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19.様子がおかしいゼル

 ヴォルター様は「また来ます」と言って爽やかに手を振り、帰っていった。

 その後もゼルは私を避けている気がする。


 ゼルの態度が妙に気になった私は、その日の夜、彼に話を聞こうとゼルの部屋を訪れることにした。


「……ゼル、起きてる?」


 ノックをしてから扉をそっと開けると、月明かりが静かに差し込む部屋の奥、ゼルが大きなベッドで静かに眠っているのが見えた。


 ……寝顔、すごく穏やか。


 ゼルは疲れていたのだろうか。

 そういえば、今日は目の下にクマがすごかった。


「床でなんか寝るからよ……」


 普段は鋭い眼差しと堂々たる態度の彼も、こうしているとまるで別人のように優しげだ。

 私はそっとゼルに近づき、その整った顔をじっと見つめた。


『好きだ、アーデル――』


 あのとき、ゼルは照れくさそうにそう言った。

 ゼルの口からそんな言葉が出るなんて想像もしていなかったから、思い出すだけで胸がじんわり熱くなる。


 それに、すごく嬉しかった。


「……ゼルが、私を好き……」


 それってどういう意味だろう?

 私もゼルのことが大好き。オリヴァのことも、ヴォルター様のことだって、好きの部類。


 でもゼルから「好き」という言葉を聞いたとき、私はその意味を深く考え、追及してみたくなった。


 昨夜、ゼルの胸の中に飛び込んだとき。

 毛皮はなくても彼はあたたかくて、大きくて、頼りがいがあった。

 鋼のようにしなやかな身体、落ち着いた声、どこか安心する香り……。


「……それに、顔は本当に整っていて、格好いいよね」


 ぽつりと呟いて、顔が熱くなる。

 彼の寝顔にみとれて、思わず顔を近づけてしまったとき――。


「っ!?」


 視界が一瞬にしてぐるりと回転し、気づけば私はやわらかいベッドの上に押し倒されていた。


「おのれ……聖女め――ッ!!」


 眼前には、鋭く光るゼルの金色の瞳。まるで初めて出会った日のように、恐ろしい視線を私に向けている。


「勝手に入ってごめん……」


 あまりの気迫に、私は謝罪を口にしたけれど……。

〝聖女め〟だなんて、そんなに怒ることないじゃない。なんだかすごく他人行儀で、ちょっぴり悲しい。


「アーデル!?」

「……うん?」

「おまえ……、こんな夜中に何をしにきた!?」


 目が合って冷静になったのか、ゼルが私を認識してハッと表情を和らげた。

 もしかして、変な夢でも見てたのかな……?

 ゼルの低く、荒い息がすぐそばに感じられる。彼の手が私の両手をしっかりと押さえつけ、逃げ場などない状況だった。


「あ、あの……えっと……」


 まるで狩りの獣に捕らえられたかのような状況に、私は息を呑む。

 ゼルの体温がじわりと伝わり、心臓が早鐘を刻む。


「そ、それより、近いよ、ゼル……!」

「まさか、また俺を滅ぼすために――」

「え?」


 ゼルを滅ぼす? 聖神ゼル様を? またって何?


「何言ってるの? そんなわけないじゃない。その、ちょっとゼルと話がしたくて……」


 まだ夢と現実がごちゃまぜになっているのかしら?

 でも真面目な表情のゼルに、私の鼓動は鳴りやまない。


「話? なんの話だ」

「だから、それは……!」


 少し目を細め、じーっと私を見つめてくるゼルの視線に、顔が熱くなる。


 勝手に部屋に入ったのは私だけど、いつまでも押し倒されているこの状況は、正直言ってかなり……。


「ねぇ、お願い! そこを退いて、ゼル! この状況ってちょっと……」

「ああ……、そうだな」


 ハッとした様子で、ゼルは私の上から退いてくれた。


 ……でも、ゼルが本気を出したら、私なんてひとたまりもないということに気づいてしまった。

 強さも、威圧感も、想像以上だった。


 やっぱり夜中に一人でゼルの部屋に来るのは止めたほうがいいかな……。

 そんな反省をしつつ、私は身体を起こして深く息を吐いた。


「それで、なんの話があるんだ?」

「えっと……」


 ……あれ、なんだっけ?


「ゼルがドキドキさせるせいで、忘れちゃった」

「!? それはおまえが、寝込みを襲いにきたのかと思って」

「襲うわけないじゃない!」

「……なら、いいが」

「?」


 なんだかゼルの様子が、どこかおかしい気がする。

 私はゼルの言葉を頭の中で反芻して、ふと疑問が浮かんだ。


 襲うって……まさか本当に私がゼルを滅ぼしにきたとでも思っているの?

 聖女の私が聖神ゼル様を滅ぼすはずがない。

 まさか、魔王でもあるまいし――。


「ねぇゼル、さっきの『滅ぼす』って、どういう意味?」

「……!」


 それを聞いた瞬間、ゼルの顔に何かがよぎる。


「いや……なんでもない。少し寝ぼけていた」

「……そう」


 なんでもないと言いながらも、ゼルの視線が一瞬だけ私から逸らされた。


 ゼル、私に何か隠してる?

 ゼルのこういうところ、時々気になっていた。彼はどこか、私と距離を取ろうとしているような……。


「ゼル、私があなたを傷つけるなんて、そんなこと絶対にないよ」

「……そうか」


 まっすぐにそう伝えたけれど、ゼルはやっぱり私と目を合わせずに小さく呟くと、短く息を吐いて前髪をかきあげた。


「話はもういいな? 自分の部屋に戻って寝ろ」

「うん、そうする。おやすみ、ゼル」

「……おやすみ」


 結局最後までゼルは私の目を見てくれなかったけど……怖い夢でも見たのかな。


 もしかしたら、最初に会ったときにエドガー様とイリスに攻撃されたことが、彼のトラウマになっていたりして。


 そういえば、彼は聖女を恨んでいるような口ぶりだった。

 深く考えていなかったけど、それと何か関係しているのかな?



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