23.変な場所に連れてこられた
「――それで、どこに行く?」
屋敷を出た私たち。少し緊張気味に尋ねると、ゼルは誇らしげに胸を張った。
「ふ……、デートだろう? 俺に任せてついてこい」
「わぁ、頼もしい」
ゼルがデートの場所を決めているなんて、なんか意外。その自信満々な様子に、逆に不安を覚えたけれど、私は期待を込めて頷いた。
ゼルには転移魔法が使えるらしい。さすが、聖神様。それなら王都まで一瞬で行けるわね。
「俺に掴まれ」
格好よくそんなことを言うゼルの腕に素直にぎゅっとくっつくと、彼の身体が少しだけ強張った気がする。
「……行くぞ」
「うん」
転移魔法なんて初めて経験する。ゼルが何か呟いた瞬間、空気がピンと張り詰め、足元がふわりと浮いたような感覚に襲われた。
次の瞬間、ぶわっと辺りを黒い靄が覆い、肌がひんやりと冷たくなる。まるで影の中に沈み込んでいくような感覚だ。
心臓が一瞬きゅっと縮こまり、思わずゼルの服を強く掴む。
――怖い。
目を閉じてしまったのに、暗闇の中で何かがざわめくような気配を感じた。背筋がぞくりとする。
魔法の力が私の身体を包み込むその瞬間、どこか別の次元に引きずり込まれるような錯覚を覚えた。
そして、ふっと足元に感覚が戻る。
「――着いたぞ」
ゼルの声とともに、私の身体はふわっと軽くなり、ようやく現実に引き戻された。
恐る恐る目を開ける。
そして、目の前に広がっていたのは――荒廃した大地だった。
瓦礫の山、崩れた城壁、焼け焦げた地面。
冷たい風が吹き抜け、どこからか鉄と土の混じった匂いが鼻を突く。
かつてここが壮絶な戦場だったことを、空気そのものが語っているようだった。
「……ええと、ゼル。ここは……、戦場の跡地……?」
王都の街に行くんじゃなかったの?
「そうだ。かつて俺が――じゃない、東の魔王と西の魔王がここで壮絶な戦いを繰り広げたのだ。見ろ、あの崩れた城壁! 当時の戦闘の激しさがわかるだろう!」
ゼルはどこか誇らしげに腕を組み、感慨深げに瓦礫の山を見渡している。
「そ、そうだね……」
いやいやいや、なんでデートに戦場跡なの!?
私はぎこちなく笑いながらゼルの熱のこもった説明を聞いたものの、どうしても楽しい気分にはなれない。
しかも魔王と魔王の戦いって……怖いんですけど!?
魔王が大量の魔力を使ったせいか、未だに瘴気が残っている。灰色の空気が揺らめき、地面には焦げた跡が広がっていた。
遠くで何かがうごめく気配がする。今にも恐ろしい魔物が出そうだ。
「でも、もっと違うところがいいなぁ……そうだ、何か食べに行こうよ!」
できれば、もっと明るくて楽しい場所がいい。ケーキとか、甘くて美味しいものがあれば最高だ。
「む? そうか。よし、では俺がとっておきの場所に連れていってやろう」
「本当? 楽しみ!」
私は気を取り直してゼルの提案に乗った。彼が選ぶ〝とっておきの場所〟とはどんなところなのか、ちょっとだけ期待してしまう。
美味しいパン屋さんとか、スイーツが食べられるお店とか、そういうところだったらいいなぁ……。
――が、その期待はすぐに裏切られた。
転移魔法で連れてこられたのは、どこまでも黒い霧が続く異空間。
その中に、ぽっかりと浮かぶ市場だった。
……怪しすぎる。
市場の入り口に掲げられた看板には、見たことのない文字が連なっている。
……何これ? 何語? 教養を身につけている聖女にも読めないなんて。
店の奥から響く奇妙な鳴き声や、何かが這いずるような音が不気味さを際立たせている。
見たこともない奇妙な生物が並び、うごめく生物の数々が目をギラギラさせている。
紫色に発光するキノコ、牙をむいた魚、時折バチバチと火花を散らしながら跳ね回る巨大な何かの唐揚げ……。
どれもこれも、人間の食文化とはかけ離れたものばかりだった。
ゼルはいつもオリヴァが作る人間と同じ料理を、美味しそうに食べてるよね……? 本当はこういうのが好きなの……?
「どうだ、素晴らしいだろう? ここは人間界ではそうそう手に入らない高級食材が揃う市場だ。新鮮なものしか置いていないぞ」
いや、新鮮とかそういう問題じゃないんだけど!?
「ほら、これは『生きたまま踊る炎蛇』だ。美味いと評判なんだぞ。俺はあまり好みではないがな」
ゼルが指さしたのは、文字通り皿の上でくねくねと踊る赤黒い蛇。赤黒い炎をまといながら器用に絡まり、時折宙に浮かび上がっては着地し、再びくねくねと踊り始める。
「ははは、活きがいいな」
「…………」
……これ、本当に食べ物? ゲテモノ料理っていう次元じゃない気が……。
そういえば、ここにある食材(?)は、オリヴァの部屋で見たぬいぐるみにそっくりだわ……。
「アーデル、何か食ってみるか?」
「う、ううん! ゼル、私は普通の人間の食事がいいな! いつもオリヴァが作ってくれているような……!」
必死に笑顔を作りながら、できるだけ穏便にこの場を去る方法を模索する。
「え? いつもと同じようなものでいいのか?」
「うん! っていうか、よく考えたらまだお腹空いてないかも!」
必死にそう言う私を見て、ゼルは少し考え込んだ。
「……そうか。ならばやはり、出かける必要などなかったではないか」
ゼルは少しがっかりしたようで申し訳ないけど、私は人間だから! ゼルってやっぱり普通の人間と感覚が違うのね。フェンリルだったしね……。
でも、ゼルもあまり好みではないって言ってたし、いつもオリヴァの料理を美味しそうに食べているから、食の好みは私と似ているのだと思う。
「王都に行こうよ! 私、ゼルと王都の街に行きたいな!」
「王都……アーデルがこの間まで住んでいたところだろう」
「でも忙しくて全然街には行けなかったし……、私はゼルと一緒に行きたいの!」
「……そうか?」
「うん!!」
魂を込めて首を縦に振る。これ以上ないほど強く頷く。
そうしたらゼルは嬉しそうに口元を緩めてくれた。
「そんなところでいいのなら、いくらでも連れて行ってやる」
「ありがとう!!」
これでなんとか普通のデートになりそうで、ほっと胸を撫で下ろした。
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