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08.再び訪れた婚約者と妹

 ゼルとオリヴァと、三人での暮らしがひと月ほど続いた。

 私は心から穏やかで快適な毎日を送っている。


 幼い頃、聖女と言われて神殿に連れていかれた私に、両親との思い出はほとんどない。

 とにかく国のため、民のために働くのが聖女の宿命だと教えられ、日々努力してきた。

 魔王を倒した後も、伝説の聖女としての期待を一身に背負い、私は全力で応えようとしてきた。


 そんな生活からの解放は、正直言って最高だった。


 ちょっと素直じゃないけれど、可愛いゼルと、料理上手で気のいいオリヴァ。

 そんな二人と過ごす時間が、今の私にとって何よりも大切だった。

 まるで新しい家族ができたみたい。


 できればこのままずっとここで、三人で楽しく暮らしたい。


 そう願ってしまった私に、現実に戻らなければならないときが、とうとう訪れた――。




「ここが魔獣の城だな!!」


 その日。突然、エドガー様とイリスが魔の森にやってきたのだ。

 久しぶりに聞いた元婚約者の声に、私の胸がぎゅっと締めつけられる。


「……やっぱり来たのね」


 彼らを迎えるように、すぐに外に出た私とゼル。

 オリヴァには、屋敷を守るようゼルが命じた。オリヴァは結界を張るのが得意らしい。

 ……もしかしたら、十年前もゼルはオリヴァを守るために、彼を屋敷に留めたさせたのかもしれないと、ふと思った。


『自ら殺されにきたか』


 ゼルは低い唸り声を上げ、二人を威嚇している。

 イリスは怯えるようにエドガー様の背後に隠れていた。


「大丈夫よ、ゼル。私が守ってあげるからね」


 そんなゼルを安心させようと声をかけ、私は自分自身に気合いを入れる。


「アーデル! やはり君は生きていたのだな……」


 エドガー様の私を見る目に、驚きと焦り、そしてわずかに未練のような色が浮かんで見えた。

 私がゼルに喰べられるとでも思ったのかしら?


「私は……ここで彼と一緒に暮らしています」

「暮らしている、だと? なぜ聖女が魔獣と。あり得ない……!」


 彼らの動揺する様子に、私はかすかな苛立ちを覚えた。神殿長のくせに、まだ彼が聖獣だとわかっていないのね。


「あなたたちに見捨てられて、私はもう聖女をやめました。誰にも縛られず、自分の意志で生きていくと決めたのです。それに彼は魔獣ではなく、聖獣フェンリルです!」


 私がそう告げると、エドガー様は驚いたように目を見開いた。


「何? 聖獣だと?」

「はい、よく見てください! 神殿長エドガー様。あなたにならわかりますよね?」


 彼の、相手の魔力や性質を見極める力は本物だ。だからこそ、若くして神殿長に就任したのだから。


 私の言葉に促され、エドガー様がジッとゼルを見つめた。

 ゼルもまた、低く唸りながら鋭い牙をむき出しにして彼を睨み返している。


「……確かに、ただの魔獣ではなさそうだ。しかし、あの魔力は危険すぎる。魔王にも劣らない……いや、それ以上だ。これまで僕の予知が外れたことはない!」

「そうよ! まさかお姉様、闇落ちしたの!?」

「違うわ、話を聞いて――!」


 エドガー様もイリスも、ゼルを前に興奮している。私の話を全然聞いてくれない。

 二人の目に浮かんでいるのは、明らかな恐怖……ゼルを、恐れているのね?


 ゼルの力が凄まじいのは事実だけれど、どうか落ち着いて彼の本質を感じ取ってほしい。そうすれば、彼が神聖な存在であるとわかってくれるはず。


『憎き聖女め……あいつら、今すぐにでも噛み殺してやろうか』

「ほら! やっぱりそいつは危険よ!」

「ゼル、そんなこと言わないで?」


 ゼルには悪いけど、少し黙っていてほしい。話がこじれてしまうから。


「彼は人を襲ったりしない! 聖獣フェンリルよ!」

「その魔力……十年前の魔王を思い出すわ。お姉様にはわからないの!?」

「魔王……?」


 イリスの叫びに、私は言葉を詰まらせた。

 確かに私も、ゼルに恐ろしいほどの力が隠れているのは感じていた。

 でも、彼は聖獣よ。聖獣が魔王? ……そんなはずないわ。


「ゼルは魔王じゃない。邪悪な魔物じゃない!!」


 胸の奥から湧き上がる思いを、はっきりと口にする。

 その言葉に、ゼルが少しだけ反応してこっちを見たような気がする。


 だけど、エドガー様とイリスの視線に浮かぶ疑念と恐怖は、まだ消えていなかった。


「ええい、もういい! 闇落ちした聖女は厄介だ!」


 痺れを切らしたように、エドガー様が呪文を唱えた。空気がピリピリと緊張を帯び、次第に高まる魔力の波動が周囲の木々をざわめかせる。

 それと同時にゼルが低く唸りを上げ、エドガー様に向かって飛びかかろうとするのが見えた。


「待って、ゼル!」


 いくらゼルが聖獣でも、生まれて間もない彼が神殿長と聖女相手に無事で済むとは思えない。

 私の浄化の力は、人間である二人には通じない。


 エドガー様の攻撃魔法が完成する寸前、私は反射的にゼルの前に飛び出した。


 ゼルのことは私が守ってあげると約束した――!

 何があっても、彼を傷つけさせない!!


 エドガー様の周囲に濃密な光が渦巻き、それが鋭い槍のように形を変え、こちらへ向かって放たれる。


「ゼル!」

『!? なぜおまえが……!』


 ゼルの声が耳元で震えるように響いた。


 私の力がエドガー様に敵うかはわからない。それでも渾身の魔力を集中させてシールドを作り上げ、ゼルを守るようにぎゅっと抱きしめた。


 瞬間、まばゆい光が世界を埋め尽くす。

 シールドが私とゼルの身を守っているのを感じる。痛みはない。


 エドガー様の攻撃を防げた? 私の魔力が彼を上回ったの……?


 ……いいえ、違う。これは私の魔力ではない。それ以上に大きく、圧倒的な力――。


「ゼルの……魔力?」


 ぽつりと呟き、閉じていた目をそっと開けた瞬間、私は目の前にいるその存在に息を呑んだ。




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