1-1欠番の刀ーその刀は、拾ってはいけなかった
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### その刀は、拾ってはいけなかった
東京は、何かが壊れる瞬間ですら、やけに平然としている。
夕方六時。
総武線の高架下、いつもの帰り道。コンビニの前で騒ぐ学生、信号待ちのサラリーマン、排気ガスと油の混じった匂い。
俺にとっては、全部が「日常」だった。
――少なくとも、その時までは。
「……ん?」
足元に、黒い影が落ちている。
最初は、誰かの忘れ物だと思った。
細長い、黒い鞘。やけに存在感があるのに、なぜか今まで気づかなかったみたいな違和感。
刀、だった。
いや、正確には刀の“形をした何か”だ。
時代劇で見るような派手さはない。装飾もない。ただ、異様なほど古くて、異様なほど綺麗だった。
「落とし物……だよな?」
思わず周囲を見回す。
でも誰も気に留めていない。誰一人、これを見ていないみたいだった。
嫌な予感がした。
こういうのに関わると、ろくなことがない。漫画やラノベで何度も読んだ。
――でも。
俺は、その鞘に手を伸ばしていた。
「触るな」
低い声。
背後からだった。
「……え?」
振り向くと、制服姿の少女が立っていた。
明るい色に染めた髪。渋谷あたりを歩いていそうな見た目。
なのに、目だけが妙に冷たい。
「それ、あんたが持つもんじゃない」
「いや、落とし物なら交番に――」
「違う」
彼女は、即座に否定した。
「それは刀。
東京で、人を選んで、人を殺すための」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「……は?」
冗談だろ。
そう言おうとした、その瞬間。
――ぐにゃり、と。
視界が歪んだ。
高架下の柱が引き伸ばされ、音が遠ざかる。
電車の走行音が、水の中に沈んだみたいに鈍くなる。
「な、に……?」
足元が不安定になる。
立っているのに、現実から滑り落ちていく感覚。
「だから言ったでしょ」
少女は、ため息をついた。
「選ばれたのよ、あんた。
十二振りの刀が殺し合う、この街の裏側に」
「意味……分からないんだけど……!」
「最初はみんなそう言う」
彼女は慣れた様子で肩をすくめる。
そのとき。
――カタリ。
足元で、刀が音を立てた。
鞘が、わずかに震えている。
「……動いた?」
「ええ。完全にね」
少女の表情が、少しだけ変わった。
警戒。あるいは、焦り。
「ちょっと待って。まだ抜かないで」
「抜く? いや、俺は――」
言い終わる前に、刀が俺の手に吸いついた。
ぞわり、と。
指先から、冷たい感触が腕を這い上がる。
「っ……!」
頭の奥に、誰かの声が流れ込んでくる。
――斬れ。
――終わらせろ。
「やっぱり……最悪」
少女は、舌打ちした。
「ねえ、名前は?」
「……は?」
「いいから。名前」
「……春日、悠真」
「私は渋谷。名字はどうでもいい」
彼女はそう言って、俺を真っ直ぐ見る。
「春日悠真。
今日からあんた、刀使いよ」
「意味分からないって――」
その言葉は、途中で途切れた。
空気が、裂けた。
背後。
高架の影から、誰かが現れた。
男だ。
黒いコート。手には、同じような刀。
「やっと見つけた」
男は、楽しそうに笑った。
「新入りだな?
しかも――」
視線が、俺の手元に向く。
「……その刀、見覚えがない」
渋谷が、小さく息を呑んだ。
「逃げて」
「は?」
「今すぐ! 走って!」
男の刀が、鞘から抜かれる。
その瞬間、東京が完全に“裏返った”。
「間に合わない……!」
渋谷が前に出る。
「春日、よく聞いて!
あんたは今、東京に殺される側にいる!」
「説明が雑すぎるだろ――!」
男が踏み込んだ。
刃が、こちらに迫る。
考える暇はなかった。
――守らなきゃ。
何を?
分からない。
ただ、このまま斬られるのは嫌だった。
無意識に、刀を構える。
次の瞬間。
男の刃が、俺の刀に触れ――
弾かれた。
「……は?」
男が目を見開く。
「斬れない?」
渋谷が、俺を見る。
驚きと、恐怖が混じった顔で。
「……春日。
あんたの刀――」
世界が、静まり返る。
「“欠番”かもしれない」
その言葉の意味を理解する前に。
男が、狂ったように笑った。
「面白い……!
東京が、とうとうバグり始めた!」
その瞬間、俺は悟った。
――俺の日常は、もう戻らない。
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