22.ゼルとお出かけ
その日、朝食を終えてまったりしていると、オリヴァが突然勢いよく立ち上がった。
「ゼル様、アーデル! 今日は二人で出かけてきてください!」
ぴしっと私たちを指さすオリヴァに、思わずゼルと顔を見合わせる。突然のことに、私もゼルも目を瞬かせるばかりだった。
「え、急にどうしたの?」
「そうだぞ、なんで俺たちが」
ゼルが疑わしげに眉を寄せたけど、オリヴァはにこりと笑った。でも目はまったく笑っていない。むしろ、どこか底知れない圧を感じる。
「ゼル様、よく考えてください。あなたが今やるべきことは何ですか?」
オリヴァの真剣な問いに、ゼルは少し考え込むように腕を組んだ。そして、ゆっくりと口を開く。
「……昼寝?」
「違います」
「……風呂?」
「違います」
「……飯を食う?」
「それはさっき済ませました」
オリヴァは溜め息混じりにこめかみを押さえた。その肩はわずかに震えており、隠しきれない呆れが滲み出ている。
ゼルは納得がいかないのか、若干不満げに眉をひそめ、「じゃあ、なんだ」とぼそりと呟く。
オリヴァはそこで一歩前に出ると、まるで大事な宣言をするかのように、堂々と胸を張った。
「あなたが今やるべきこと、それはアーデルとの関係を深めることです!」
「っ……!?」
思わず食後のお茶を吹き出しそうになり、慌てて口元を押さえる。ゼルのほうを見ると、彼は露骨に顔をしかめていた。
「関係を深めるって……」
「いいですか? 二人はもう少し、互いを知るべきなのです! というわけで、デートしてきてください!」
「で、デート!?」
突然の言葉に、私は思わず大きな声を出してしまう。ゼルもまた、驚いたように瞬きをしていた。
「そうです! 二人で街へ出かけ、美味しいものを食べ、楽しく会話をし、そしてお互いの新たな一面を発見する! 素晴らしい時間になること間違いなし!」
自身満々に語るオリヴァに、ゼルは渋い顔を見せる。
「……別にわざわざ出かけなくても、俺たちは――」
「なりません!!」
バンッとテーブルを叩く音が響いた。オリヴァの迫力に、ゼルが一瞬口をつぐむ。私もつい、無意識に背筋を伸ばしてしまう。
「いつもと違う場所に行くから味わえる刺激があるのです!! さぁ、ゼル様、アーデル、お出かけの準備をしてください!」
有無を言わせぬオリヴァの態度に、私たちは圧倒されるばかりだった。ゼルはしぶしぶと立ち上がり、諦めたように短い息を吐く。
「……仕方ない、行くか」
「そうだね……」
私は少し気恥ずかしさを感じつつも、ゼルと顔を見合わせた。
二人で出かけたことなんてないし……ちょっと楽しみかも。
こうして、私たちはオリヴァの強い勧め(という名の圧力)により、デートに行くことになった。
準備のため一旦部屋に戻ると、私はクローゼットの前で腕を組んだ。
「……何を着ていこう」
ただの街歩きなら、普段通りでもいいのかもしれない。でも、心のどこかで「せっかく二人きりの初めてのデートなのだから」という気持ちが湧いてくる。
――デート。
その言葉を思い浮かべるだけで、なんだか胸がそわそわした。
ゼルと二人で街を歩く。何かを見たり、食べたり、会話をしたり……そう考えるだけで、思わず笑みがこぼれそうになる。
「よし、せっかくだし、ちょっと気合い入れちゃおうかな!」
気持ちが決まると、私は軽やかに動き出した。
まずは髪をきちんと整え、普段よりも少しふんわりとした編み込みにする。それだけでなんとなく気分が上がるから不思議だ。
「服はどうしよう?」
可愛すぎるのは気恥ずかしいし、動きやすさも大事。でも、ゼルに「いつもと違うな」と思ってもらえたら嬉しいかも……。
悩んだ末に、少し上品なワンピースを選んだ。オリヴァが王都で流行のデザインのものを用意してくれていたのに、まだ一回も着ていなかったものだ。
淡い色合いで、裾がふわりと揺れるデザイン。普段の私よりちょっとだけ華やかで、でも気張りすぎないちょうどいい塩梅だと思う。
「うん、これなら!」
靴も歩きやすく、それでいて可愛いものを選び、最後に唇に控えめに紅をさした。
鏡の前でくるりと回ってみると、心なしかいつもより明るい雰囲気に見える気がした。
「……よし!」
小さく気合を入れて、部屋を出る。
広間に向かうと、既に準備を終えたゼルが待っていた。
「お待たせ!」
駆け寄って声をかけた瞬間、ソファに座っていたゼルがこちらを向いて立ち上がる。
「えっ」
ゼルも、いつもと違う雰囲気の服を着ていた。
普段の黒ずくめな衣装ではなく、少し上質な生地のシャツに明るめのブルーのベストと黒いジャケットを羽織り、すっきりとしたパンツを合わせている。髪もいつもの洗いっぱなしではなく、しっかりセットされている。
その装いは、彼のすらりとした体格をより引き立てていて、いつもの無造作な雰囲気とはまた違う、洗練された格好よさを感じさせた。
「ゼル……なんか、すごく……」
「なんだ」
「……かっこいい」
つい、本音がこぼれた。
ゼルは一瞬きょとんとした後、少しだけ照れくさそうに視線を逸らした。
「……オリヴァがうるさくてな。適当に着替えた」
その言葉とは裏腹に、彼の耳がほんのり赤いのを見て、思わずくすりと笑ってしまう。
そしてそんな彼の横で、オリヴァが咳払いをしながらゼルを肘で小突いた。
「おほん! ……ゼル様」
「ああ、その……アーデルも、いつもと雰囲気が違うな」
ゼルの金色の瞳が、じっと私を見つめる。普段、彼はあまり人の見た目を気にしたり、褒めたりするようなタイプではない。
だからこそ、こうしてまっすぐに見られると、なんだか妙に意識してしまって、私は慌てて視線を逸らした。
「そ、そうかな?」
「ああ、悪くない――」
「もう、ゼル様、そうではないでしょう? アーデル、とてもよく似合ってますよ! ねぇゼル様?」
ゼルなりに褒めようとしてくれているのはわかったけれど、オリヴァがそれでは納得しなかったようだ。
「……とても似合っている」
頬を赤く染めながらもぽつりと呟いたゼルの声が、やけに優しくて。私の胸はドキリと跳ねた。
「ありがとう、それじゃあ行こっか!」
そんなゼルに満面の笑みで応えると、彼は「ああ」と短く返事をして歩みを進めた。
ゼルと初めてのお出かけ、とっても楽しみ!