11.こうなるはずじゃなかったのに ※イリス視点
こうなるはずじゃなかったのに――。
赤い絨毯が敷かれた謁見の間の中央で、私はただ震える足を必死に支えながら立っていた。
煌びやかなシャンデリアの光がやけに眩しく、目を開けているのも辛い。
国王陛下の厳しい眼差しが、私の心を抉るように突き刺さる。
「そなたたちの行いは許しがたい」
重々しい声が響く。私は唇を噛みしめ、ただただ頭を深く下げた。
エドガー神殿長……いいえ、今はただのエドガー。彼も、私の隣で硬直している。
これまで私たちは、神に仕える聖女と神殿長として、王宮からも一目置かれる存在だった。
なのに、あの〝獣〟が現れたことですべてが崩れ去った。
「……あの獣は、確かに魔王を思わせるほどの恐ろしい力を持っていました! それがまさか……聖神などというものに成り代わるなど……」
声を絞り出したエドガー様に、国王陛下の鋭い視線が注がれる。
冷ややかな空気が彼を押し潰すように満ちていく。
「言い訳は無用。そなたの過ちにより、我が国の神殿の名誉は地に落ちた。神殿長の座を辞すだけでは済まされぬぞ」
「は……」
エドガー様は神殿長としての立場を失っただけでは済まされず、父であるエーレンベルク伯爵から廃嫡され、財産のほとんどを没収された。
「今後はただの司祭として働き、神殿の掃除や雑務をこなしながら自らが犯した罪を見つめ直すことだ」
「……っ」
エドガー様は悔しそうに拳を強く握った。
彼ほど強い魔力を有している司祭が雑務など、あり得ないことだ。
しかし陛下の表情は微動だにしない。むしろ、冷たさが増したかのようだった。
投獄を免れただけでも、感謝すべきなのかもしれない……。
「そなたの行いが神殿や民にどれほど迷惑をかけたのか、よく考えるんだな」
私は息を呑む。冷たい汗が背中を流れ落ちた。
――次は私の番だ。
「そして、イリス・ホーエン。聖女として民を導くべき立場でありながら、己の欲に溺れ、姉である聖女アーデルを冒涜した。よって、今後は神殿ではなく王宮の監視下に置かれ、聖女としての務めを果たすことを命じる。許可なく外に出ることは禁じる」
陛下の言葉に、頭の中が真っ白になる。
「そ、そんな……っ!」
私は崩れ落ちそうになる膝を必死に支え、動揺を押し隠そうとした。
しかし、陛下の次の言葉が私の心を無慈悲に打ち砕いた。
「当然監視役は王宮の騎士に任せる。これまで神殿に仕える聖騎士たちに散々我儘を言い、彼らをこき使ってきたことはわかっているぞ。そなたには今後一切の贅沢を禁じる」
周囲の視線が痛い。王に仕える騎士たちは皆、私を軽蔑するように見つめている。
かつて私が王宮に招かれたときに向けられた眼差しとは、まるで違う。
「私は、私は……ただ……っ」
言葉が詰まり、涙がこぼれそうになる。
しかし今ここで泣いてしまえば、それこそ敗北を認めたことになる。
私は唇を震わせながら、なんとか気丈に振舞おうとした。
「下がれ」
陛下のその一言で、私は無理やり足を動かし、謁見の間をあとにした。
エドガー様もすっかり憔悴しきった様子で、黙って私の後ろをついてくる。
こうなるはずじゃなかった……私は、特別な聖女だったはずなのに……!
けれど、現実は私の思い描いたものとは違った。
私はこれから一生監視の目にさらされ、聖女としての役目を果たさなければならない。
美しいドレスも、自由な生活も、すべて奪われた。これじゃあ、投獄されるのと大差ないじゃない。
まるで牢獄のような環境の中で、私はただ祈りを捧げ続けるだけの存在になるのだ。
後悔が胸を締めつける。
私の人生は、こんなことにはならなかったはずなのに。