プロローグ
カツン.... カツン....
真っ暗な回廊に響くのは、一人の足音のみ。
しかしその床一面には、死屍累々という表現がこれ以上ないほどに似合うような数の人影が倒れ伏していた。その息づかいから辛うじて生きているのだろうが、それは逆にこの惨状をを引き起こした者が、そんな大勢を一方的に弄び、無力化できることの証明でもある。
その張本人。刀を腰に佩き、全身が黒ずくめという格好をした者は、その光景を前に辟易したように悪態をついた。
「目標は機密情報の奪取... だけなら簡単なのに。わざわざ建物まで念入りに潰せとか、最早嫌がらせの領域だな」
そんな言葉を吐き捨てつつも、その足取りはしっかりしており、階段を下りて地下へと向かっていく。
たまに警備員らしい、刀や、剣や、双剣を携えた者たちが侵入者へと切りかかるが、しかしその誰もがその刃を届かせることなく、先ほどまでの人影の二の舞を演じるように膝から崩れ落ちる。
「ん?」
今までその腰の刀を抜くまでもなく、すべての敵を屠って来た侵入者は、少しだけ警戒心を露わにし、そっと刀に手を添えた。
そして廊下の角を見つめて立ち止まる。
「出てこい」
「ばれてーら」
威圧的な声に対して帰ってきたのは、周囲の惨状には全くもって似合わないような軽い反応だった。そうして、その声の主を認識した侵入者は、刀に添えた手を放すと警戒心を取り下げる。
「天使... あと少し出てくるのが遅かったら、この刀で叩き切ってたたぞ?」
「はははは.... 冗談だよね?」
「流石にな、そう簡単に使う気はないさ。そこまで骨のある奴はいないし」
二人の侵入者は更に廊下を進んでいく。
そうして、警備員の百人くらいが追加で夢の世界へ旅立ったころ。一際大きい扉の前に二人は立っていた。
「どっちがやる?」
「俺はパス、どうしても音が出るからな。ここは地下だし、光も漏れないだろ」
「おっけー」
そんな軽い返事と共に、一人の腕が大扉へと向けられる。
次の瞬間にはあたり一面を覆い尽くすほどの閃光が瞬き、大扉はバターのように溶けて消え去っていた。
そのまま、なんてことも無さそうに部屋へと入った侵入者一行は、机の上に無造作に置かれた書類やら何やらを、紙屑のようにポイポイと袋に投げ入れる。
そんな作業が小一時間程続き、袋の容量が物理的な限界を突破し始めたころ。
「これで粗方入れ終えたかな?」
そんな風に独り言ちる侵入者の一人に対し、もう一人の方は無心な作業で何かを悟ったのか、遠い目をして疑問を口にする。
「なぁ、なんで俺達.... こんなことやってんだ?」
「知らん。上に聞いてくれ」
「はぁ...... なんで長期任務の前日まで他の任務をやらなきゃいけないんだよ。ブラック組織めッ!」
「社会的に見たら真っ黒通り越して犯罪者集団だろ」
「・・・確かに、納得」
外套に身を包み、顔には仮面をつけた二人組。声色からして”彼ら”だろう二人は、そんな談笑をしながら袋を担ぎ、地下の部屋を後にした。