14.賑やかな夕食
結局その日はヴォルター様が泊まっていくことになった。ヴォルター様が優秀な騎士だとしても、夜に魔の森を抜けるのはとても危険なのだ。
夕食時、テーブルにはオリヴァが手際よく用意した豪華な料理が並んだ。
湯気を立てるシチューや、焼き立てのパン。ジューシーなステーキの香りが広がる。
ヴォルター様はスプーンを手に取り、シチューを口に運ぶと目を輝かせた。
「これは絶品ですね! さすが、ゼル様のもとで仕える方は優秀なんですね!」
「お褒めいただき光栄です。さ、こっちのステーキもどうぞ」
「美味しそうだ!」
オリヴァが微笑む傍ら、ゼルは無言のまま黙々と食事を続けている。その表情はどこか不機嫌そうだ。
そんな彼のわかりやすい様子を見て、私からはつい笑みがこぼれる。
「ゼル、そんなに妬かないで。オリヴァの一番はゼルだから」
「妬いてなどいない!」
私の言葉に、ゼルはふいっと顔を背けたけれど、明らかにむくれている。
ヴォルター様とオリヴァがあまりに仲良くしているのが、気に入らないのだろう。
「そうですよ! 私はゼル様が一番です! さぁ、ゼル様もこちら召し上がってください。特製のローストですよ!」
オリヴァがゼルのお皿にラム肉を分けると、ゼルは渋々フォークを手に取る。その仕草が子供のようで、思わず頬が緩んだ。
「……美味い」
「でしょう? よかった! まだまだありますから、たくさん召し上がってくださいね!」
「俺が持ってきたワインにもよく合いますよ。さぁゼル様、どうぞ」
「……ああ」
ヴォルター様がゼルのグラスに赤ワインを注ぐと、彼も素直にそれを口にして満足そうに頷いた。
「アーデルは酒が飲めるのか?」
「もちろん! その辺の酒豪にも負けないんだから!」
「……ほう」
私もワインを注いでもらい、その日は四人でとても賑やかなディナーを楽しんだのだった。
夕食も終わりを迎え、心地よい満腹感に包まれていた頃。
「――いやぁ、それにしてもゼル様とアーデル様はお似合いですね!」
ほろ酔いのヴォルター様が、頬を赤らめながら愉快そうに笑い、グラスを傾けつつ突然そんなことを言い出した。
「ぶっ……!」
ゼルは飲んでいたワインを危うく吹き出しそうになり、慌てて口を押さえる。ゴホゴホと小さくむせる音が聞こえた。
「何を馬鹿なことを……!」
顔を赤くしてすぐに否定するゼルだけど、私は特に気にすることなく、穏やかに微笑む。
「ふふ、そうですか? それは光栄ですね」
「えっ?」
私のあっさりした返答に、ゼルは目を見開いて呆気に取られたようだった。
「……おまえ、本気でそう思っているのか?」
隣からひそひそ耳打ちしてくるゼルの声には、微かな動揺が滲んでいた。
「だって、こんなのただの冗談でしょう? 社交の場ではこんなお世辞、よく言われたわよ」
「何!?」
「いちいち真に受けていたら大変よ」
肩をすくめる私に、ゼルは明らかにガーンとショックを受けたような顔をした。
唇をわずかに引きつらせ、彼の金色の瞳が泳いでいる。
でも、貴族の間ではこんなことは挨拶のように交わされてきたことで、私は慣れている。
エドガー様との婚約中にも、よく言われた。
……私たちに、愛などなかったけれど。
「ほほう、ゼル様は意識しているんですね?」
「してない!!」
そんなゼルの反応に、すかさずオリヴァが目を光らせたけれど、ゼルは耳まで赤く染めて勢いよく否定した。
その反応がかえって怪しいということに、彼は気づいていないようだ。
「ははは、してますねぇ、これは」
「オリヴァ、黙れ!!」
ゼルはぎこちない動作で拳を握りしめてオリヴァを睨みつけたけど、当の本人はにこにこと笑うばかり。
ヴォルター様は相変わらずお酒を楽しみながら、依然として「お似合いですとも!」と、頷き続けていた。
「まったく……俺はもう寝る!!」
ゼルはぷいっと顔を背けると、勢いよく椅子を引いて立ち上がった。
そんなゼルに、彼が本気で気を悪くしてしまったのかもしれないと、私は声をかけることにした。
「ゼル、怒っちゃったの?」
「これは怒りではなく、照れですね」
「オリヴァ!!!」
けれど妙に確信めいた口調でそう答えたオリヴァに、再び食って掛かるゼル。
耳まで赤くなっているゼルが妙に可愛くて、私はとても楽しい気持ちになった。