15.ゼルとは前にも一緒に寝たし
「――そういえば、ヴォルター殿の寝室はどうしましょう?」
楽しい夕食中、オリヴァがふと思い出したようにぽつりと呟いた。
「昔はたくさん来客用のベッドがあったのですが、今は片付けてしまって、必要な分しか残していないんですよ」
「俺はどこでもいいですよ。ソファでも、床でも!」
にこやかに答えるヴォルター様に、オリヴァは困ったように肩をすくめた。
「そういうわけには参りません。ヴォルター殿はあんなに高価な品を持ってきてくれたお客様ですから」
「でもあれは俺が買ったものでもありませんし」
「とにかく、いけません!」
オリヴァはとても気が利く。
私に対しても、初日から私室を用意してくれたし、その後も「必要でしょう」と言って、女性ものの服や雑貨を用意してくれたのだ。
「困りましたね」
「やっぱり俺はソファでいいですよ」
遠慮がちに微笑むヴォルター様に、私は思いついた。
「……ヴォルター様は旅の疲れもあるでしょうし、よかったら私のベッドをお使いください」
その瞬間、ずっと黙っていたゼルが険しい表情でこちらを見た。
「アーデルのベッドで寝る……だと!?」
ゼルの声がいつにも増して低く、どこか焦りの色が見える。そんなゼルに、私はきょとんとしながら首を傾げた。
「え? だって、ヴォルター様はお疲れでしょうし、身体も大きいですからね。私がソファで――」
私がソファで寝ればいい。
そう言おうとしたのに、言葉の途中でゼルが間髪入れずに声を張った。
「駄目だ!! わかった、ならばおまえは俺のベッドを使え!」
「ゼル様の? ……しかし、聖神様のベッドだなんて、そんな恐れ多い……!」
ヴォルター様は恐縮し、両手を振った。
「いいや、おまえがアーデルと同じベッドで寝ることだけは絶対に許さん!」
「え? 同じベッド?」
ヴォルター様に私のベッドを貸して、私はソファで寝ようと思ったんだけど……。
どうやら彼は勘違いしているらしい。
「それでしたら、私のベッドを使ってもらうのはどうですか!」
「やめておけ」
そんな空気を察したオリヴァが、ひょいと手を挙げるも、ゼルがすぐに否定した。
「おまえの部屋は、あの悪趣味なぬいぐるみで埋め尽くされているだろう! こいつがうなされるのがオチだ」
「酷い……! あれは私の癒しですよ!!」
「異論は認めん」
ゼルの圧に、オリヴァはぶつぶつと文句を言いながら引き下がる。
確かにオリヴァのベッドにはなんのぬいぐるみなのかわからない悪趣味なもので埋め尽くされ、寝るスペースもない。
というわけで、結局ゼルが強引にヴォルター様に自室を使わせることにした。
ヴォルター様は「聖神ゼル様のお部屋で眠れるなんて……まるで夢のようです」と、既に夢見心地で感激していた。
「それじゃあ私たちも寝ましょう」
「ああ」
「おやすみなさい、ゼル様、アーデル」
そして、すべてが落ち着いたかのように見えたのだけど――。
「……どうしてついてくるの?」
「? 俺がアーデルのベッドで寝るからだろう?」
「え?」
当然のように私の部屋についてきたゼルに振り返って問うと、彼は「何を言っているんだ?」と言わんばかりの口調で答えた。
「なんだ、やっぱりおまえはあの男と一緒に寝たかったのか!? ああいう男がタイプなのか!?」
「そうじゃなくて……!」
そもそもどうしてベッドで寝ることが前提なのだろうか。ヴォルター様だって、ソファでいいと言っていたのに。
「……でもまぁ、いっか。ゼルとは前にも一緒に寝たしね」
「?」
彼がまだ人の姿になれないとき。私はフェンリルの姿をしたゼルにくっついて寝たことがある。
あのときのゼルはもふもふで、あたたかくて……とても気持ちよく眠れた。
ゼルは確かに人の姿をしているけれど、中身はまだまだお子様だし、そもそも人間が恋愛対象であるかもわからないし、気にすることないか。
焼きもちを焼いていたのは、オリヴァに対してもそうだったし、きっと寂しがり屋なのでしょうね。
「一緒に寝るの、久しぶりだね!」
「…………ああ、そうだな」
気にするのはやめて彼の目を見つめてそう言ったのに、なぜかゼルは私から目を逸らした。