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星の降る夜に、僕は何を願うのだろうか  作者: 大澤陸斗
星の降る夜に僕は何を願うのだろうか・上(幼少編)
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第三章「見送り人」6

 翌朝、僕は誰かがドアを叩く音で目が覚めた。エミリーの声が扉の隙間から聞こえてくる。


「ラルフ、起きてる?」


 その声を聞き起きようと思っても体が全く動かない。頭が割れるように痛く、全身に痛みと熱を感じた。とてもじゃないけど起き上がれそうにない。


「いった……」


 声も掠れた弱々しい音しか出てこない。


「ラルフ、入るわよ」


 扉が開き、部屋の中に入ってくると、エミリーは僕の顔を覗き込む。


「どうしたの、あんた? 朝の稽古サボって」


「……動けないんだ……」


「ちょっと顔赤いわね」


 そう言い、エミリーは僕の額に手を当てた。


「あっつ!? あんたすごい熱じゃないの。すぐ家政婦呼んでくるから」


 エミリーは慌てて出ていく。しばらくすると、不機嫌そうな面持ちの家政婦と一緒に戻ってくる。きっと仕事を中断されたのだろう。


 家政婦はやって来るや否や僕の被っていた布団を引っぺはがし、足や腕の筋肉を押す。家政婦の指が食い込むたびに筋肉痛をひどくしたような痛みを催した。


「熱があるって聞いてたけど、全身の筋肉が炎症を起こしてるわね。昨日ので、魔力を使い果たしちゃったみたい。今日はもちろん、明日も動けないわ。まあ、昨日しっかり働いてくれたから仕事のことは気にせずに今日も明日も休みなさい。後でお粥持ってくるから食べれそうな時に食べるのよ」


 家政婦は、エミリーを残してさっさと部屋を出ていった。


「それじゃあ、私は講義受けてくるからね。あんたの分もメモとっておいてあげるから」


「お願いするよ」


 しばらく静かな時間が続くと次第に眠くなり僕は再び目を閉じた。頭が割れそうな頭痛で目が覚めると、麦粥とポットとコップが乗った盆が机の上に置いてあった。


 僕はゆっくりと起き上がりポットに手を伸ばす。取手を掴み、持ち上げようとすると、それだけで指がちぎれそうな程の痛みが走った。なんとか痛みに耐えながら両手でポットを持ち上げ、中の液体をコップに注ぐ。コップに溜まった液の色は少し緑がかっていた。何か薬草を煮出したものなのか、飲んでみると薬っぽい味がする。 


 お粥は食欲がなくて食べられなかった。僕は再びベッドで横になり、目を閉じた。しかし、頭痛がひどく体が熱くなかなか寝付けない。しばらくベッドの中で悶えていると、何か冷たいものが額に触れた。すーっと痛みが抜けていき、体の火照りも一気に冷めていく。


 なんだろうと思い目を開けるとそこにはリオラがいた。


「リオラ、今何したの?」


「ちょっとおまじないをかけたの」


 嘘のようだった。頭の痛みも全身の体の火照りも完全になくなっている。僕は起きあがろうとするとリオラが慌てて手を伸ばした。


「ゆっくりね、症状を感じないようにしただけだから、安静にしてなきゃダメだよ」


 そう注意され、僕は言われた通り、ゆっくりと起き上がる。


「はいっ、お粥。リオラが食べさせてあげる」


「はあー!? 自分で食べられるよ」


 そうは言ったものの、腕の動きがすごく鈍かった。今の感覚と体の状態は本当に正反対にあるらしい。


「ラルフ、見栄を張ったらいけないよ。ラルフは今、重病人なんだから……」


 と、言うとリオラは木のスプーンで、柔らかくなった麦の実を掬い取り、僕の口元に近づける。僕は嫌々口を開けると、口の中にスプーンを突っ込まれた。口を閉じ、スプーンが引っこ抜かれ口内に残ったどろっとしたものを咀嚼(そしゃく)する。


「二人だけなんだから恥ずかしがらなくてもいいのに」


 と、ちょっと嬉しそうに微笑むリオラ。リオラは再び僕に食べさせるため粥を掬すくい取る。口元に運ばれるたびに僕は嫌々ながら食らった。


 お粥がなくなると、リオラは食器と盆を持ち、扉をあけて部屋の外に出ていった。閉め側に、


「またくるねー」


 と、嬉しそうに言うとリオラは扉を閉める。


 それからあまり時間があかずに再び扉が開いた。今度はエミリーが入ってくる。


「あんた、リオラのことが……」


「まさかね。僕は友達として仲良くしているけど、好きではないよ」


「そう、好きになっちゃうと別れが辛くなるからね……」


「……わかってるよ」


 僕はエミリーに背を向け、目を閉じた。







 静かな部屋で穏やかな寝息だけが聞こえる。


 エミリーは椅子に座り、自分よりもすこし幼い寝顔を眺めていた。


 いつもは小生意気なことを言う男の子だけど、弱っているところを見ると途端に幼く見えて、そばにいてあげたくなる。 


 エミリーは桶の水に浸しておいた布を絞り、ラルフの火照った顔を拭ってやる。


(こんなこと前にもあったな……)


 よく、弟が熱を出した時は看病してあげた。麦粥を食べさせてあげたり、額に濡れた布を乗せてあげたりした。今となっては懐かしいとさえ思える。そんな二歳下の弟はついこの間、ヨサ王国に移り住み、平和に暮らしていると便りを送ってきたのだ。あいつは異国でうまくやっている。


 ヨサで暮らす弟の姿を想像していると、ゆっくりと扉が開いた。隙間からリオラが顔を覗かせる。


「ラルフは?」


「眠ったよ」


 リオラは部屋の中へ入り、そーっと扉を閉める。音を立てないようにゆっくりと歩き、エミリーの前まで来るとベッドの端の方にちょこんと座った。ラルフの寝顔を興味津々に覗き込む。


「落ち着いてるね」


 ラルフのことをまじまじと見つめる顔は心配しているようにも見えるし、そばにいられることを喜んでいるようにも見える。エミリーはあることが気になり尋ねる。


「ねえ、リオラ。ラルフのことが好き?」


 それを聞くと、リオラはすぐに答える。


「うん。大好き」


「どうして好きなの?」


「だって、ラルフ。リオラの気持ちわかってくれたから」


「そっか…………」


「エミリーのことも大好きだよ」


「えっ!? 私も? なんで?」


 リオラは少し照れくさそうに話す。


「だって、エミリー、優しくてお姉さんみたいだし、ラルフと仲良くなれたのもエミリーのおかげだから」


「そう……。ありがとう、リオラ。私も大好きだよ」


 エミリーは、リオラのそばまでいくとぎゅっと抱きしめた。


 平民に対する怒りを胸にここで生活してきたけど、ここ最近になって楽しく過ごせるようになったのは、リオラのおかげなのだ。リオラはいい意味でも悪い意味でも笑顔をくれる。リオラに色々なことをしてあげたい。ここでの生活がリオラにとってかけがえのないものになるように——。


「エミリー、苦しい」


「あっ! ごめん」


 腕の力を緩めると、リオラは胸に埋まっていた顔を上げ、にーっと笑顔を見せる。本当に小さな子供を見ているようだ。星の子は伝記によると十代の女の子がなるといわれている。けれども、リオラの精神年齢はあまりにも幼い。


(なんでこの子なんだろう……)


 ラルフの目を掻い潜ってリオラと会ってきたけれど、素直で思いやりのある良い子という印象が強かった。星の子の使命がなければきっと幸せに暮らせていたはずだ。


 リオラはエミリーの腕から離れると、ラルフの顔を覗き込む。


 ラルフは穏やかな寝息を立てていたが、突然、額の汗の量が増えてきた。エミリーが麻布で額の汗を拭ってやると、ラルフは目を瞑ったまま掠れた声で呟く。


「……ねえ……さま……」


 こんな時に呼ぶくらいだ。きっと、優しいお姉さんだったのだろうに……。一緒に保護されなかったということはもうこの世にいないのだろう。


(かわいそうに……)


 ラルフはまだ十歳だ。親元を離れるには早過ぎる。家族の愛情をいっぱい受けて育っていたはずだった。それなのに愚民どものせいでその生活を奪われてしまったのだ。


 餓死して当然だ。他にも選択肢があったはずなのに、他人の幸せを奪うことしか考えられない愚かな人達は死んでしまえばいい。


 隣で、ラルフの顔を一緒に覗き込むリオラが、ポツリと呟く。


「ラルフ、悲しい夢見てる」


「どんな夢?」


「ラルフのお姉さんが死んじゃう夢」


 エミリーはすぐに気がついた。ラルフはあの日の夢を見ているのだ。村人に襲われたあの日の夢を——。


 ラルフの寝顔はうなされているせいで、眉間に皺がより、拭いても拭いても汗が滲み出てくる。どうしたら良いのかわからず、おどおどしているとリオラが隣で声をあげる。


「どいて」


 リオラは指先でラルフの額にそっと触れた。その瞬間、一瞬だけ光が弾ける。


 ラルフの険しかった表情が穏やかになり、嘘のように汗がひいた。


 エミリーはほっと胸を撫で下ろすと、リオラの頭を優しく撫でた。


「どうやら、私より、リオラの方が適任みたいね。ラルフのこと、お願いね」


「うん。わかった」


 無邪気な笑顔を見せリオラは頷く。エミリーは静かに部屋の外へ出た。


(終わりが見えてる恋か…………、そんなの儚すぎるよ)


 きっと、これから先、自分もラルフも苦しむことになるのだろう。ラルフの覚悟がきまっていることに、エミリーは気が付いていた。ただ、自分が同じように向き合えるかどうかはわからない。その不安が胸を締め付けてくる。


(私はリオラにちゃんと向き合えるのかな?)


 向き合わないといけない。そう思っていても、エミリーにとって、儚く終わってしまう恋を見守ることは……、残酷な運命を見届けるということが、まるで拷問のように辛く、心が削られるほど苦しく耐え難いことだと思えた。

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