28.魔王の本質※ゼル視点
ダンスを楽しんだ俺たちは長居せず、転移魔法で城へ帰ってきた。
侍女を連れてきてくれている、ヴォルターもともに。
しかしヴォルターとオリヴァは、「二次会だ」とか言いながら、食堂でワインを開けて飲み始めた。
アーデルは着替えるため、部屋に下がっている。
俺はアーデルと話をするため、先に一人庭へと出た。
夜の冷たい風が頬を撫でる中、庭園の奥にあるベンチに腰を下ろし、静かに息をつく。
――今夜、アーデルに話す。
今まで、ずっと隠していたことを。
俺がかつて、この地を脅かしていた〝魔王・ゼルヴァルド〟だったということを。
俺を倒したアーデルに、復讐するつもりだったのに……。
俺はいつの間にか、アーデルのことを好きなっていた。
彼女を守り、これからもともに過ごしたい。この気持ちをアーデルに伝えたい。そう思うようになっていった。
しかし、俺が元魔王であるとは知らない彼女に、この気持ちを伝えるのは間違っている。
俺のすべてを話して、彼女に理解してほしい。
今の俺を見てもらうためにも、過去の俺も知ってもらう必要がある。
それからでないと、俺の気持ちを伝えることはできない――。
「しかし、もしアーデルが俺を拒絶したら……」
その不安がないわけではない。
もし俺の正体が元魔王だと知って恐れ、アーデルがここから逃げ出したら?
それどころか、聖女として、俺を討つべき存在だと判断したら――?
そんなことを考えるたび、胸の奥がひどく締めつけられた。
だが、それでも。
俺はアーデルが好きだ。どうしようもないくらい、心の奥から、彼女を求めている。
だからこそ、隠し続けるわけにはいかない。
彼女に嘘をついて、偽りのままそばにいるのは、俺が最も嫌う欺瞞だ。
アーデルに向き合わなければ……。
俺が何者であったとしても、きっと彼女は今の俺を見てくれる――。
そう前を向いたとき――背後から、懐かしくも忌々しい気配を感じた。
「……!!」
瞬時に警戒し、バッと振り返ると、そこに立っていたのは白髪に銀色の瞳、そして白銀の服に身を包んだ男。
「よぉ、東の魔王、ゼルヴァルド殿」
懐かしい声。低く、嘲るような声が響く。
「……グライオス」
こいつは西の国に住まう魔王、グライオス。かつて俺ともやり合ったことがあるが、数百年は関わり合わずにいた男だ。
「なんの用だ」
「冷たいな。昔の盟友が訪ねてきたってのに」
グライオスは薄く笑い、俺を値踏みするような視線を向けてきた。
「今のおまえはすっかり腑抜けたようだな、ゼルヴァルド」
その言葉に、俺は眉をひそめる。
「腑抜けた……だと?」
「そうさ。聖女に殺されて十年……蘇ったと思って来てみたら、その聖女にうつつを抜かし、すっかり〝らしくなく〟なっちまった」
グライオスの言葉に、胸の奥がざわつく。
「俺がどう生きようと、貴様には関係ない」
「そうか? だがな、ゼルヴァルドよ」
彼は一歩踏み出し、俺の目をじっと覗き込んできた。
「おまえの中に眠る邪悪な力は、そう簡単に消えるものじゃない」
「……」
グライオスの声が妙に耳に絡みつく。
「今はいいさ。だがいつか、その聖女とやらをその手で殺すことになるんじゃないのか?」
俺は言葉を失った。心の奥底をえぐるような、鋭い言葉だった。
考えなかったわけではない。そもそも俺は、彼女に復讐する気満々だったのだから。
「……くだらん」
「くだらん? 本当にそう思うか?」
それだけ紡げた俺にグライオスは片手を上げると、闇の魔力をゆっくりと蠢かせた。白銀の霧のような瘴気が広がり、庭の花々が一瞬で枯れていく。
「何をする!?」
「おまえこそ、花ごときに何を焦っている?」
この庭の花は、アーデルが気に入っているものだ。それをこの男に壊された怒りを露にした俺を、グライオスは軽く嗤う。
「これが魔王の本質だ。おまえも忘れてはいまい?」
身体が無意識に強張る。
アーデルの笑顔が頭に浮かぶ。彼女が俺のことを優しく包み込むたび、俺の中の何かが癒されていくような気がしていた。
だが……本当にそれだけで、俺は彼女と同類になれるのか?
――いつか、俺の力が暴走したら?
――アーデルを、自分の手で……?
今は「あり得ない」と言い切れるが、グライオスの笑みが、俺の迷いを見透かしたように深まる。
「その聖女は、いつかおまえの力に恐怖するぞ。いや……本当は、おまえが彼女を恐れているのではないか?」
「……黙れ」
震えた声が漏れる。だが、グライオスは構わず続けた。
「魔王が聖女と交わえるはずない。たとえ何度生まれ変わろうとな。おまえがその女を壊してしまう前に、いっそ俺が始末してやろうか?」
「貴様――ッ!」
瞬間、俺の手が動いていた。魔力を込めた拳が、グライオスの頬を掠める。しかし、奴は容易く後退すると宙に浮き、楽しげに笑った。
「ははは! いいぞ、その顔だ。その殺意だ!」
「俺の力に、アーデルは怯えたりしない!」
「ほう? なら、試してみるといい。その女にすべてをさらけ出して、それでもそばにいられるかどうか……な?」
「……っ!」
グライオスの言葉に、俺は何も返せなかった。
「せいぜい〝人間らしく〟頑張ることだな」
そう言い残し、グライオスの気配が夜の闇に溶けて消える。
俺は拳を握りしめたまま、その場に立ち尽くした。
――俺の中の〝魔王〟は、本当に眠ったのか? それとも、ただ機を窺っているだけなのか?
夜風が冷たく吹き抜ける中、俺は静かに瞳を閉じた。
……アーデル。おまえは本当に俺のすべてを受け入れてくれるのだろうか――?