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後編 契り(ちぎり)

 

 ――― 現在(1583年)


「三成殿は、この任務に命を掛けるというお考えでよろしいのですね?」

 三成は頭を下げたまま微動だにしない。

「分かりました。力を貸しましょう。あなたも私も近江の出身、隠れた脇道は全て頭に入っている。たとえ敵が待ち構えていたとしても、その目をかいくぐって進むことが出来るかもしれません。この戦、殿が戻るまでの時間を本陣が持ちこたえられるかが勝負です」

 大谷は、三成から長政へと視線を移した。

「今の話、聞いていましたね? 私たちは1日でも早く殿をお連れします。だから、長政殿はそれまでの間なんとか本陣を守りとおしてください」

 大きくうなずく長政。

「もちろんです。黒田の名にかけて、陣を守って見せましょうぞ」


 その後大谷は紙と筆を借り、本陣の部隊配置図を書き上げた。

「時間を稼ぐための守りに徹した陣容です。これを参考に話し合って配置を決めてください」

 そう言うと、大谷と三成は立ち上がって長政の元を後にした。


 2人が秀吉の元へ出発した後、官兵衛は軍議のために本陣を訪れている。

 その際彼はその陣容を見事さに驚くと共に、息子から配置図の存在を明かされた。

(侍大将どころか足軽大将の配置まで綿密に考えられている。どうやら将たちの性質や個性まで把握して作られているようだが、そんなことが出来る人間がいるとはとても信じられん)

 官兵衛は長政に質問した。

「この図はお前が書いたのか?」

「いえ、私ではありません」

(やはり長政にはまだ無理であったか。兵法の知識があるだけではこの配置を思いつくことはできん)

「お前ではなかったか。では誰が書いたのだ?」

「大谷殿が参考にするようにと残してくれました」

 官兵衛は硬い表情に変わって視線を落とした。

(確かに馬回り役であれば兵法の知識も持ち合わせているだろうし、多くの将と接して人柄を知ることも可能。だが、はたして経験の浅い者にそれを実践に応用できるものだろうか)

「なるほど、まあまあ良くできた図面じゃな。これは私が預かろう」

 そう言うと、官兵衛は受け取った陣容図を後に密かに焼き払ってしまう。

(大谷吉継、恐ろしい男よ。いつか天下を左右する存在になるかもしれん。少なくとも、私が軍師でいる間は目立ってもらっては困る)


 ――― 美濃国 大垣城


 秀吉は城に到着した大谷と三成を広間に呼び出し、お茶と菓子を振る舞っていた。

「ハッハッハ。それにしても勝家のやつ、ワシの留守を狙って攻めてくるとは、まったく戦場以外では細かくてせこいやっちゃで」

「あの、お言葉ですが、盛政は柴田殿の指示ではなく彼の独断で攻め込んできた可能性もあるかと……」

 秀吉の言葉に恐縮しながら答える三成。

「そんなことどうでもええ。勝家の部下がやることは全部勝家のせいじゃ。……ところで、ワシはこれから木之元の本陣に戻ろうと思うが、どの位の時間が必要だと思う?」

「はぁ、戦に備えながら進むとなれば、恐らく3~4日かと」

「バカもん。そんなんじゃ本陣が陥落してしまうわ。2日で戻れるようお前たちが指揮をとれ」

「ふ、2日ですか?」

「そうじゃ。陣を組みながら進もうなど考えなくてよいぞ。道中に居る敵の分隊などせいぜい10名程度。無視してかまわん」

「し、承知しました。ではさっそく準備の方を……」

「待て。大谷も一緒に聞け」

 頭を下げていた大谷も、体を起こして殿に視線を合わせた。

「戦というのはな。前線で槍働きをするばかりが全てではない。むしろ目に見えぬ所で、兵站へいたん行軍こうぐんをどのように整えるかが重要じゃ。将兵たちが腹を空かせているようでは戦場で力を発揮できぬからな。勝敗はぶつかる前に大勢が決するぞ。これはお前たちの戦、どれほどの実力があるかワシに見せてみよ!」


 ――― 数刻後…… 近江東部、設営中の補給地点


 拠点には米や水、松明などの資材が順次運び込まれていた。

 その様子を見守っていた大谷が、となりで腕を組む三成に声を掛けた。

「なかなか成果が上がりませんね。みんながんばってはくれてるのですが」

 三成は物資を運び込んでいる兵士たちの近くに歩み寄った。

「みんな。急いでくれ。少しでも早く帰還しないと本陣で待っている仲間たちが危ない」

 兵士たちは三成の言葉に耳を傾けていたが、動きに変化は見られない。既に限界近くまで体力を消耗していたからである。

 そんな中、木材を運んでいた兵士の1人が歩行中ふらつきながら立ち止まってしまった。

 それを見ていた大谷は、彼に近づき木材を代わりに背負った。

「あなたは少し休んでください。これは私が運びます」

 声を掛けられた兵士はお辞儀をしてその場に座り込んでしまった。

 三成は2人の元に行くと、水の入った竹筒を兵士に手渡した。

「すまんな、無理をさせて。日陰に行って少し休んでくれ」

 兵士を見送った三成は、続けて大谷にも声をかけた。

「お前も木材の運搬はやめておけ。お前1人手伝いが増えたところで、それほど効率が良くなるとも思えん」

 聞いた大谷は、木材を背負ったまま三成を睨み付けた。

「私はあの兵士に木材を運ぶと約束したのです。それを反故ほごにしたのでは彼に申し訳がない。それに、1人の人間の力を軽く見るべきではない。どんなに大きな仕事を任されたとしても、それを達成するのは1人1人の信念と努力の積み重ねなのです」

 大谷は三成に背を向けて歩みはじめた。

 木材に加え、武具の重量も大谷へとのしかかる。

 ゆっくりと重い足取りで資材を運び終わった大谷が息を切らしながら元の場所に戻ると、そこでは三成が太刀と防具を体から取り外していた。

「何をしているのですか? 今は戦時下、いつ敵が襲ってくるともかぎりませんよ」

「その時はその時さ。それより、俺はこう見えても寺で修行してた頃は、誰よりも仕事が早いって言われてたんだぜ」

 そう言うと、物資の受けとりを手伝うために拠点の搬入口に向かって歩みを進めた。

(さっきまでは1人でできることなど、たかが知れていると言ってたくせに、読めないお人だ)

 作業を始めた三成に大谷が近寄り、「手伝います」と声を掛けるために息を吸うと、それより早く別の人物が彼に声をかけた。

「寺での下積み時代を思い出したか? 本当は自分が直接動きたくてウズウズしていたんだろ? お前は根が働き者だからな」

 袈裟を身に付けてはいなかったが、剃りあげた頭髪や漂う雰囲気は、彼が僧侶であることを物語っていた。

「だがな、人にはそれぞれ役割がある。今のお前の仕事は兵站へいたんをつつがなく整えること。だから、現場での作業は私たちが手伝わせてもらおう」

 僧侶が合図を送ると、彼が引き連れていた数十名の僧侶や農民が一斉に陣地内に散っていった。

 その中の農民数名が大谷を取り囲んだ。

「オラたちも手伝わせてもらいますよ。大谷様はワシら近江の民の希望ですから。正直、羽柴様や柴田様はワシらにとっちゃあ雲の上の存在だから、誰の味方をすればいいのかよう分からん。けんど、あんたや三成さんのことはみんなずっと昔から知ってますけ。あんたらなら民を裏切るようなことはせんと分かっております。ワシら、あんたらのためになら命を掛けて働けるんじゃ」

「そうじゃそうじゃ。どうかお2人共もっと偉くなって、ワシらの子らが幸せに過ごせる世を作ってくだせぇ」


 その後農民や僧侶の協力を得た大谷と三成は、通常3~4日は掛かると思われていた秀吉軍の行軍をわずか1日で終わらせたと伝えられる(美濃大返し)

結果としては、この迅速な帰陣が勝家軍を翻弄することとなり賤ケ岳の戦いの行方を左右した、と後世では語られている。


 ――― 近江国 木之本の本陣


「ハァハァ……。もうダメだ。動けない」

 兵士たちを本陣に送り届けた大谷と三成は、門の中に入ると安心して地面に寝転がってしまった。

 倒れたまま手を繋ぎ、満足そうにお互いを見つめ合う2人。

「でも、間に合ったな。長政との約束、守れてよかった」


 偉業を達成した余韻に浸りながらいくばくかの刻を過ごしていると、そこに馬の歩くひづめの音が近づいてきた。

 上半身を起こし、後ろを振り返る2人。

「仲良うしてるところを邪魔してすまんのう」

 そこには豪華で美しい陣羽織をなびかせた秀吉が、2人を馬上から見下ろしていた。

此度こたびの働き実に見事であったぞ。あっぱれじゃ」

 口を開けたまま秀吉を見上げている大谷と三成。

「今度はワシの戦を見せてやろう。お前たちにも一軍を指揮させてやる」

 薄っすらと笑みを浮かべた秀吉が後方を振り返ると、その視線の先には、いつの間に集まったのか槍を立てた無数の兵士たちが整然と列を成していた。

 四角に配列された兵士たちの最前列には、装飾されたくらを纏った馬が2頭、主の着席を待っている。


 目を丸くしてお互いを見る三成と大谷。

「俺らの殿は、天に伸びる山のようなお方だ。ヘトヘトになるまで登ったと思ったのに、まったく頂上が見えてこねぇ」

「そのとおりですね。でも、だからこそ登りがいがある」

 並んで歩む2人の顔には、再び鋭気がよみがえっていた。




 君の願いなら ~幻の軍師~  終わり


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