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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

呼び出した責任取って♡

作者: きりしま

いつもご覧いただきありがとうございます。


 ――おかしいな、さっき明らかな居眠り運転トラックにはねられたと思うんだけど。

 それにしては体も痛くないし周りは光ってるしで何が起こっているのだろう。制服に鞄、ぽわんと光る床の上に座り込んだまま、トオルは周囲を見渡していた。

 ゲームでよく見る神官服や、赤い豪華なマントを羽織った髭面の男性、その横にいるティアラを着けたブロンドの髪の女性などを見て、異世界転移、いや、トラックにはねられて死んだから転生かなぁ、居眠りとはいえ業務上過失致死罪、運転手の自己責任か、企業の責任か、ワークライフバランス、何が原因かは知らないが、どちらの家族にも迷惑をかけたなぁ、この場合向こうにも死体残ってんのかな、と間の抜けたことを考えていた。


「おぉ! よくぞ参られた勇者殿!」


 国王らしい人物が大仰に腕を広げて歓迎の意を示し、周囲が呼応して歓声を上げる。うわぁ面倒くさいと思ってしまった。大衆に囲まれる陽キャな人生は送っていないので、本当にそっとしておいてほしい。勇者と言われて喜ぶ奴にやってくれ。

 ティアラを着けた女性がようこそいらしてくださいました、まずは状況を説明いたします、どうぞこちらへと案内してくれるのに大人しく従った。周囲でこちらをじっと見ている奴らがいたので変な真似はしない方がいいと思った。

 女性はこちらの名も尋ねずに、今世界は危機に瀕している、魔王が多くの魔物を生み出して人の世を脅かし、もはや最後の手段で勇者召喚に頼った、などとそれらしいことを話してくれる。こういうのはテンプレートなのだろうか。


「勇者様はこちらの世界にいらっしゃるときに、特別な力を授かっているはずですわ」


 どんな能力なのか期待しているのだろう、穏やかな眼差しの奥にギラギラしたものがあった。トオルは、ええと、と視線を泳がせて、言葉を濁した。


「ステータス、とおっしゃっていただければ、わたくしが確認できますわ」

「すみません、混乱してて……」


 女性はぐっと笑みを作って、そうですわね、と微笑み、明日また伺いますわ、と部屋を出ていった。鍵を掛けられ、ヒールの音が遠ざかり、トオルは呟く。


「勇者? 何それめんどくさ」


 だいたい、勇者だというのならこんな部屋に通すか? 椅子に机にそこそこのベッド、カーテンを開けば窓は鉄格子が掛かっていて外の情景を楽しむ隙間もない。そしてそのベッドの下には先客がいる。トオルは歩み寄って物怖じせずに少女へ尋ねた。


「ねぇ、君、ここで何してるの?」


 ――翌朝、朝食と共にあの女性が来た。この国の王女らしい女性は、食事を楽しむ間もなくステータスについて言及してきた。はい、どうぞ、とステータスを見せれば王女は素晴らしいですわ! とわざとらしく甲高い声を上げた。


「【治癒SSS】なんて見たことがありません! まぁまぁ! こちらの【呼び寄せ】とはなんでございましょう」

「さぁ、なんでしょう。俺にもわかりません」


 興味を持たないトオルに眉を顰めながら、王女は是非、勇者と聖女でパーティを組んで魔王討伐に赴いてほしいと言った。昨日トオルのことを勇者と呼んだ女が、ステータスを見てあっという間に勇者ではないと見限ったことに笑いそうになってしまった。加えて、見知らぬ場所に来た翌日に旅立たされる少年の気持ちなんてお構いなしだ。ただ、ここに居たら居たで牢獄だしな、と思い、わかりましたと答えた。


「では早速ご用意いたしましょう!」


 嘘つけ、もう用意はできてるんだろ、とは言わなかった。

 王城の正門ではなく裏門から、質素な馬車に御者が一人に騎士と神官が一人。同じように困惑した顔の少年と少女がいて、それぞれが勇者で聖女だと言われたらしい。すげぇ数打てば当たるって感じ、とトオルはいっそ笑った。その笑顔が挨拶に思えたらしく、困惑していた少年と少女がホッと小さく息を吐いていた。

 走り出した馬車の中でコミュニケーション能力の高そうな少年が自己紹介しよう、と言ってきた。


「俺はヒデアキ、よろしく」

「よろしく、俺はトオル」

「カスミ、よろしくね」


 それぞれが同じ日本人であることに少し親近感を抱き、どうやってここに来たかを話した。トオルはトラックにはねられ、ヒデアキは階段から足を滑らせ、カスミは通り魔に刺されたらしい。一番きつそうだ。けれど、一番好奇心旺盛に尋ねてきた。


「ねぇ、ここって異世界、なんだよね? よくある転生っていうやつなのかな」

「そうっぽいけど、なんかこう、あんまり教えてもらえなかったよな」


 この国のこととか、倒せとだけ言われて追い出されることとか、とヒデアキは随分慎重に考えているらしい。こいつ偉いなとトオルは思った。悪口にならない程度、これから質問をするために頭出しができる、賢い奴だ。ヒデアキは同乗していた女神官にそっと視線をやり、あの、と声を掛けた。


「魔王が魔物を生み出している、と言われたんですが、結局俺たち何をすればいいんですか?」


 女は目を細めて口元に弧を描き、満足気に頷いてから艶やかな唇を開いた。


「できれば、魔王を倒していただきたいですが、お行きなさいと言われたところで困りますでしょう? まずは前線にほど近いところで経験を積んでいただきます」

「スキルが何に使えるか、そこで調べるってこと?」


 カスミが横から問えば、はい、そうです、とゆったりとした頷きが返ってきた。トオルはふぅんと唸ってからぽつりと尋ねた。


「その魔王ってなんなんですか?」


 神官は一瞬だけ笑顔を固まらせたように見えた。優しくて冷たい眼差しでトオルを見遣ると、何か祈りの言葉のようなものを囁いた後、答えてくれた。


「我々にもわかりません。突如として現れ、世界に魔物を解き放った悪しき王、人命が奪われ、人の住まう大地が奪われていく。そうした事態に我が神の御言葉が神託を告げ、あなた方勇者様、そして聖女様をこの世界にお迎えするに至ったのです」


 へぇ、と言いながらヒデアキはちらりとトオルとカスミを見遣った。疑り深く神官の言葉を信用していない。こういう【選ばれし者】に憧れるほど夢見がちでなかったのは幸運だろう。トオルはもう一つ尋ねた。


「じゃあ、俺たちが最初でも最後でもないんですよね? 前に召喚された人たちはどうしたんですか?」

「勇ましく、魔王に果敢に挑み、残念ながら」

「……どのくらいの人が犠牲になったんですか?」


 次いでカスミが問えば、神官は少女の瞳に怯えを見たのだろう、トオルとは違い、優しく微笑んでその頬を撫でた。


「数え切れぬほど。……我が国の神官も、騎士も、皆が平等に犠牲になっているのです」


 そうですか、とカスミが目を伏せれば神官は少女を優しく抱き寄せてその背中を撫でた。その後、馬車が足を止めるまで皆が無言で過ごした。

 何度かの小休止、トイレ休憩をいくつもテントが並んでいる仮設拠点に辿り着いた。今夜はここで休み、明日、また移動するらしい。カスミは女子なのでこちらへ、と神官に連れて行かれたが、不安そうにこちらを何度も振り返っていた。視線の先はトオルではなくヒデアキだ。それはいいけど嫌な予感するな、とトオルは周囲を見渡した。

 仮設拠点に入った瞬間、馬車に注がれた期待の眼差しと、カスミが降りた瞬間のにやりと笑う男たちの顔。トオルはこうした状況に経験はないが、漫画などで見たことはある。ヒデアキは護衛についていた騎士に、カスミも自分たちと同じテントにしてほしいと勇者さながらに頼み込んでいたが、男女別です、とにべもなく断られていた。トオルはふわぁ、と欠伸をして休みたいと伝えた。


「トオル、カスミが心配じゃないのか」

「言ったところで騎士さんがダメっていうならダメでしょ」


 お前、とヒデアキが正義感からトオルに詰め寄り、胸倉を掴む。勇者っぽいなぁと思いながら、トオルはひそりと呟いた。


「助けるなら、ここの奴ら全員敵に回すことになるけど、できんの? ヒデアキ、スキル何もってんの?」

「……【剣聖】。剣技が、剣さえ持てば、できるらしい」

「うわ、スキルまで勇者っぽい。カスミって何持ってるか聞いてる?」

「攻撃魔法系だって聞いてるけど」


 なるほど、武闘派の勇者と聖女か、その回復要員、役に立たなければただのオマケとして追いやられたことを実感し、けれど、トオルは好都合だな、と笑った。


「やる? やらない?」

「助ける」

「じゃあ、付き合ってあげてもいいよ」


 どうやって、とヒデアキが眉を顰めるのを見ながら、トオルはその腕を振り払った。


「騎士さん! あいつ怖いから俺も別のテントがいい!」

「そうは仰られましても」

「俺、【治癒SSS】っていうスキルがあるんです! 誰か怪我してる人とかいない? 役に立つよ!」


 仮設拠点だからこそ体調不良者はいるのだろう、騎士の向こう側でソワソワした奴らが居た。目ざとくそれを見つけると手当てしましょうか、とトオルは騎士を通り抜けて駆け寄った。それなりに老齢の兵士は膝が、腰が、と加齢による苦痛を訴えた。そうして人だかりができれば騎士は苛立たし気にそれに腕を差し込み、なりません、と声を張り上げる。


「ええい、これだから召喚された者は自分勝手でならない! 言うことを聞きなさい!」

「わぁ、痛い! 何するんですかー!」


 わざとらしく叫び、トオルはもう一つのスキルを使った。【呼び寄せ】。王女も首を傾げていたあのスキルだ。

 ざわ、と空気が変わった。元々夜ではあったが篝火が突風で倒れ、赤い火の粉をばらまきながらその身を黒く染めていく。テントに燃え移らなかったのが幸運か不幸か、それはきっとどちらもそうだろう。トオルは暗闇の中で老兵士の腰から剣を抜き、奪い、自分の腕を引く何かに導かれてヒデアキの下へ戻ってその手に剣を握らせた。騎士を始め兵士たちは火を求めてバタバタと走り回り、その背後に忍び寄るものに気づけなかった。

 どこかで呻くような声がした。ドッ、と鈍い音がして、どさり、ガシャリ、と人らしきものが地面に倒れる。


「何があった! 明かりを!」

「今! 点きます!」


 ボッ、と死にかけていた篝火の薪から布を巻いた棒、松明に明かりが灯った。ホッと息を吐いた兵士たちはそこに地獄を見た。

 真っ黒な姿をした目だけが赤く燃える黒い生きものたちが自分たちを取り囲んでいたのだ。悲鳴が上がる前に一人の首が飛ぶ。それを皮切りに野太い悲鳴が、絶叫が響き渡った。

 目の前で一人また一人と黒い何かの爪に切り裂かれ絶命する様を見て、ヒデアキは渡された剣を手放して木の影に隠れ頭を抱え息を潜めた。


「これが、魔物……!?」

「違うよ、魔物はあいつらの方。というか剣渡してあげたのに、スキル使わないんだ」


 いつの間にか横にいたトオルの淡々とした声にヒデアキは叫び掛け、口を押さえた。大丈夫、と笑うトオルにゾッとするものを覚えながら、ヒデアキは耳を塞いだ。木を盾にしたはいいが、絶命の音がそれを越えて全身を叩く。その恐怖を払うようにトオルの手が優しくヒデアキの肩を撫でて宥めてきた。


「俺ね、異世界だから言えるんだけど、昔っから人と違うものが見えてた。で、この世界に来て俺の部屋にいた先客にいろいろ聞いたんだけどさ。この世界の奴ら、召喚技術を使って人体実験とかいろいろしてたんだって」

「へ……?」

「そのうち俺たちみたいにスキルを持った奴らが呼ばれるようになって、抵抗を受けて、逃がしちゃって、それが魔王の始まり」

「そ、それって」

「そう、つまり、自業自得! あの黒い魔物って呼ばれているのは、この世界の奴らに殺された転移、転生者の恨みの塊ってわけ! で、俺たち元々同じ生まれの奴らを殺すために利用されるとこだったんだ」


 あはは、とトオルは心底楽しそうに笑った。


「俺の部屋に居た子はね、そこで酷い目にあって死んじゃって、ベッドの下から怖くて出られなくなっちゃったんだって。だから、連れ出してあげるって約束したんだ」


 この子、とトオルが手を差し出せば、その陰からそうっと少女が顔を出した。トオルが促すように手を離すと、ぱぁ、と笑顔を浮かべ、夜の闇の中で妖精のように淡く輝いて軽やかにくるりと踊った後、消えた。背後の地獄が嘘のように、今目の前であった出来事が美しく思えた。

 キャーッ、とカスミの悲鳴が響き、ヒデアキは正気に戻された。


「あ……! た、たすけに!」

「大丈夫、俺のスキル、ちゃんと呼びたい人を呼べるみたいだから」


 もはや何を言えばいいのか、ヒデアキは状況についていけずにトオルを不安そうな顔で見遣った。


「ねぇ、魔王さま? まさか殺さないでしょ?」


 木からそうっと地獄を覗き込めば、顔中傷だらけの男がカスミを抱えて立っていた。


 ――【呼び寄せ】のスキルがなんなのか、ベッドの下の少女の話を聞いた後、王女に調べられる前に調べるのは当然のこと。幽霊の少女を隣に座らせながらトオルはそれを使ってみた。トラックにはねられる前に一緒に居た友達、飼っている猫、ペットボトルとか、様々なものを呼んでみたが、何も来なかった。面白半分に、じゃあ、魔王、と呼んだら、どさりと男が落ちてきてお互いにびっくりしてしまった。顔中傷だらけの男はただの人のように思え、トオルは困った顔でとりあえず、すみません、間違えました、と謝った。


「そうか、お前が今日召喚された者か」


 魔王という男は存外理性的でこの場にトオルと幽霊の少女しかいないとわかるとベッドに腰掛け、三人ぎゅうぎゅうで座る羽目になった。椅子があるのでそちらへどうぞとお勧めもしたが、ベッドの軋み音は寝返りになるが、椅子の引き摺れる音は起床を知らせる、と言われ、なるほどと納得した。話し声はと問えば、潜めていれば椅子の音より響かないと答えがあった。


「何があったんです? まさか【呼び寄せ】のスキルで呼べるとは思わなかったですけど」

「俺も驚いている。しかし、奴らまだ続けていたのか。どうせ生かして帰した奴ですら、毒されたなどと言って殺しているのだろう」


 興味本位で何があったか尋ねた。魔王は自身にあったことを話してくれた。

 最初は、異世界からの召喚が本当に偶然あったこと。そうした事象を神の神託として、教会が主導し研究が進められたこと。結果、その技術が定着し、毒や医療のための人体実験に、死刑囚だけではなく召喚した者が使われるようになった。時に女であれば司祭や司教、教皇の餌食に。飽きれば奴隷として売られたり、王侯貴族の玩具になった。魔王はその時、共に召喚された妻がそうして殺されたらしい。詳しい死にざまが聞けなかったのは()()だった。

 魔王はその身にスキルを宿してここに渡って来た。最初は妻のために耐えていたが、もういらない、と牢屋に放られた変わり果てた妻の姿についにスキルを使い、そこに囚われていた転移・転生者を連れて脱したという。スキルは【定着】と【影移動】。後者のスキルを使い遠くへ逃げ、死してなお復讐を望む者には前者のスキルでこの世界への縛りを与えた。それがあの魔物の生まれた所以だ。


「奴らが戦場に送り込んでくる転移・転生者の保護もしている」


 中には勇者であること、聖女であることに喜び満ち溢れ敵対し、話を聞かない者もいるそうだ。そうだろうなぁと思った。そうした者たちは拠点に連れて行って牢で暫く過ごさせ、同じ転移・転生者から話をさせる。それでもダメなら【影移動】で王城へ戻す。その際、殺されるのだろう。


「拠点で仲間を危険に晒すよりは、そうした犠牲の方がまだましだ」


 トオルは何も感じていなかったが、そうですね、と相槌を打っておいた。


「――というわけで、呼んだら助けてね、って魔王さまに話しておいての今」


 死体の中で話をするのも怖いので、綺麗で大きなテントの中にトオル、ヒデアキ、カスミ、そして魔王が座っている。カスミはこの拠点の責任者に覆い被さられ女神官に助けを求めたが愉悦に歪んだ顔でこちらを見ているだけで絶望していたところ、魔王さまに救われたらしい。椅子の位置が魔王さまに近い。ちらりと聞いたが、女神官も拠点責任者も殺したらしい。


「君たちを拠点に連れて行くのは構わないが、そうするとこの世界を敵に回すことになる。ある程度厳しい生活を強いられるが、どうだ」

「今の話が本当なら、ついていった方が、いいとは思うけど、トオルは?」


 ヒデアキはトオルを見遣り、同意を求めた。


「俺は魔王さまについていくよ」

「……なら俺もついていく。俺は【剣聖】ってスキルがあるそうで、剣を持てば戦えます」

「だが人殺しの経験はないだろう。だったら、その手は別のことに使う方がいい。若くして亡くなってここに来たことは惜しいが、ここで生き直すことはできる」


 死んだ感覚がなく、ここにいるのだろうヒデアキは、魔王さまの言葉に項垂れて、母さん、と呟いていた。

 魔王さまはゆっくりと立ち上がった。


「いずれこの拠点からの連絡が途絶えたことに奴らも気づく。【影移動】は夜の方がやりやすい、早速移動しよう」


 真っ黒な魔物という名の人々も連れ、魔王さまはトオルたちを拠点に案内してくれた。


 ――その先の見事なこと。わぁ、とトオルは感嘆の声を零した。魔王と呼ばれる人の拠点なのだから、想像するのは草木も生えぬおどろおどろしい岩山と溶岩のエリアか、寒々しい雪山か、洞窟だった。けれど、どうだろう、この素晴らしい環境。まだ夜の状況ながら街灯は立っていて道が煌々と照らされ、家々はしっかりとした土台があって窓ガラスまである。そこを歩く人々は魔物などではなく健康的な人だ。時々黒い魔物姿のものも歩いているが、誰も怯えず、それどころか挨拶まで交わしている。魔王さまが引き連れて戻ったものたちも、呻き声を上げながら自分たちの居場所へ戻っていった。おかえりなさい、と子供が抱き着くのを見た時にはさすがに驚いた。


「奴らが知識ではなく肉体にばかり目を付け、その後はスキルにばかり気を取られていたおかげだな。知者がいればこそ、この光景になっている」


 魔王さま、おかえりなさい、新しい子? と人々に声を掛けられる様子に慕われているのがわかる。一先ず休みなさい、とトオルたちの案内を街の人に頼み、魔王さまはまた明日、とその場を去っていった。

 案内された宿はまた綺麗だった。実際には宿ではなく、こうして保護をした人々を一時的に預かる場所らしい。他国と交流のない場所なので宿は存在しないのだ。


「夜遅いからね、しっかり食べて、ゆっくり眠りなさいね。お風呂もあるからね」


 世話を引き受けてくれた人が優しく声を掛け、食事をご馳走してくれた。

 一人ずつお盆に乗ったそれを見遣る。ミルクの香るスープ、パン、焼いたベーコン。添えられた紅茶。三人で視線を交わし合った後、いただきます、と手を合わせた。

 喉が渇いていたので紅茶から。顔を寄せれば鼻をスゥっと抜けていく優しい香り、唇を寄せれば湯気が顔を撫でていくしっとりとした感覚があった。すすっと啜れば最初は熱くて痛みだけが来るが、舌を撫でて喉に行く頃には適温、ごくりと吞み込めば息が紅茶に染まる。こういう時、一息つく、と言えるのだろう。

 木の器にたっぷりと入れられたスープをひと匙、ごろごろ入っているのはキノコだろうか。とろみが強くてスープというよりは煮込みだ。甘いミルクの匂いに誘われてふぅふぅ少し冷まして一口。マッシュルームのもぎゅっとした食感、そこから滲み出るキノコの出汁。シャクシャクとしたシメジっぽい細いキノコのもまたいい味を出している。濃い目のミルクのとろっと感がキノコの水分で薄まるが、それでちょうどよく感じた。ごくり。それなりに大きな音を立てて胃に落ちていく。王城で食べた野菜スープなどと質が違う。再び三人視線を交わし合った後は無我夢中で食べた。

 一口大に切られた鶏肉はぷりぷりとしていて噛めば肉汁がじゅんと滲む。時々奥歯に当たる小さな欠片は柔らかくてすぐに消えてしまうが玉ねぎで、しっかり効いた塩味が疲れた体によく沁みる。置かれたパンは暖炉か何かで温め直してくれたのか表面はパリパリ、中がみっちりと詰まった全粒粉パンのようなものだった。これを浸すのではなく、これで掬う。たっぷりキノコと鶏肉を乗せて大きな一口。あぁ、たまらない。噛み応えのあるパンがミルク部分をじんわりと受け止めてくれたおかげで、それそのものを味わいながら、キノコの独特の香味、もぎゅ、シャク、という歯ごたえの変化。思わず呑み込んでしまい喉に詰まりかけ、紅茶を注ぎ込む。さぁっとまるで茶畑にいるような香りがミルクを流して消していく。美味しい。

 とん、とテーブルの真ん中に鍋が置かれ、女性が微笑んだ。


「パンのおかわりもあるわよ」


 三人が皿を差し出した。

 腹が膨れれば睡魔も来る。風呂という名の温泉を楽しませてもらった後、三人は泥のように眠った。馬車移動は体を揺らし続けて疲れるし、休もうとしたところで地獄を経験していればそうもなる。

 翌朝、魔王さまがトオルを訪ねてきた。トオルも訪ねたかったのでちょうどよかった。


「君の【呼び寄せ】はこの世界にいる者ならば呼び寄せられるのだろう?」

「そうみたいです。ちょっと提案があるんですが」

「あの城の奴らを呼び寄せられるか?」

「できると思います」


 あっさりと答えたトオルに魔王さまは少し驚いていた。


「しかし、君は、いうなれば殺人の片棒を担ぐともいえるが」

「え? どうして? 呼ぶだけだから大丈夫ですよ」


 きょとん、としたトオルに次こそ魔王さまは驚きを隠さなかった。


「だって、別に俺の手が汚れるわけじゃないし」


 興味のない人が死のうがどうなろうが、俺には関係ないから、と心からの笑顔で笑うトオルに、魔王さまは盛大に笑った。


「君はこの世界によく馴染みそうだ」

「いやぁ、ははは?」


 とりあえず笑って濁した後、トオルはあのぅ、と声を掛けた。


「魔王さまの隣に女の人が居るんですけど、それが奥さんですかね」

「なんだって?」

「【呼び寄せ】てあげますよ」


 奥さん、とトオルが手を差し伸べて、そこに手が乗った。ふわりと呼び出された女性は魔王さまに微笑んで、涙を流した。魔王さまは言葉を失い、女性の頬を撫でようとしてそれができなかったことに顔をくしゃりと歪ませた。声にならない声が、きっとその想いを伝えたのだろう。女性は魔王さまを抱きしめるように体を寄せると、そのままパッと光を弾けさせて消えてしまった。ああなればもう【呼び寄せ】られないなぁ、とトオルは肩を竦めた。


「……ありがとう、彼女の美しい姿を、思い出せたよ」


 そんなつもりではなかったのだが、感謝されるのならば受けておこう。


「どういたしまして」


 魔王さまはすっくと立ち上がり、トオルを見遣った。


「奴らを逃がさないように場を整えてから【呼び寄せ】してもらうことにする。少し時間がほしい」

「お任せします。あと、そうだ、俺の【治癒SSS】って結局なんなんだろう」

「俺の怪我を治せるか、それとも――」


 へぇ、と言いながら魔王さまに触れて使えば、傷だらけの顔は治り、それどころか少し若返ったように思えた。すごい、治癒ってそこまでできるのか、いや、確かに肉体の老化を考えれば若返りも治癒か、とトオルが手のひらを見ていればごつりと頭を小突かれた。


「人の話は最後まで聞いてやれ。まったく、触っただけでわかる、傷がない。これでは【魔王】ではないだろう」

「服装でどうにか」

「参謀と相談だな。君のその【治癒SSS】、相手の拷問に使えそうなんだが、そういうことに心は痛むタイプか?」

「え? 全然」


 だろうな、と魔王さまは溜息をついてからトオルに苦笑を浮かべた。


「いろいろ協力してくれ。その代わり、ここでの生活を保障する」

「助かる、ありがとうございます」


 魔王さまが小さく笑って立ち去る背中を見送って、トオルはにっこりと笑った。


 命を弄んだ者が、どうして弄ばれないと思うのだろう。

 召喚した者が、どうして召喚された側に裏切られないと思ったのだろう。

 勝手に押し付けられた役割なんて、要らない。

 ここでは法を気にする必要もなければ、復讐という名の理由の片鱗が与えられている。


「最高じゃない?」


 歪んだ気持ちを抱えて封じていたものが、召喚という行為によってその蓋を開いた。

 世界を見守る女神様? ねぇ、今、どんな気持ち?

 あぁ、それもまた人の欲深い幻想が理由として創ったものなのかな?

 さぁ、召喚する者たち、己の呼んだ者たちへの扱いが、その身に返る恐怖を味わうといい。

 そうして、俺は最高の特等席でそれを味わおうじゃないか。


 ――とある王国があった。医療技術や薬に対し大きく発展を遂げた王国であった。

 だが、その裏で行われていたのは非人道的な実験や人身売買で、その犠牲者のすべてが召喚された者だったという。召喚という行為は各国で密かに行われていたが、とある王国が召喚された者たちにより滅ぼされたとあって、各国はその行為に対し危機感を抱いた。

 召喚された者たちはやがてそこに国を作り、各国に対し対等に接することを要求、時間を掛けて国としての存在を認知させた。

 かつての魔王は賢王と呼ばれ、その横にいた剣士はその身を守り続け、慕い続ける少女が女性になった頃、ついに賢王が折れて娶った逸話などが残っている。

 その賢王が最期まで傍に置いた男がいたのだが、その人物は歴史に名を残してはいない。


「だって、目立ったら、ねぇ?」


 くすくすと笑う男はティーカップを前に道を行く人々を眺めて観察していた。平和になった世の中、けれどまたいつ崩れるかわからない均衡。そうなった時、再び楽しい時間がやってくる。

 まだ生きていたのか、などと扱われては困ってしまう。

 死ぬことにも興味があったので【治癒SSS】は使わず、自分自身を【呼び寄せ】て、まだまだ遊べることを確信した時の喜びときたら。

 満足するまで、この世界で遊ぶんだ。


 ねぇ? 召喚したなら最期まで、【世界】で責任を取ってよね。




最近鶏肉がマイブーム。


処刑人パニッシャーと行く異世界冒険譚】という冒険譚も書いていますので、よければ足を運んでやってください。

本編一度完結しており、現在新章です。

旅路をあなたへ。

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― 新着の感想 ―
いやー、面白かった!! 召喚される系の小説はいくつもいくつも、数え切れないほど読んで来たけれど、このパターンは初めてかもしれない笑 読んでいてなるほど、こう来たかーwwwと、予想と全く違う展開でとて…
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