26.煌めくパーティー
夜会当日――。
私は全身鏡の前で、ふわりと広がるドレスの裾を軽く摘んでみた。
このドレスは、今日のためにオリヴァが用意してくれたもの。
深い夜空のような濃紺のドレスには銀糸で繊細な刺繍が施されていて、星屑のように煌めいている。髪はいつもより丁寧に編み込み、ハーフアップに仕上げた。ゼルの瞳の色に似た金色の髪飾りも、オリヴァが用意してくれたもの。
「うん……大丈夫、かな?」
いつもより少し華やかな自分の姿に、少しだけ落ち着かない気持ちになる。
このドレスを着るのを手伝ってくれたのは、迎えに来てくれたヴォルター様が連れてきた、侍女たちだった。
「アーデル様、とてもお似合いですよ!」
「本当に素敵です……! 殿方たちが目を奪われること間違いありません!」
侍女たちはうっとりとした表情で私を見つめながら、嬉しそうに囁き合う。なんだかくすぐったくて、少し頬が熱くなった。
そこへノックの音がして、ゼルの低い声が扉の向こうから聞こえた。
「アーデル、準備できたか?」
「うん、今行く!」
扉を開けた瞬間――私は思わず息を呑んだ。
……ゼル、格好よすぎる。
漆黒の礼服に身を包み、普段の無造作な髪はきちんと整えられている。シャツの襟元には黒曜石のブローチが留められ、彼の金色の瞳が、控えめな灯りに照らされて宝石のように輝いていた。
「ゼル、決まってるね。すごくかっこいいよ!」
素直な感想が、ぽろりと口をついて出る。
その言葉に、ゼルは、いつものように素っ気ない表情をしようとした……けれど、私が気づかないとでも思ったの? ほんの一瞬、耳まで赤くなったのを。
「……まぁ、これくらい普通だろう」
なんて言いながら、彼はちらりと私のほうを見た。そして、その視線がすぐに逸らされるのがわかる。
「……何?」
不思議に思って顔を覗き込むと、ゼルはわずかに眉を寄せて、低く息をついた。
「……いや、アーデルも似合ってる」
「えっ?」
「…………綺麗だ」
ぽつりと呟いたゼルの言葉に、今度は私のほうが赤くなる番だった。
不器用な褒め言葉。だけど、その一言がとても嬉しくて、胸がじんわりとあたたかくなる。
「ふふっ、ありがとう」
素直にお礼を言うと、ゼルは照れたように視線を逸らした。なんだか、いつもより落ち着きがないように見える。
……もしかして、私のドレス姿にドキドキしてるの?
そう考えると、なんだか嬉しくなってしまう。
「お二人とも、準備はよろしいですか?」
ゼルの後ろから、優雅な足取りでオリヴァが近づいてくる。品のあるシルバーのジャケットに白のシャツ、紫色のベストを合わせた礼装を身にまとい、少し長めの銀色の髪をきっちりと整えている。細身ですらりとした長身の彼は、まるで高位貴族のような雰囲気を醸し出していた。
「うわぁ、オリヴァもすごく似合ってる!」
思わず感嘆すると、オリヴァは微笑みながらそっと右手を胸に当ててお辞儀をした。
「ありがとうございます。ですが、今宵のあなたも大変美しいですよ。アーデル」
「えっ、あ、うん、ありがとう……!」
さらっとそんなことを言うオリヴァに、私は少し照れくさくなりながらも、ぎこちなく笑う。
その瞬間、隣でゼルが小さく舌打ちするのが聞こえた。
「やれやれ、オリヴァ殿は相変わらず女性の扱いが上手いですねぇ」
軽やかに笑いながら、正装したヴォルター様もやってきた。
「いやぁ、皆様そろって麗しい! では、そろそろ参りましょうか?」
ヴォルター様に応えるように頷いて、私は少しだけゼルの腕をとり、笑顔を向けた。
「ゼル、行こう?」
「ああ」
ゼルも軽く頷き、片手を上げる。すると、彼の周囲に淡い魔力が満ちて、やわらかな光が私たちを包み込んだ。
ほんの一瞬、身体がふわりと浮くような感覚。そして、次の瞬間――。
目の前には、煌びやかにライトアップされた王宮の庭園が広がっていた。
夜の静寂を打ち破るかのように、華やかな音楽が流れ、煌めくシャンデリアの明かりが空中を照らしている。夜会の会場となる大広間の扉が開かれ、豪奢な装飾の中で貴族たちが優雅に談笑していた。
「……着いたな」
ゼルが小さく息をつく。
ヴォルター様も、オリヴァも、みんなまとめて王宮に転移したのだ。
オリヴァはその景色を眺めながら、静かに微笑んだ。
「まさか王宮の夜会に参加する日がこようとは……」
「ふふっ、なんだか楽しみになってきた!」
私は胸の高鳴りを感じながら、煌めく夜会の会場を見つめた。