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09.最強の存在

「……ゼル?」


 驚きの声が、自然と私の口からこぼれた。

 私たちを覆っていた眩い光が次第に収まり、そこに現れたのは――人の姿をしたゼルだった。


 私よりも少し年上くらいの青年。青みがかった黒髪が陽光を浴びて輝き、金色の瞳はまるで宝石のように光を放つ。

 強い意志を宿した鋭い眼差しに、鍛え抜かれた引きしまった身体つき、すらりとした長身――神々しいまでに美しい男性が、目の前にいた。


 けれど私にはわかる。その金色の瞳は見間違えるはずもない。

 この瞳は、間違いなくゼルのものだ。


「アーデルには指一本触れさせん」


 あまりに自然で優雅な動作で私が羽織っていたローブを身に纏い、彼はエドガー様に冷たく告げた。


「な、なんということだ……」


 その姿を前に、エドガー様は膝をつき、その後ろでイリスもひれ伏した。

 理由はわかる。今のゼルからは、腰を抜かしてしまいそうなほど強大な魔力が溢れ出している。

 その力は、怒りとなって彼らに向けられている。近くにいるせいか、私までビリビリと肌が痺れてくる。


「まさか、あなたは……聖神――!?」


 震える声でそう言ったエドガー様を、ゼルは冷たい目で見下ろしている。


 聖神――それはその名のとおり、聖女以上に神に近い、神聖で特別な力を持つ存在。

 実在しているのを見たことはないし、過去の文献にも詳しいことは書かれていない。


 ゼルにはまだ解放されていない大きな力があるのは感じていたけれど、まさか彼が聖神だったなんて。さすがにそれは予想できなかった。


「このような無礼を働いて、命があると思うなよ」


 ゼルの声は威厳に満ち、彼の周囲の空気が凍りつくような感覚に包まれる。

 誰も、その冷たく圧倒的な威圧感に逆らうことはできない。


 けれどそんな冷たさの中で、彼がふと私に目を向けたときだけ、その瞳には優しい光が宿っていた。


「まったく、おまえは何を考えている、アーデル。おまえが危ないところだったではないか!」


 その声は厳しくも、心配と安堵の感情が滲んでいた。


「ごめんなさい……でも、ゼルを守りたかったの」


 私が小さく言い訳すると、ゼルは少しだけ目を細めて頬を赤らめ、溜め息をついた。


「……まぁいい。後でしっかり教えてやるとして――貴様ら、覚悟はいいな」


 そう言って、ゼルは震えるエドガー様とイリスに再び冷めたい視線を向ける。


「貴様らはアーデルを生贄にしたのだったな。国中の魔物を寄せ集め、同じ目に遭わせてやろうか」

「どどど、どうか……ご勘弁を……!」


 その圧倒的な言葉に、二人は顔を青ざめさせ、今にも失神しそうになっている。

 彼になら、本当にそんなことが可能なのだろう。


 私は深く息を吸い込むと、二人を見据えて口を開いた。


「彼が魔獣ではないと、よくわかりましたか?」

「は、はい……! 本当に申し訳ございません……!!」

「今後二度と、軽率な行動を取らないと約束してください。それから、私を見殺しにしようとしたことも、きちんと謝罪してください」


 それを聞き、二人は肩を震わせながら頭を垂れた。


「本当に申し訳なかった、アーデル!! この通りだ、許してくれ!!」

「私も、本当にごめんなさい……」

「おい、待てアーデル!」


 謝罪する二人の前で腕を組んで立つ私に、ゼルが慌てたように声を張る。


「何を許そうとしている!」

「わかってもらえてよかったじゃない。私も謝罪してもらえてすっきりしたし」

「いいや、謝罪では済まさん。こいつらは俺が処分する――」

「私もそうしたい気持ちでいっぱいだけど、これでも一応、彼らは神に仕える者よ。それに、王都に聖女が一人もいなくなるのは、厄介だと思わない?」


 そう続けた私の言葉に、ゼルはわずかに眉を寄せて沈黙した。

 そして少し考えた後、小さく頷いた。


「……なるほどな」


 ゼルも私の言いたいことを察してくれたのね。


「……仕方ない、では今回だけは許してやろう。その代わり、条件がある」

「なんなりと」


 震えながらも身を縮めるエドガー様とイリスを見下ろしながら、ゼルが告げる。


「聖女アーデルを、このまま我が屋敷に住まわせる。そして貴様たちは今後もアーデルの分も、しっかり働くことだ」

「ゼル……」


 ゼルの言葉を聞いた瞬間、胸がじんわりと熱くなった。


 私も、できればこのままずっとここで暮らしたいと思った。でも、私は聖女。二人を処罰したら、私が王都に戻って聖女としての務めを果たさなければならない。

 でもゼルは、私の気持ちを汲み取り、これからも一緒に暮らすことを望んでくれた。


 その事実が、私はすごく嬉しい。


「しかし、彼女は聖女で……!」


 エドガー様が抗議しようとしたけれど、ゼルは冷たく一蹴する。


「その大切な聖女を俺に捧げたのは、誰だった?」

「……っ」


 ゼルの冷徹な問いに、エドガー様は言葉を詰まらせた。彼の額には冷や汗が滲んでいる。


「彼女はもう聖女はやめたのだ。今更勝手なことを言うのは許さん」

「…………っ、承知いたしました」


 エドガー様はがくりとうなだれるように再び頭を低く下げた。

 聖神ゼルの言うことに逆らえる者はいない。


「……お姉様」


 そのとき、イリスが震える声で私を呼んだ。


「神殿は今、大変な状況なの。私一人の祈りでは民を救うことはできない。このままだと、国そのものが……」

「ふん。アーデルの知ったことか」


 私の代わりに、ゼルが「関係ない」と言うようにイリスの言葉を遮ったけど、震えながら発言した彼女の言葉に私はちくりと胸を痛めた。

 なんの罪もない人たちが苦しみ、傷つくことは私も望んでいない。


「……わかった。これからも祈りは捧げる。聖女の祈りはどこから捧げても同じことでしょう?」

「まったく、おまえはどこまでお人よしなんだ」


 ゼルが呆れたように言いながら私を見つめる。その視線は冷たいようで、どこか優しい。

 そんなゼルに微笑み、私はエドガー様とイリスに向き直った。


「あなたたちのためではなく、民のために祈ります。あなたたちも、これからは自分の欲や立場ではなく、この国の未来や人々のことを考えてください」

「……本当に、申し訳ありませんでした……っ」


 私の真摯な言葉に、二人は項垂れるようにして頭を深く下げ、涙ぐみながら謝罪を繰り返した。



 こうして、ゼルのおかげで私はここでの快適な暮らしを続けられることになったのだった。



 ……ゼルがもふもふじゃなくなってしまったのは、ちょっぴり残念だけど。



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