24.ゼルと街歩き
その後、無事王都に到着した私たちは、街をぶらぶら歩きながらウィンドウショッピングを楽しむことにした。
「見て、すごーい! こっちも可愛い~!」
色とりどりの布地が並ぶ店先で、私は思わず目を輝かせる。繊細な刺繍の入ったショールや、やわらかそうなドレス。小さなアクセサリーショップには、可憐な花を象った指輪や、キラキラと光るピアスが並んでいた。
王都の商店街は活気に満ちていて、どこを見ても華やかだ。道行く人々の服装も洗練されていて、街全体が賑やかな祝祭のような雰囲気に包まれている。
そんな中、私は店先のショーケースを眺めながら、何気なく呟いた。
「これ、素敵だなぁ……」
ガラスの向こうに並べられたのは、繊細な細工が施された銀のブローチだった。花をかたどったデザインで、中央には淡い黄色の宝石が埋め込まれている。陽の光を受けてきらきらと輝くその姿に、私は思わず見とれてしまった。
途端に、隣にいたゼルの目が鋭く光る。
「買ってやろう」
「え、いいよ!」
「任せろ」
ゼルは自身満々に頷くと、店主に交渉するのかと思いきや――。
「この店ごと買う。価格を言え」
「えええ!?」
ゼルの堂々たる宣言に、私だけではなく、店主も周囲の客も一斉に固まった。
「そ、そんな急に言われましても……」
困惑する店主をよそに、ゼルは「ならば魔力で――」と呟きながら、指先にほんのり黒い魔力を灯し始める。
「ゼル! それはやりすぎよ!」
私は慌ててゼルの手を掴んだ。店主の顔は青ざめ、周囲の人々もざわざわと動揺している。
またゼルの感覚がずれてる!!
ゼルは「む?」と不思議そうな顔をしていたけれど、私の必死な表情を見て、しぶしぶ魔力を収めた。
「しかし、おまえはこれが欲しいのではなかったのか?」
「欲しいけど、そういうことじゃないの!」
私は店主に頭を下げつつ、ゼルの腕を引いてその場を後にした。
通りを歩きながらも、ゼルは不満げな顔をしている。
「……おまえが欲しいものは、すぐにでも手に入れてやろうと」
ゼルが困ったような顔で私を見つめる。その不器用ながらも真剣な思いが伝わってきて、私はそっとゼルの手を握り返した。
「気持ちはすごく嬉しいよ。でもね、デートって、一緒に歩いたり、おしゃべりしたりするだけでも楽しいものなの。買うだけがすべてじゃないよ」
「……そういうものなのか?」
「うん。私はゼルとこうして出かけられただけで、すごく楽しいよ」
そう言って笑いかけると、ゼルの表情が和らいだ。
「……ふむ。人間の価値観は難しいな」
それからは、ゼルも私のペースに合わせて、ゆっくり街を歩きしながら楽しみようになった。
小さな路地裏には、美味しそうな焼き菓子の香りが漂い、行商人が元気よく客引きをしている。
カラフルな布がかかった屋台には、熟れた果物や香辛料、珍しい植物の種までずらりと並んでいて、見ているだけでわくわくする。
私は店先の籠に盛られた果物を指さし、「オリヴァへのお土産を買っていこう」とゼルに提案した。
「このりんご、いい匂いがするよ」
手に取ると、ほのかに甘酸っぱい香りが鼻をくすぐる。オリヴァも喜びそうだなぁと思いながらゼルを見ると――。
「ならば、全部買ってやろう」
「だから、そういうことじゃないってば!」
ゼルの豪快な発言に思わず笑いがこぼれる。店主も一瞬ぽかんとした後、目を輝かせて「ぜ、全部!? 本当に!?」と食いついてきたので、慌てて「少しで大丈夫です!」と訂正した。
ゼルは少し不満げに「ふむ……」と唸っているけれど、「選ぶのも楽しいんだよ」と言うと、じっとりと真剣な目で果物を見比べ始めた。
「こっちの赤いのか……いや、こっちのほうが大きいな」
ぶつぶつと何かを言いながら、ゼルが真面目な顔で果物を品定めするなんて――なんだかおかしくて、また笑いそうになる。
そんな私の気配を感じたのか、ゼルがちらりとこちらを見た。その瞳に映るのは真剣な色で、少しだけ眉をひそめている。
「……そんなにおかしいか?」
「ううん。ゼルがこうして一緒に悩んでくれるのが嬉しいだけ」
そう言うと、ゼルは一瞬きょとんとした後、小さく咳払いをした。ほんのり耳が赤い気がするのは、気のせいじゃないと思う。
「ゼルが選んだって言ったら、きっとオリヴァは泣いて喜ぶよ」
「……想像できるな」
私たちは顔を見合わせて笑い合った。
気づけば、ゼルとの距離が少し近くなっている。
「……こういうのも、悪くないな」
ゼルのぽつりとした言葉に、私は笑顔で頷いた。
「うん、また来ようね!」
ゼルは少し照れくさそうに目を逸らしながら、小さく頷いた。その仕草がなんだか可愛らしくて、胸があたたかくなる。
こうして、少しずつだけどゼルとの距離が縮まっていくのを感じる一日になった。
もちろんオリヴァは泣いて喜んだ後、「一生大切にします!」と言い出したのをアーデルに全力で止められました。笑
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