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星の降る夜に、僕は何を願うのだろうか  作者: 大澤陸斗
星の降る夜に僕は何を願うのだろうか・上(幼少編)
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第二章「星の子」1

 ルカは部下五人を引き連れ、星の子の捜索へと向かった。最初は北西部の村から捜索し、そこから東へ移動しながら順々に村々を周った。


 しかし、訪れた村では、星の子と思われる子供が見つからなかった。人気のない廃村が刻が止まったように残っているだけで何も痕跡がなかったのだ。


 そして、今日訪れるパラナ村が捜索を行っていない最後の村である。王都サンドリアを発ってから一週間が経ち、食料もそろそろ尽きかけようとしていた。 


 ここで何も痕跡が見つからなければ一度捜索を断念し、更に大規模な捜索隊を組む必要が出てくる。なんとか見つかってほしいと切に願った。


 パラナ村は、北部領では最東端の村だ。敵国のテトフス帝国に最も近い位置にあり、敵方からは小規模の兵隊ならいつでも送り込むことが可能なため、国の方でも定期的に兵を派遣している村でもある。


 バーバスカム王国と敵国であるテトフス帝国は山脈によって隔てられている。


 その国境付近のパラナ村の周囲は当然、山岳地帯だ。小麦も米も栽培に不適で、住民は薬草や山菜を隣村に売って得た資金で米や小麦を調達して暮らしていた。


 だが、凶作に見舞われ米も小麦も手に入らなくなり、住民は早々に南部へ移住していたはずである。


 そのおかげでパラナ村では食べ物をめぐっての争いは起こっていない。 


 なら、星の子が住み着いていたとしてもおかしくないだろう。その可能性だけがルカにとっての希望だった。


 馬も体力の限界を迎えていた。


 長い遠征は体力を消耗してしまうものだ。それは人も馬も同じで、ルカの乗る馬も疲労気味なのか、時折不機嫌そうに鼻を鳴らす。


 幾つもの峠道を進み、ようやくルカ率いる捜索隊はパラナ村に到着した。東側には山頂付近を白く染めた山々が、まるで巨大な壁のようにそびえる。遠くから見た時はただの美しい山脈だったが、近くで見るとその迫力ときたら、頭上からくる圧迫感に圧倒されてしまう。


 村に入った段階では人の気配をまったく感じなかった。しかし、兵士なら気配を消すことも可能なため一応部下に注意を促す。


「ここは敵国に近い。一応警戒しておけ」


 ルカは村の入り口で馬を降りると一番手前にある建物へ向かった。西洋では珍しい茅葺き屋根に土壁の家。いかにも温暖で湿気の多い東洋諸国で主流の建築様式だ。中は土間と板間に分かれており、ほとんどの建物は一部屋しかない。


 家の前まで来るとルカは引き戸に左手をかける。


 静かとはいえ敵勢力が潜んでいる可能性は十分にある。


 敵国兵がこの家の中で息を潜めて待ち構えていると思うと、背中から冷たい汗が出てくる。


 ルカは腰に携えた剣をいつでも引き抜けるように、柄に手を添えた。引き戸を勢いよく開けた。


 バタンという音とともに一気に中へと入る。視線を回しても、人の影はなかった。


 ルカは警戒を解くと土間の釜戸を調べる。焚き口から中を覗いても新しく炊いた炭は見つからない。どうやらこの家は長らく使用されていないらしい。


 東方の国、ヨサ王国の出身であるルカは懐かしさを感じるその釜戸に実家を思い起こした。 


 米を山で採れた山菜と一緒に炊き、焼いて甘辛く味付けした猪肉と一緒に食べる。最近、食べてない故郷の味を思い起こしていると部下の一人が報告にやってくる。


「この村も食物庫は空のようです」


(食物庫が空なら敵国の兵が隠れ住んでいる可能性はないか……)


「わかった。他も捜索してくれ」


 ルカは他の家も手早く調べた。すると一軒だけやけに炭の匂いのする家があった。


 釜戸に汲められた木炭をよく見ると、割れ目から赤い光りが漏れている。誰かが使っていた証拠だ。


「釜戸の炭がまだ赤いな」


「本当ですね。誰か住んでいるのでしょうか?」


「お前はここに残っていろ。私は辺りを探してくる」


 家を出ると門から村の外へ出た。


 この時期、ここら辺は雨が多いことで有名だ。昨日も雨が降ったのか所々ぬかるんでいる箇所がある。


 辺りを散策すると子供のものと思われる小さな足跡が見つかった。足跡の向きからして山の裾野に向かっている。


 この足跡の主が星の子なら、少しばかり厄介だ。足跡が向かっているのは敵国の国境となる山。万が一国境を越えられては捜索がかなり困難になる。


 ルカは急いで足跡を追った。足跡はブナの森へと入っていき、やがて人がよく通りそうな道から、獣道へと入っていく。


(勘弁してくれよ。あんまり奥の方へは行きたくない)


 当然ながらこの辺の土地勘はあまりない。一度方角を見失えば戻ることはできなくなってしまうだろう。ここは戻って待つべきか……。だが、ルカに引き返すという選択肢はなかった。ルカは獣道を進み始めた。


 しばらく歩き、低木の枝をよけ、下草をかき分けて進み続ける。葉の雫に衣を濡らしながら進んでいくと、少女の後ろ姿が目についた。


 白銀に輝く艶のある髪を肩まで垂らした少女は、体の大きさからしてラルフと同じくらいの年齢に見える。手掛けの籠を持ち、その中からは鮮やかな緑のラムソンが姿を覗かせていた。笹の葉に形が似たその葉はニンニクにもネギにも似た匂いを発している。


 少女はこちらの存在に気付き、振り向くとルカを凝視する。黄色く宝石のように煌めく目が何かを探るようにこちらを見つめた。


「君が星の子か?」


 尋ねると、少女は頷く。


「そうだよ」


「名前は?」


「リオラ。おじさん、リオラを連れ去る気?」


人攫(ひとさらい)みたいに言わないでくれ。ただ保護しにきただけだ」


「ふーん。リオラ、これから王都につれていかれるのか……」


「そうそう……、って、なぜわかった?」


 ルカはリオラを凝視する。


(魔法で意志を声に出さずに伝えることはできる。考えを覗き見ることも可能だ。しかし今、私はそんなこと思っても考えてもいない。まさか、記憶を読み取ったというのか……) 


 これが星の子の力——。


 ルカの質問にリオラはうーんと首を傾げる。


「なぜと言われてもわからない。気づいたら他の人の気持ちとか、考えとか、いろんなことがわかるようになっていたから」


「そうか……。素直についてきてくれると、ありがたいのだが?」


 少女は少し考えたいのか視線を逸らした。しばらく木々を眺めると、こちらに向き直って口を開く。


「王都に人いっぱい居る?」


「ああ、いっぱい居る。うっとおしいくらいに沢山」


「美味しい食べ物いっぱいある?」


「私にとっては美味いが、君にとっても美味いかどうかは保証できない」


「でも干し肉よりは美味しいんだ」


「そうそう……って、また読んだのか」


 リオラは微笑する。それを見てルカは少し不快感をおぼえた。


 兵士として己の考えを先に読まれてしまうこと、それが命のやりとりをする戦場なら死に直結する。だが、目の前にいるのは子供。非力な子供に警戒をする必要はない。かえって疲弊してしまう。


 そんな思考を読み取っているのかリオラはうんうんと頷く。


 何もかも読まれていると思うと、自分のことが滑稽に思えてしまった。


 ルカは荒い口調でリオラに問う。


「それで、来るのか? 来ないのか?」


「いくよ。どのみち連れていく気なんでしょ」


 少女は素っ気のない態度で来た道を戻りはじめた。ルカは少女の背を追うように跡をついていく。村に戻ってきた時には、すでに日暮れ期になっていた。

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