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33.確かな幸せ

 ゼルの城――いえ、今ではもう、〝私たちの城〟になったこの場所にも、春の風が吹くようになった。

 あんなに冷たかった城の空気も、今はオリヴァや私の笑い声、そしてゼルの不器用な優しさで、すっかりあたたかな温もりに変わっていた。



 ――夜、寝室の灯りが落とされると、私の世界はゼルだけになる。


「アーデル……もっとこっちに来い」


 低く囁くような声に誘われて、私は静かに彼の胸に身を預ける。

 あたたかくて、広くて、力強くて……この場所にいると、何もかもがどうでもよくなる。


「おまえがこうしてそばにいてくれるだけで、どれだけ癒されているか」


 ゼルが私の髪に手を伸ばし、指先でそっと梳く。

 その仕草はとても丁寧で、どこまでも優しくて、つい目を閉じてしまった。


「もう眠いのか?」

「ん……ちょっとだけ。ゼルの手が、気持ちよくて」


 正直にそう告げると、ゼルが喉の奥で笑った。

 彼の指が私の頬をなぞる。やわらかく、でも確かに愛を感じる手つき。


「それは困ったな。今夜はまだ寝かせるつもりはないんだが」

「わがまま」

「愛してる、アーデル」


 皮肉混じりの私の言葉をもろともせずに、愛を囁くゼル。ふいの囁き声が耳にかかって、私は全身が一気に熱くなる。

 目を開けると、すぐそこにゼルの瞳があって。


「ゼル……」


 私の言葉よりも先に、彼の唇がそっと触れてくる。

 ほんの一瞬、ためらうように、触れるだけのキス。でも、その後、彼は私を抱き寄せ、深く、熱く唇を重ねてきた。


 その優しさと熱に、私はすっかりとろけてしまいそうになる。

 心も身体も、彼に包まれて――私はもう、完全にゼルのものだ。


「もう……ゼルの意地悪……」

「意地悪ではない。アーデルが可愛すぎるんだ」


 彼の言葉にまた、胸がきゅんと音を立てた。

 何度だって好きになる。こんなふうに、大切にされて、愛されて。


 ――気づけば、彼の胸に抱かれて、その鼓動を聞いていた。

 静かな夜。カーテンの隙間から月明かりが差し込んで、ゼルの髪に銀の光を落とす。


「ゼル……私、すごく幸せだよ」

「俺もだ。アーデルがここにいてくれて、笑ってくれている――それが、何よりも幸せだ」


 彼の腕が、ぎゅっと私を抱きしめてくれる。

 その温もりが何よりも心地よくて、私はそっと目を閉じた。


 今夜は、どんな夢を見るだろう。

 でもきっと、目を覚ませば隣にはゼルがいる。

 それだけで、明日もまた、頑張れる気がした。




     *




 毎朝目を覚ますと、隣にはゼルの寝息。

 長いまつ毛に縁取られたその瞳はまだ閉じられていて、静かな寝顔が私の視界いっぱいに広がる。


「おはよう、ゼル。そろそろ起きて?」


 囁くように言うと、ゆっくりとまぶたが開いて、金色の瞳が私を映した。


「ううん……おはよう、アーデル」


 寝起きのゼルはいつもと違ってどこか無防備で、ちょっと可愛い。けれどその声音には、ほんのりと掠れた艶があって――


 ドキリと、胸の奥が熱を持つ。


「もう少し、ここにいろ」


 ゼルの腕が伸びてきて、ふわりと私の腰を抱き寄せた。

 そのまま背中を支えられて、自然と彼の胸に倒れ込んでしまう。


「だめよ。朝食が出来上がる頃だよ?」


 そう言ってみるけれど、心はもうふにゃふにゃだ。

 彼の体温があたたかくて、寝起きの甘ったるい声が耳の奥に残っていて、抗う気力が溶けてしまいそう。


「そんなもの、後でいい……」


 ゼルの指が、私の髪をゆっくり撫でる。

 その仕草があまりにも優しくて、気持ちよくて――。

 息を吸い込むたびに、彼の匂いが私を包み込む。


 そして、ぎゅっと、更に強く抱きしめられると、彼の心臓の音が近すぎる距離で響いた。


「……ゼル」


 見上げると、ぼんやりとした彼の視線がまっすぐ私を見ていて、その眼差しはどこまでも甘くて……熱っぽい。

 まるで、このまま食べられてしまいそうなほど。


「……その顔、ずるい。そんなふうに見つめられたら、本当に離れられなくなっちゃう」

「なら、ずっとこうしていろ。……いっそ、朝食なんてやめてしまえ」


 くすっと笑いながら、私は目の前にあるゼルの胸元に指を滑らせた。

 その肌に触れた瞬間、ゼルが小さく息を呑む。そんな彼の反応に、逆に私のほうがドキッとしてしまった。


「……また、オリヴァが起こしに来ちゃうよ?」

「……ちっ、あいつめ。放っておけと何度も言っているのに」


 少し名残惜しく感じながらも、私はようやくゼルの腕から抜け出して、ベッドの端に腰を下ろす。


「さぁ、起きて」


 そう言ってゼルに手を差し出すと、彼もしばらく名残惜しそうに私を見つめてから、やがて観念したようにその手を取ってくれた。




 午後になると、今日は少しだけお城の飾りつけ。今夜はヴォルター様が遊びに来る予定となっている。

 今ではすっかり、よき友人として、彼はよく遊びにやってくる。


「派手すぎるのは苦手だが……アーデルが望むなら、こういうのも悪くないな」

「でしょ? パーティーは楽しくしなきゃ」


 笑い合う私たちを、オリヴァは少し離れた場所から微笑ましく見ていた。

 きっと、彼も同じ気持ちだ。

 ゼルが穏やかで、楽しそうで――それが何より、楽しいのだと思う。


 ……そういえば、エドガー様。

 あの人は、逃げた先で結局神殿からの追及を受けて、正式な裁きを受けたらしい。

 度重なる罪。今度はもっと重い罰が課せられただろうけど……私はもう、彼のことを思い出しても胸が苦しくなることはない。

 私の隣にはゼルがいるから。


 彼は元魔王、ゼルヴァルドの生まれ変わり。

 でも今では私の大切な人で――この世界で、私が一番愛している人だ。


「ん? どうした、アーデル」


 真剣に飾りつけをしているゼルの横顔を見て小さく笑った私に、ゼルが問う。

 ふとした仕草で目が合うと、胸の奥があたたかくなる。


 ああ、私はこんなにも彼が好きなんだ。


「ねぇ、ゼル。これからも、ずっとこうして一緒にいようね」

「もちろんだとも。何があっても、俺はおまえの隣にいると誓うぞ」


 ゼルが私の手を握る。その温もりに、私は心から、幸せを感じた。

 彼の手は大きくて、頼もしくて、それでいて誰よりも優しい。

 ずっとこの温もりに触れていたい。そう願わずにはいられない。


 笑い声が響くお城――。

 夜になれば、シャンデリアが灯る広間で、大切な仲間たちとささやかな祝杯を交わすのだろう。


 平穏で、賑やかで、穏やかな日々。

 それがどれほどかけがえのないものか、私はもう知っている。


 今日も、これからも。

 私たちはずっと一緒に、平和で穏やかで、愛しい時間を過ごしていく。


 この手を離さない。

 私の未来は、ゼルとともに――それが何より確かな幸せなのだから。




お読みくださりありがとうございます。

これにて一旦完結とさせていただきます。

いつか機会があったらこの後の様子も書けたらいいなぁと思います!


面白かった!と思っていただけたら、完結のお祝いに評価の☆☆☆☆☆を塗りつぶしていってくいただけると嬉しいです!!


こちらも更新してます!よろしくお願いいたしますm(*_ _)m

『寿命が短い私の嫁ぎ先〜もうすぐ死ぬので我慢をやめて自由に生きます〜』

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