03.俺は魔王 ※ゼル視点
俺の名はゼルヴァルド。
前世は魔王。あの聖女にやられて滅んだ、伝説の魔王ゼルヴァルドである。
目を覚ましたとき、目の前にあの聖女がいた。
俺は生まれ代わって再びこの世に生を成したのだ。やはり俺は不滅だ!
ふはははは――! 復讐だ!!!
――そう思ったのだが、なぜだか俺は聖獣フェンリルに生まれ代わっていたらしい。
前世魔王だったこの俺が、聖獣だと!?
そんなおかしなことがあってたまるか!
これは、聖女の力の影響なのだろうか……?
だが、魔王としての記憶は鮮明に残っている。
魔王――魔族の王。
俺はかつて、魔物たちの頂点に君臨し、最強と恐れられていた。
魔物にとって、力がすべて。魔力の強い者が偉いのだ。
だから俺は、この地を支配する魔王となった。
とはいえ、特に何か目的があったわけではない。
人間を殺して喰ったり、村を滅ぼし支配しようと企んでいたわけでもない。
ただ、俺は強かった。それだけだ。
どんな魔物も、騎士も、勇者と名乗る者も――この俺には敵わなかった。
だがある日、幼い人間の娘が二人、俺の前に現れた。
それが、あの二人の聖女だ。
小娘ごときがこの俺に敵うはずがない――そう高をくくった結果が、あの惨劇だ。
聖女の〝浄化の力〟によって俺は綺麗さっぱり浄化され、身体は消滅した。
その後の記憶はおぼろげだ。長い間、暗闇の中で眠り続けていた感覚がある。
そして、再び目覚めたとき。目の前には成長したあの聖女がいたのだ。
今度こそ油断はしない。
そう思ったが……今世の俺は魔王ではなく、聖獣だった。
聖女の力で浄化されて死んだせいで、聖獣に生まれ変わるという奇跡が起きたようだ。
オリヴァの話によれば、あれから十年が経過しているらしい。
子供だった聖女はすっかり大人になっていた。だが、俺にはすぐにわかった。
忌々しい魔力――こいつは間違いなく、あのとき俺を殺した聖女だと。
一人は逃げていったが、肝心の〝浄化の力〟を持つ聖女は捕らえた。
そして俺は、魔族であるオリヴァが十年間守り続けてくれていた城(屋敷)に戻った。
城の中は、以前と変わらぬ快適さだ。
魔王でも聖獣でも関係ない。ここに聖女を捕らえ、俺は復讐を成し遂げてやる!
ふっ……、俺をただの可愛い聖獣だと侮っている愚かな聖女め。
さぁ、どうやって復讐してやろうか――!!!
「――ゼル様が復活されたので、張り切って用意しました!」
テーブルの上には、豪勢な食事が並べられていた。
黄金色に透き通ったコンソメスープに、こんがりと焼き色がついたローストチキン、瑞々しい野菜が色鮮やかなサラダ。
そして、デザートのチーズケーキにはベリーソースがたっぷりとかかっている。
見た目だけでなく、香ばしい匂いが鼻をくすぐり、これがまた食欲をかき立てる。
そういえば、オリヴァは昔から料理が得意だったな。
「わぁ、美味しそう……!」
俺の腹の内を知らない聖女アーデルは、すっかり油断しきっているようで、食事を前に目を輝かせた。
目の前にいるのが、かつて自分が倒した魔王ゼルヴァルドだというのに、なんという無防備さだ。
こいつをやろうと思えば、いつでも簡単にやれるな。
だが、今の俺にはもっと重大な問題がある。
『……どうやって食えというんだ』
皿の横にはナイフとフォークがきちんと並べられているが、聖獣である今の俺にはそれを扱う人間の手がない。
器用に口を使うなどという芸当は、このゼルヴァルドのプライドが許さない。
「あっ! そうでしたそうでした、失礼しました。つい以前と同じ感覚で作ってしまいました」
オリヴァが慌てた様子で頭を下げる。普段は有能な男だが、こいつにはこういう抜けたところがある。
魔王だった頃の俺は、ほぼ人間と同じ姿をしていた。
違うのは、頭に金色の角が二本生えていたことくらいだ。しかし今の俺は、人とは程遠い姿。
「これでどうでしょう? あ、テーブルの上じゃないほうがいいですね。失礼します」
そう言って、オリヴァは深めの皿に料理を移し替え、それをテーブルの下に置いた。
「さぁどうぞ、ゼル様!」
『…………』
張り切って言うオリヴァに、無言でそれを見下ろす俺。
確かに、これなら食べやすいのはわかる。
だが――これではまるで犬ではないか……!!
『いい! 俺もテーブルで食べる!』
「そうですか? ご無理なさらなくていいのに」
俺はしっかりと椅子に座って、オリヴァに言って首にナプキンを付けさせた。
そして堂々と皿に口を近づけ、まずはローストチキンにかぶりつく。
噛んだ瞬間、肉汁が溢れ出し、芳醇なハーブの香りが鼻腔をくすぐった。
ジューシーでやわらかい肉が舌の上でとろける。つい目を細め、思わず声が漏れた。
『……ふむ、悪くないな』
「それはよかった。ゼル様、しっぽが揺れておりますよ」
『う、うるさい……!』
照れ隠しで控えめに評価したつもりだったが、腹の底から湧き上がる満足感は隠せなかったらしい。
俺の反応に、聖女アーデルが嬉しそうに微笑んでいた。