21.贈り物
夕方の涼しい風が吹き抜ける中庭で、私はもやもやと落ち着かない気持ちを抱えていた。
風に揺れる木々の葉がさらさらと音を立て、優しい夕日の光が庭の花々を黄金色に染め上げる。
どこか幻想的な光景のはずなのに、私の胸の奥には靄がかかったような感覚が残っていた。
最近、ゼルの様子がおかしい。以前よりも少し距離を取られているような気がするし、時折見せる憂いを帯びた横顔が気になって仕方がない。
「……やっぱり私に何か隠しているのかな」
気にしすぎだと思いつつも、胸の奥がもやもやとする。
この気持ちがなんなのか、まだはっきりとはわからないけれど――。
「アーデル」
不意に、低く落ち着いた声が背後から聞こえた。振り返ると、ゼルがやや緊張した面持ちで立っていた。
「ゼル!」
ゼルから話しかけてくれたことが嬉しくて、思わず弾けるように名前を呼んで駆け寄ると、彼は目を逸らしながら咳払いをした。どこか居心地が悪そうで、いつもより少しぎこちない。
彼の黒い上着が夕日に照らされて揺れ、金の瞳が淡く輝いている。
その姿を目にすると、さっきまでのもやもやが一瞬だけ和らぐ気がした。
「……これを、おまえにやる」
ゼルはそう言って、小さな木箱を差し出した。
「え? 私に?」
驚きながら箱を受け取り、恐る恐る蓋を開ける。
中には、黒い狼を象った精巧なガラス細工が収められていた。
「すごい……綺麗……!」
思わず息を呑んで、光にかざしてみる。
淡い夕日を透かして、黒いガラスが鈍く輝く。細かい彫刻が施されており、まるで今にも動き出しそうなほどリアルな造形に見惚れた。
狼の瞳の部分には、ほんのわずかに琥珀色のガラスがはめ込まれていて、どこかゼルの目を思わせる。
「王都の職人が作ったものらしい。……オリヴァが、買ってきた」
「え、オリヴァが?」
一瞬、少しだけ胸がしぼむ。
けれど、ゼルがこうして自分の手で渡してくれたことが何よりも嬉しくて、頬が自然と緩むのを止められなかった。
「でも、ゼルが私にくれたんだね。ありがとう、すごく嬉しい!」
顔を上げて微笑むと、ゼルは一瞬驚いたように目を見開き、それから視線を逸らしてわずかに顔を赤らめた。
「……アーデルが気に入ったなら、よかった」
ちょっとぶっきらぼうに言いながらも、耳の先まで赤くなっているのを私は見逃さない。
あれ……ゼル、もしかして照れてる?
そんなゼルが可愛く思えて、なんだか私までドキドキしてしまう。
彼のことをもっと知りたい。近づきたい。何を悩んで、何を思っているのかも。
プレゼントされた黒い狼のガラス細工をそっと握りしめながら、私はゼルの顔をもう一度じっくりと見つめた。
ゼルはそんな私の視線に気づいたのか、少し気まずそうに目を逸らし、ぎこちなく口を開く。
「……アーデルは、フェンリルの俺を『好き』だと言っていただろう?」
「え?」
「その……、俺に似ていると思った」
不意の言葉に、鼓動が跳ねる。
そっぽを向いたゼルの横顔はどこか恥ずかしそうで、まるで自分の本音を誤魔化すようにわずかに伏し目がちだった。
私はそんなゼルが無性に可愛く思え、胸がうずいて、無意識に彼の袖を掴んでいた。
「うん! ゼルに似てる。本当に可愛い! 大切にするね!」
そんな私の言葉に、ゼルは困ったように眉を寄せ、それでもどこか満足げに口元を緩めた。
「……そうか」
彼の優しさに触れるたび、胸がぽかぽかとあたたかくなる。
私はゼルからの贈り物を大切に抱きしめた。
もっと、ゼルとの距離が近づけばいいのに――そんなことを思いながら。