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04.油断しておくがいい ※ゼル視点

「では、私もいただきます!」


 隣では聖女アーデルが楽しそうにスプーンを手に取り、コンソメスープを一口飲んだ。

 ちゃっかり彼女の分の食事も用意したのか……。オリヴァは気が利きすぎるぞ。


「うん! 美味しい!」

「当然ですよ。私が作ったのですから」


 感嘆の声を上げる彼女に、オリヴァは得意げに答える。


「へぇ、オリヴァって料理上手いんだ」

「私に苦手なことはありません」

「すごーい!」

『…………』


 二人が楽しそうに会話しているのを、俺は横目で眺める。


 ――こいつら、なんか仲良くなってないか?

 聖女に褒められて、オリヴァが満足げなのが余計に癪だ。


「そういえば、ゼルは生まれたばかりなのよね?」

「ゼル様がこの姿で誕生して、三年ほどでしょうか」

「え? そうなの?」

「はい。誕生はされましたが、ずっと眠っておりました。定期的に様子を見に行っていましたが、ようやく目覚められて、私も嬉しいです」


 オリヴァの説明に、俺が三年も眠っていた事実を初めて知った。

 やはり、聖女の力が俺を目覚めさせたのかもしれない。


「そうなんだ。じゃあ三歳かぁ……人間でいうと、二十代半ばくらいかな?」


 聖女アーデルが無邪気な声で言う。


『俺を犬と一緒にするな! だいたい、俺の精神年齢はそんなものでは済まぬ。これまで何百年生きてきたと――』


 怒りを込めて反論しようとしたが、彼女はまるで聞いていない。ににこにこと俺を見つめ、更に言葉を重ねる。


「へー! ゼルはすごいのね~」

『信じてないな……』


 これはどう考えても信じていない目だ。それどころか、よしよしと頭を撫でられ、俺は怒りを通り越して呆れた。


 聖女め……。この俺を完全に舐めているな。だが――いいだろう。

 俺は内心で冷笑する。


 見ていろ。今は好き勝手に笑っていればいい。この俺を撫でたり、褒めたりして気分がいいだろうが、それも今のうちだ。

 俺の本当の姿を知れば、その穏やかで愛らしい顔はどうしようもなく恐怖に歪むだろう――!


 その瞬間、頭を撫でる聖女の手が止まった。


「ゼル、もしかして疲れてる?」

『……は?』


 ふと心配そうに俺の顔を覗き込んでくる彼女に、俺の口からは間の抜けた声が漏れた。


「目覚めたばかりなんだから、無理しないでね」

『…………』


 その言葉が思いがけず、俺の胸を抉った気がした。

 なぜそんな目をする? 俺はおまえが倒した魔王だぞ――。


 ……いや、今は聖獣フェンリルの姿をしているのだった。

 彼女は俺が魔王だと知らずに心配しているのだ。俺の正体がわかれば、冷たい目を見せるに決まっている。そして再び、俺を――。


「ゼル?」

『……ふん』


 今度は油断しない。聖女は俺が倒してやるのだ。


 自分にそう言い聞かせ、あえて冷たく尾を振るだけにとどめた。

 だが彼女の優しい手の感触が妙に離れず、胸に残っていた。




     *




 結局三人で食事を終えると、聖女は後片付けを手伝うと言ってオリヴァとともにキッチンへ向かった。

 一方、元魔王である俺は一人、自室に戻ることにする。


 この城の中で俺の部屋は一番広い。大きなベッドに立派な調度品が並び、前世の俺が使っていたものに加えて、オリヴァが気を利かせて最新のデザインの服まで取りそろえてくれている。


 だが、今の俺にはサイズが合わない(・・・・・・・・)


『…………』


 クローゼット近くに置かれた全身鏡の前に立ち、自分の姿をじっと見つめる。

 陽光を浴びると青みがかった光を放つ毛並みは黒々として、艶やかでふわふわだ。

 額には立派な角が生えているが、今回は一本だけだ。

 ガラス玉のような金色の瞳は丸くて大きく、ツンと飛び出た鼻に、鋭い牙。


『……どう見ても、獣だな』


 やはり俺は聖獣フェンリルに生まれ代わってしまったらしい。

 あの聖女が俺を犬扱いしてくるのは、完全にこの見た目のせいだ。


『ふ……、聖女め、せいぜい油断しておくがいい』


 つい、しっぽをしょぼんと下げてしまったが、これはあの聖女を欺くには最適な姿だ。

 俺を守るなどと豪語していたが、本当は自分の心配をすべきなのだ!


 そう自分を奮い立たせながら、どうやってあの聖女に復讐してやろうかと思案する。

 俺をまったく疑っていないあの無防備で清らかな顔が苦痛に歪む瞬間を想像するだけで笑みが浮かぶ。


『泣いて謝っても許さんぞ』


 ふと頭によみがえるのは、俺を舐めきった笑顔で頭をよしよしと撫でる聖女の顔。その手の温もりは優しく、あたたかく、思わずこてんと倒れて腹を見せてしまいそうになる――。


『――はっ! 俺は何を思い出しているのだ!!』


 それだけでつい、犬のようにへそ天してしまいそうになった自分に気づき、慌てて全身を震わせる。

 こんなところを誰かに見られたら、元魔王としての威厳が地に落ちるところだった……!


 深く息を吐き、鏡越しに自分を睨む。


 ……この場に誰もいなくてよかった。


 自分でわかる。俺はまだ、本来の姿ではないのだと。

 この姿のままでは、聖女の思い通りになってしまうだけだ。

 いつか力を完全に取り戻したとき――それが聖女の最期だ!!


 その決意を胸に秘め、俺は鏡から視線を外した。


 だが、なぜだろう。毛並みに残るあの手の温もりが、今も妙に離れない……。



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