12.お風呂でのハプニング ※ゼル視点
湯に浸かりながら、俺はぼんやりと湯気の向こうに揺れる光を眺めていた。
「はぁ……」
この屋敷の浴室は広々としており、壁には精緻な彫刻が施され、魔法で常に清潔が保たれている。
天井に設置されたクリスタルが淡い光を放ち、湯に反射して煌めいている。
その湯にはほのかに香るハーブが溶け込み、肌を優しく包み込む心地よさがあった。
贅を尽くしたこの浴室は、俺にとって一人でゆっくりと心安らげる空間。
「……復讐、するはずだったんだがな」
そんな安らぎの中、考えてしまうのはアーデルのこと。
彼女と過ごすうちに、いつの間にか〝復讐する〟という考えはどこかに吹き飛んでしまっていた。
彼女と一緒にいると、妙に心地いい。あの笑顔に、俺は何度救われたのだろう。
では俺はこのまま、アーデルと暮らしてどうしたいのだろうか。
今の俺は魔王ではない。
聖神という存在になり、人の姿も手に入れた今の俺なら、アーデルと一緒になることも可能――。
「いや、そんなことを考えてどうする……! 俺の心は今でも魔王だ、俺を滅ぼした聖女には復讐をしなければ……!!」
そう自分に言い聞かせて首を横に振る。湯が波打ち、濡れている髪が辺りに水滴をまき散らした。
「……そろそろ出るか」
アーデルのことを考えていたら、つい長湯をしてしまった。
さすがに少し、のぼせてきた。これではまともに思考が働かない。
ふぅ、と息を吐いて、俺は湯船から立ち上がり、壁際に置いていた布を手に取ろうとした、まさにその瞬間――。
「あ」
「っ!!?」
ガチャリと扉が開き、アーデルの声が耳に届いた。
何事かと思ったときには、目の前に布を抱えたアーデルが立っていた。
俺の思考も身体も硬直する。
目が合った瞬間、彼女の頬がほのかに赤く染まった。しかし、大きく丸い目をきょとんと見開いて視線を下げた彼女の頬が、一瞬にして真っ赤になった。
「……ごめん。ゼルが立派な男の子だって、よくわかった」
「…………!!!」
アーデルはそれだけ言い残すと、静かに扉を閉めた。
浴室に取り残された俺は、布を掴もうと伸ばしていた手をそのままぎゅっと握りしめ、声にならない悲鳴を上げる。
み、見られた――!!!
やり場のないこの感情を誤魔化すように、俺は反射的にもう一度湯船に飛び込み、耳まで真っ赤になっているだろう顔を湯に沈めた。
立派な……男の子……!?
もうダメだ。俺の魔王としての威厳は完全に崩壊した。
「……っいや、俺は魔王だ! 人間の小娘なんかに、こんな……!!」
ザバン、と勢いよく顔を湯から上げ、拳を握りしめて呟く。
それからしばらく経ち、落ち着いた俺はそーっと警戒しながら今度こそ本当に風呂を出た。
身体を拭きながらまだ頬の熱が引かないことに気づいて、ぎゅっと目を閉じ歯を食いしばった。
「――ゼル様、随分長い入浴でしたね……って、どうされたのですか?」
広間に行くと、オリヴァが心配そうに声をかけてきた。
俺はバスローブを着て、無言のまま頭をかきながら溜め息をつく。
「先ほどアーデルも顔を真っ赤にしてぶつぶつ言いながら部屋に走り去っていきましたが。何かあったのですか?」
「…………見られた」
「え? 何をです?」
「……俺が風呂に入っていたのに、アーデルが……」
「あ」
そこまで言って、オリヴァはすべてを理解したようだ。
「だ、大丈夫ですよ! ゼル様は偉大な魔王様なのですから! 魔王様の魔王様だって、偉大な魔王様です! 恥じることはありません!!」
「…………別に恥じてなどいない」
なんだかわけのわからないことを言っているオリヴァだが、俺を励まそうとしてくれているのだろう。
しかし、むしろその言葉のせいで逆に意識してしまって、余計に落ち着かなくなる。
「なぜ俺の入浴中にアーデルが入ってくるんだ……」
「あれー? おかしいですね、ゼル様が入浴中だと、言い忘れてしまったのかもしれません」
オリヴァは、ハハハーと軽く笑っている。他人事なのだろう。
「俺はもう寝る……」
「はい、ゆっくりお休みくださいね!」
それにしても……。
布で隠れてよく見えなかったとはいえ、ベッドに潜ってからも、白く滑らかなアーデルの素肌が俺の脳裏から離れない。
「……~~っくそ!」
思わず頭の上まで毛布を被り、その考えを振り払おうとするも、鼓動はいつまでもうるさいままだった。
どんまいゼル☆
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