなくていい。……お前が持っているその『刀』、こっちの陣営で有効活用させてもらう」
巨漢が地を蹴った。
アスファルトが爆ぜ、2メートル近い身体が弾丸となって男に肉薄する。振り下ろされたのは、分厚い鉄板を無理やり削り出したかのような大鉈。
――ガギィィィィン!!
深夜の国道に、鼓膜を劈く金属音が響き渡る。
男は腰掛けた姿勢のまま、布に巻かれたままの「棒」でその一撃を受け止めていた。
「『準』とはいえ、都刀の末端か。……北関東の『守護職』を自称する連中が、もうここまで降りてきてるとはな」
男が布を払い除ける。
現れたのは、鈍色に光る無銘の打刀。
しかし、その刃が空気に触れた瞬間、周囲の温度が劇的に低下した。16号線のガードレールが、一瞬にして真っ白な霜に覆われる。
「お前ら、勘違いしてるみたいだが。俺は逃げてるわけじゃない」
男は立ち上がり、刀を低く構えた。
その瞳には、東京の夜景とは異なる、極北の荒野のような冷徹な光が宿っている。
「東京が狭くなったから、外に広げに来ただけだ。……まずは、この16号線から北、全部を更地にする」
男の足元から、青白い凍気が円状に広がっていく。
それは、これから始まる「東日本騒乱」の、ほんの序章に過ぎなかった。
十二の都刀を巡る戦いは、もはや一都市の問題ではない。
関東、日本、そして世界。
その全てを呑み込む龍脈の争奪戦が、今、この名もなき境界線から動き出した。
「一話。……まずは露払いだ」
加速する男の影が、巨漢の首元へと吸い込まれていった。
(続く)
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