婚約破棄、了解しました。では、後悔する未来をお楽しみくださいませ。
「エレナ・バルジェス!貴様との婚約は、今この場で破棄する!」
その日、王都中枢の大広間に響き渡った王太子ライル殿下の怒声を、私はまっすぐ受け止めた。貴族たちはざわめき、侮蔑と好奇の入り混じった視線が私に集まる。
「……理由をお聞かせ願えますか?」
私は静かに尋ねる。心は冷えていた。いや、ずっと前から冷えきっていたのだ。ライル殿下は、さも勝ち誇ったように言った。
「お前が学園内で数々の女子生徒を虐げ、王族に相応しくない振る舞いをしていたと報告があった。既に証人もおる」
「その証人とは?」
「……この方々だ!」
ライル殿下の隣に並んだのは、侯爵令嬢セレナと、その取り巻きの令嬢たち。セレナは、私とライルの婚約が公になった頃から、やたらと彼の傍にいた女だ。美貌と愛嬌を振りまき、あっという間に殿下の寵愛を手に入れた。
「エレナさん、私たち、ずっと怖かったんです。あなたに睨まれるのが……。お茶会で無理やり毒見をさせられたり、日記を盗み見されたり……」
「言いがかりも甚だしいですね。証拠は?」
「証拠など不要だ。これだけの証言があれば十分だ」
ライルの言葉に、私は小さくため息をついた。既に答えは出ていた。
「わかりました。婚約破棄、承諾いたします」
「なっ……!」
ライルは面食らったように言葉を失う。彼はもっと私が取り乱すと思ったのだろう。恥を晒して懇願する私を期待していたのだ。
「ただし、これより貴方が王太子として不適格である証拠も、同じく証人付きで提出いたします」
「な、何を言って――」
「陛下。お耳をお貸し願えますか?」
会場の奥で静かに見守っていた現国王が、私の声に眉を上げた。私は懐から一冊の帳簿を取り出し、侍女に託す。
「これは、ライル殿下がこの一年間に私費を装い、不正に国庫から資金を流用していた証拠帳簿です。殿下は私の家が財務省の要職にあることを忘れていたようですね」
会場が凍りついた。
「なっ……そ、それは捏造だ!」
「では調査していただきましょう。王家直属の査察官に、どうぞ」
「……エレナ、お前、一体……!」
私は微笑んだ。
「婚約者である間、何度も忠告しました。王族としての振る舞いを、改めてほしいと。それを無視し、私を捨て、妾腹の侯爵令嬢にうつつを抜かした貴方に、王たる資格はありません」
「黙れ!」
「では証人のご紹介を」
部屋の扉が開かれ、現れたのは私の兄であり、王国の隠密機関《白百合》の長を務めるレオン・バルジェス。そして、陛下直轄の侍従長や財務検査官が次々と姿を現す。
「これらの証拠により、ライル・グランベリア殿下は、王太子の資格を剥奪されます」
陛下の厳しい声が響く。
「王家の威信に泥を塗ったこと、許し難い。セレナ侯爵令嬢も同様、国外追放とする。バルジェス令嬢には深く謝罪する」
「いえ、私はただ、正しきことをしたまでです」
すべては計画通りだった。ライルが私に飽き、セレナと密会を重ね始めた時から、私は静かに証拠を集めた。愛など最初からなかった。ただ義務と体裁の婚約。それでも私は最後まで、王妃としての責務を果たそうとした。
けれど――
私を愚弄したその結末を、思い知らせたかった。
◆ ◆ ◆
数ヶ月後、王宮には新たな王太子として、第三王子ユリウス殿下が立った。穏やかで知性に富んだ彼は、王都の民からも厚く支持されていた。
「エレナ嬢。婚約を申し込ませていただきたく思います」
かつて、私に密かに想いを寄せていたという彼は、私の働きぶりを見て深く感銘を受けたと告げた。私もまた、彼の誠実さに心を動かされた。
「喜んでお受けします」
こうして私は、かつて私を見下した者たちに、最大のざまぁを突きつける形で、新たな未来を歩き始めた。
それは、優しさと敬意に満ちた、真の幸福の始まりだった。