25.パーティーに行きたい
ある日の穏やかな午後だった。
その日、王宮で開かれる夜会の招待状を持って、ヴォルター様が屋敷にやってきた。
「王宮で大規模な夜会が開かれるのですが、ゼル様とアーデル様にもご出席いただきたくて」
ヴォルター様は爽やかな笑顔を浮かべながら、恭しく招待状を差し出した。
私は応接室のソファに座りながらその話を興味深く聞いていたけれど、隣に座るゼルは違った。
彼はヴォルター様の言葉が終わるのを待つまでもなく、あからさまに眉をひそめたかと思うと、冷たく言い放った。
「断る」
――即答だった。
間髪入れずの拒絶に、ヴォルター様が「やはり」とでも言いたげに小さく肩をすくめる。
「ちょっと待って、ゼル、まだ話の途中でしょう?」
「俺はそんな騒がしくて人間がたくさんいる場所に行くつもりはない」
慌ててゼルを見上げたら、彼はソファの背にもたれて腕を組んだまま無表情に言った。その声も態度も、つまらなさそう。完全に関心がない、という顔だ。
「でも面白そうじゃない? せっかくだし、一緒に行こうよ」
ゼルの腕を軽くつついて言ってみた。ほんの少しでも考えてくれればと思ったけれど、彼は微動だにしない。
豪華なパーティーなんて、最後に参加したのはいつだったかしら。聖女としての仕事が忙しかったし、そもそも私は社交的な場が得意なほうではない。
でも、ゼルと一緒ならきっと楽しいと思う。
「……行きたいなら行けばいい」
ゼルはあくまで素っ気なく言い放つ。その横顔を見て、私はほんの少し唇を尖らせた。
「ゼルと一緒がいいの!」
思わず力強く言ってしまい、ハッとする。ゼルの金色の瞳が、驚いたように私を捉えていた。
そして次の瞬間、彼の表情が揺らいだように見えた。頬にうっすらと朱が差し、視線がそわそわと揺れている。
「……そんなに俺と〝パーティー〟がしたいのか……ならば、この城でやればいい」
「え? みんなを招待していいの?」
「駄目に決まっているだろう。俺たちだけでやればいいと言ったんだ」
「それじゃあ意味ないんだけど……」
不満げに呟くと、ゼルは「じゃあ諦めろ」と言ってふいっと顔を背けてしまった。
うーん、これはなかなか手強いわね……。
ゼルは頑固だし、人が嫌いなのかもしれない。だけどこうして誘っても、まったく乗り気にならないなんて……。
「じゃあ……オリヴァと行こうかな」
何気なく呟いたつもりだった。だけど、それまで微動だにしなかったゼルの耳がぴくりとわかりやすく動く。私はその変化を見逃さず、内心で小さく笑う。
オリヴァは今、夕食の準備をしてくれていて、この場にはいない。でもきっと、誘ったら一緒に行ってくれるはず。
「……は?」
そう思った私の耳に、ゼルの低い声が響く。彼がじろりとこちらを見た。
「だって、ゼルは行かないんでしょう? だったら、オリヴァと二人で行こうかなって」
「待て。それはどういう意味だ」
さらりと告げたら、ゼルの目が鋭くなった。少しむっとしたような表情のゼルを横目に、私は知らん顔をしてお茶を一口飲んだ。
「ゼルは行きたくないんでしょ?」
肩をすくめて、彼の反応を窺う。
「……オリヴァと二人で行くだと?」
「うん。オリヴァならダンスも上手そうだし、夜会のマナーもちゃんとしてそうだし、エスコートしてもらえるかも!」
わざと明るく言ってみると、ゼルの表情が明らかに不機嫌になっていく。納得いかないというように目を細めて私を見つめている。
しばらく黙った後、ゼルは低く、でもはっきりとした声で言った。
「……仕方ない、俺も行く」
「えっ、ほんと!?」
思わずぱっと顔を輝かせる私。ゼルが渋々でも夜会に行く気になったことが嬉しくて、心から笑顔を向けた。
「ゼルと一緒に行けるの嬉しい!」
にこにこ笑う私を見て、ゼルの顔が一瞬で赤くなった。そのまま視線を逸らし、小さく、聞こえるか聞こえないかの声で呟く。
「…………可愛いな」
「何?」
すぐに聞き返すと、ゼルはビクッと肩を跳ねさせた。
「なんでもない!!」
慌てて顔を背けるゼル。その様子に、ヴォルター様がぷっと吹き出し、楽しそうに手を叩いた。
「では、オリヴァ殿もお誘いしておきますね。皆様でいらしてくださるのを楽しみにしております!」
ゼルはふてくされたように腕を組んでそっぽを向いたまま。明らかに機嫌は悪そうだったけれど、私は逆にどんどん楽しみになってきた。
どんなドレスを着ていこうかな? 髪飾りはどうしよう?
華やかな夜会の光景を思い浮かべながら、私は密かにわくわくしていたのだった。
更新再開します!!
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