16.ゼルとの夜
夜も更け、静寂に包まれた私の寝室――。
「しかし、まさかこの姿でアーデルと一緒に寝ることになるとはな……」
私のベッドの上で仰向けになっているゼルが、天井を見つめながらぽつりと呟いた。
「ゼルが一緒に寝るって言ったんでしょう? それに、一緒に寝るのは初めてじゃないし」
「あのときとは話が違う……!」
私がくすっと笑うと、ゼルは照れたようにふいっと顔を背けた。
そのせいで、彼はベッドの端っこギリギリに身体を横たえさせている状態で、妙に緊張した様子で落ちそうになっている。
「ゼル、そんな端っこに寄ってると落ちるわよ?」
「構わん! むしろ落ちたほうがマシかもしれん……!」
苦しげに呟くゼルの耳が赤くなっているのが見える。
そんなゼルがなんだか無性に可愛くて、胸がくすぐられる。
それでつい、私はくすくす笑いながら彼の肩を軽くつついた。
「ねぇ、もう少しこっちに来たら? そんなに遠くにいたら話しにくい」
「話などせずに寝ればいいだろう……!」
びくぅっと大袈裟に肩を震わせて、顔だけをこちらに向けるゼル。
まるで純情な乙女だ。可愛い……。
なんだか妙に悪戯心が湧いてくる。もっとからかったら、彼がどんな反応を見せるのか、知りたい。
「もう、そんなに怖がらないでよ! ゼル、もしかして私のこと意識してるの?」
だからぐいっと近寄って、彼の耳にそっと息を吹きかけるように問いかけた。
「何をっ!?」
するとまた大袈裟に飛び上がったゼルがベッドから落ちそうになってしまった。
私は慌てて彼の腕を掴む。
「ごめん、そんなに驚かなくても……!」
「別に驚いてなど……!!」
ゼルが落ちることは防げたけれど、彼の顔は真っ赤になっている。
ゼル……どうしたの? お酒に酔ってる?
それとも、本当に私のことを、意識しているの……?
「俺は……、聖神だ! 気安く触れるな……!」
「何よ、今更。それに、フェンリルのときはくっついて寝たじゃない」
「だから、あのときと一緒にするな……!!」
「今も同じようなものよ」
私の手を離し、ぎゅっと枕を抱きしめているゼルは、最初の頃の、私を警戒していた時とまるで同じ。
姿が違うから、私も妙な気持ちになってしまうけど……中身は同じはずよね?
「警戒しなくても、襲ったりしないから大丈夫よ、ゼル」
「やめろ、アーデル! そんな薄着で抱きつくな――!」
姿が完璧な美青年だから、気を抜いたら私もドキドキしてしまうけど、中身はやっぱりゼルだから。
フェンリルのときと同じように、思い切って彼に抱きついてみた。
きっと一度くっついてしまえば、変な緊張もなくなると思って。
けれど――。
「…………」
ゼルの身体は、当然フェンリルのときのようにもふもふしていなくて。
薄い寝衣しか着ていない彼の身体は、硬い筋肉に覆われていた。
そういえば、以前浴室でゼルの裸を見てしまったときも、彼は無駄のない美しい身体をしていた。
そうだ……。彼はもう〝可愛いフェンリル〟ではなく、男性の姿をした聖神様――。
「あの……その、ええっと」
それを思い出したら、急に私が恥ずかしくなってきた。
ゼルも何も言わないし、妙な沈黙が流れてどうしていいかわからなくなる。
そっと彼を見上げると、口を開けたまま固まっているゼルと目が合った。
「――アーデル」
「……!」
そして、ゼルのごつごつとした男らしい手が、私の肩を掴む。私だって薄い寝衣一枚なのだ。ゼルの手の熱がやけに生々しく伝わってきて、少し身体が強張った。
真剣な声に、少し怒ったような真面目な表情。
薄暗い部屋の中、月明かりだけが静かに私たちを照らしている。
もし、このままゼルと――。
そんなことあり得ないとわかっていながら、一瞬そんなことを考えてしまった。
「もう寝ろ」
けれどゼルの手は、私の肩をぐいっと押して枕に頭を付けさせると、彼もそのまま私に背中を向けて寝てしまった。
「……おやすみなさい、ゼル」
「おやすみ」
もうゼルの表情は見えなくなってしまったけれど、返ってきた声は少しだけやわらかくなっていた。