嘘と家族
プロローグ
「本当にお前が殺したんだな。」
そう冷静そうにつぶやくあの人。
「そうだよ。」
そう答えるあの子。
「そうか。」
「怒らないんだね。」
「あぁ。」
そんな異様な空気の中あの人は言った。
「なぁ、――頼み事してもいいか?」
「いいよ。なに?」
「――――」
「分かったよ。――――」
その後あの子はとあるお話を思い出していた。
悲しい悲しい話。
孤独で苦しいそんな話。
とある女の子はある日突然一人になった。
私は記憶喪失で一番古い記憶でも五歳の時。薬品の匂いが私の鼻をくすぐる病室のベッドの上だった。私が目を開くと手を握っている女の人が顔を上げると驚いたような顔をしてナースコールをして、女医が突然入ってきた。
「初めまして。私はお嬢さんの主治医の篠原といいます。」
「ねぇ、どうして私はここにいるの?お姉さんは誰?」
そう私が質問するとお姉さんと篠原先生が顔を見合わせて、二人とも視線を床に落とした。篠原先生が顔を上げると私をまっすぐに見つめ、いくつか質問をしてきた。
「じゃあ、最後の質問ね。自分の名前言える?」
「名前?えっとね……あれ?私の名前ってなんだっけ?分かんないや。」
その後篠原先生とお姉さんは病室を出て行って戻ってくると私は『解離性障害』という一種の病気だといった。自分のことの情報だけが抜け落ちているらしい。なった原因は強いショックやストレスじゃないかと教えてくれた。その後篠原先生は看護師に呼ばれて部屋を出て行った。
「…えっと、初めましてでいいのかな?」
ずっと横にいたお姉さんが話しかけてきた。
「たぶん合ってるんじゃないかな。」
「そっか。じゃあ、ちょっと自己紹介させてね。私は泉玲香。貴方の名前は来栖翡翠ちゃんよ。一応私はあなたのお母さんの妹だから、翡翠ちゃんからしたら、叔母さんね。これからは私と私の旦那さんと一緒に暮らすことになるからよろしくね。」
そんなことを言っていた叔母さんももういない。出会って一年もたたないうちに交通事故で亡くなった。その後叔父さんは酒に溺れて叔母さんが亡くなった一年後の命日に亡くなった。
そこからは、地獄のような日々だった。保護者がいない私は親戚をたらいまわしにされた。その親せきの家でもどんどん周りの人が亡くなっていった。そんなことを知った親戚の人達にはいい顔をされない。違う親せきの家に行くたびにみんな口をそろえて言った。『疫病神』と。その噂はいつしか身内から近所にまで広まっていた。学校へ行くといつも罵られ、みんな私に近づこうとしない。私がずっとだんまりを決め込んでいるのを見かねてクラスメイトは私を自分より圧倒的に格下だと思い私をパシリにしたり、サンドバックにしたりし始めた。親戚を転々としているうちに私を家に迎えてくれる人がいなくなった。最終的には渋々といった感じで私を家に迎えてくれたが、毛嫌いしているのが態度を見ていると分かりやすい。そんな地獄の日々はある日突然終息を迎えた。私の兄だと名乗る人が来たのだ。兄は私を引き取りたいと言ってくれた。その言葉を聞いた親戚の人は大喜びをして私をすぐに引き渡した。
兄という存在は思ったより暖かい存在だった。
「翡翠にとっては初めましてになってしまうのかな?」
「はい。初めまして。貴方の名前は?」
「僕の名前は来栖碧人だよ。よろしくね。あと、敬語は外してくれて構わないよ。家族だからね。」
「家族…」
「あぁ、僕と翡翠は血を分けた兄妹だからね。だから、家族なんだよ。」
「…うん!よろしくね!お兄ちゃん!」
お兄ちゃんは一瞬驚いた顔をしたけど、すぐに微笑んだ。その後、私はお兄ちゃんが手を差し出してきたので二人で手をつないで帰った。
あれから月日がたち私は今日から高校二年生だ。お兄ちゃんとずっと一緒にいて分かったことがある。『来栖夫婦殺害事件』の犯人を探しているということ。どうして探しているのか聞いたら、その犯人に直接会って殺したいんだって。でも殺してしまうとお兄ちゃんが捕まってしまうから私がお兄ちゃんを止めることにしたんだ。来栖夫妻は私たちの本当の生みの親だから私もお兄ちゃんの犯人捜しの手伝いをすることにした。調べている過程で浮かび上がってきた人が三人いる。
一人目は日高美香。お父さんとお母さんはとある会社の社長で日高さんはお母さんの直属の部下だったらしい。日高さんはよくお母さんにパワハラを受けていた。お父さんは無関係だと思うが、実際は日高さんに恨まれている。それは、お父さんの会社ではパワハラ気質な人が多いためパワハラを行っていた人には注意をしていた。それでもやめてくれない場合はクビにしていたらしい。そのおかげか新入社員には慕われていた。だからパワハラまがいなことをされるとまずは社長に相談しろ。そう上司には言われているそうだ。その助言のとおり日高さんはお父さんに相談を持ち掛けたらしい。そのことをお父さんは曖昧な返事で返して、日高さんも少し不思議がってはいたがそんなもんなのかとことが片付くまで待っていた。でもそんな日はやってこなかった。三カ月待ってみても何も変わらなかった。日高さんは何度もパワハラのことを言いに行っていたがいつからかお父さんに相手にされなくなりそれどころか嘘つき呼ばわりしてきたという話だ。その噂が社内全体に出回って、陰口を言われそれどころかほかの会社と共同で行っている企画責任者までも降りろと相手側から言われてしまう。それが長く続き日高さんはとうとう精神を病んでしまったようだ。現在はとある精神科の病院で入院しながら療養中だそう。その場合日高さんの確率は低いが周りの人間がやった可能性も踏まえて考えなければいけない。
二人目は隅田涼吾。職業は俳優。表舞台では涼という名前で活動していた。いつまでたっても知名度が上がらなかった涼吾さんを人気俳優にしたのがお母さん。そこから涼吾さんはお母さんのことを慕うようになり、時々あって話をしていたらしい。涼吾さんが有名になってお母さんは鼻が高いのかいろいろな人に自分がここまで育てたんだといつも自慢ばかりしていた。ある時お母さんと涼吾さんが二人で会っているのを週刊誌が『二人は愛人関係!』という記事を出した。それはもちろんお父さんの目にも留まりその記事に激怒したお父さんは涼吾さんが初主演をするドラマの出演を降板させた。そのドラマはうちの会社がスポンサーもついていて、多額の資金を援助していた。そのこともあり監督もさすがにお父さんには逆らえなかったらしい。そのころお母さんはというとその記事について何を思ったのか肯定していた。その後、涼吾さんには誹謗中傷の嵐が来た。人々からの誹謗中傷に耐え切れなくなり自殺。犯人の疑いがあるのは正確に言うと涼吾さんの家族、友人もしくは熱狂的なファンぐらいだろう。
三人目は井上百合花。有名な洋服ブランドの会社の社長。井上社長はお父さんと愛人関係だったらしい。こっちは隅田さんと違い本当に愛人関係があった。そんなことを知ってしまうとそんな人と血がつながっているという事実に吐き気がする。井上社長はお父さんに結婚を迫っていたらしい。その返事をいつまでたっても濁していたお父さんに苛立ちを感じたのかお母さんと離婚してくれないと家族に危害を加えるといっていたそうだ。これらを聞くとだいぶヒステリックな女性だったことがうかがえる。
本当は関係者から直接話を聞きたいと思ったが段階を踏んでやっていったほうが安全だろうという結論に至り父の会社で働いていた社員さんたちに話を聞きに行くことにした。
話を聞いた結果日高さんのことについて分かったことがある。日高さんには当時仲が良い社員がいたらしい。吉村穂乃果さん。彼女は日高さんが精神を病み病院で入院し始まったころに会社を辞めた。そしてもう一つ分かったことがある。お母さんのパワハラに悩まされていたのは日高さん以外にもいたということ。そういう人たちはやめていく人が多かったという。お母さんには自分の部下を決めることができるという社長夫人の特権があった。お母さんの部下になる人には共通点があったという。お父さんが優秀だという人材要するにお気に入り。そして女性。そんな人たちをパワハラしていた。原因は嫉妬。聞いたときはくだらなすぎて呆れた。そこから女性社員はやめていく人も多かったという。基本的にお母さんは自分の部下を引き留めるということはしないが日高さんに対してだけはずっと引き留めようとしていてお父さんにも退職願を出されても突き返してほしいと頼んでいたという噂があった。その事実を知るために吉村さんに会うことにした。
吉村さんと会う場所は落ち着いた喫茶店だった。吉村さんに会うととても驚いた顔をして私とお兄ちゃんの顔をじっと見つめていた。
「あのどうかしましたか。」
「…あぁ、ごめんなさい二人ともご両親と容姿がそっくりだったから驚いて。」
「よく言われます。」
「確かお二人は碧人君と翡翠ちゃんだったよね。」
「はい。そうです。貴方は吉村穂乃果さんですよね。」
「そうよ。それで美香のことについて聞きに来たのよね。」
「はい。あの社員さんに聞いたんですけど美香さんが退職願を出しても突き返されたと言う噂は本当ですか。」
「あってるよ。」
「ちなみにどうして退職願を突き返されていたのか理由ってご存じですか?」
「美香は同期の中でもずば抜けて優秀だったの。何でもできる子で仕事をするのも早かったの。これは美香から聞いた話なんだけどこんなこと本当は二人の子供であるあなたたちに話すべきではないのかもしれないけれど美香が珠希さんにいつもすごい量の仕事をやらされていたの。絶対に一日では終わらないような量をね。終わらなかったらいつも怒鳴られて、終わったら追加をされる。美香には目元にクマができて行って日に日に濃くなっていくばかりでね。その無茶が災いしたのかある時美香突然倒れて、救急車で病院に搬送されて倒れた原因は過剰労働だった。そのことがあってさすがに仕事量を減らすのかなって思ったんだけど逆に増やされて行ってそこから精神病んじゃって療養中。」
「そうだったんですね。」
思っていた以上に私たちの両親は狂っているのだと実感した。
「あのそれって別に父さんたち悪くないですよね。」
「どういう意味。」
「母さんは日高さんをより優秀にさせるためにしていたと思うんです。それなのにあなたの言い分はまるで僕の両親が悪いって言っているように聞こえるんです。そもそも勝手に精神を病んでいった日高さんが悪いんじゃないんですか。」
「もういいです。話にならない。やっぱり子は親に似るって言いますから本当に血のつながった親子なんだって実感しましたよ。」
そういって喫茶店を出ていく吉村さんの背中を見つめながらお兄ちゃんは言った。
「翡翠。僕は今何か間違ったことを言ったかな。」
その言葉に私は何も返せずただただうつむいていることしかできなかった。
そこから私たちは一言も言葉を交わさずに一日終了した。ただ何かが壊れていっているという事実から目を背けている。
夢を見た。私がまだ小さくてお父さんとお母さんがいた頃。
公園でピクニックを家族四人でしていた。とても幸せそうな家族。
先にお弁当を食べ終わったお兄ちゃんが遊具で遊んでくると言ってお父さんと二人で行った。私も食べ終わった後二人を追いかけていくようにお母さんと二人のところへ行く。そんな幸せそうな家族のずっと願っていた幻の夢。
俳優の隅田涼吾さんの命日に兄と二人で涼吾さんの家に伺った。そこで涼吾さんの母親と会った。とてもきれいな人だった。首元にある三つ葉のクローバー首元にある三つ葉のクローバーがとても似合うそんな人。そんな人は私たちの顔を見たときに私たちに怒鳴ってきた。主に涼吾さんが亡くなった恨み。そんなことを言われていると修吾さんという涼吾さんのお兄さんが出てきた。
修吾さんに事情を説明すると母親をなだめて私たちと話をしてくれるそう。
「さっきは母がすみません。」
「いいえ。気にしないでください。」
修吾さんが和室に案内をしてくれてそこで話をすることにした。
「初めまして。来栖碧人さんと翡翠さんで合っていますか。」
「はい。そうです。貴方は涼吾さんのお兄様の修吾さんですよね。」
「はい。それで涼吾について聞きに来たんですよね。」
「はい。僕たちの母である来栖珠希と涼吾さんの関係について話を聞きに来たんですけど聞いても構わないですか。」
「きっと断っても君たちは何回も聞きに来るんじゃないかな。」
「話が早くて助かります。」
「君たちは涼吾と珠希さんが愛人だったというデマと涼吾と珠希さんが師弟関係にあったということは知っているかな。」
「デマのことは知っているんですけど師弟関係ってどういうことですか。」
「涼吾が人気俳優になったきっかけが珠希さんだっていうことは知ってる?」
「それは知ってます。」
「じゃあ、珠希さんが元大物女優だったことは知ってる?」
「そうだったんですか。」
「うん。僕も母さんから聞いた話だけどね。じゃあこの話も知らないか。涼吾を珠希さんに紹介した人が僕の母さんだってこと。」
「どういうことですか。」
「僕の母さんは珠希さんが現役で女優をしていた頃のマネージャーで専属のスタイリストだったってこと。珠希さんに涼吾を紹介したのはマネージャーだったから紹介できたんだ。最初は母さんも紹介して瞬く間に人気になっていく涼吾を見て誇らしく思っていたよ。勿論珠希さんにも感謝してた。でもあの愛人関係のデマが流れて涼吾が死んだときは自分が珠希さんに涼吾を紹介しなければよかったって自分を責めてたんだ。母さんだけのせいじゃないんだけどね。涼吾が抱えていた問題に気付くことができなかった僕にも責任がある。」
「そうですかね。少なくとも涼吾さんは自分が一時でも人気になれたことうれしかったと思いますよ。それにそんな風に思ってくれるだけでありがたいと思います。」
正直安心した。兄が余計な事を言わなくて。
だからこそ油断していた。まだ話が終わっていないことに気付くことができなかった。
「そもそも気付かれないようにしていた涼吾さんも悪いでしょ。それにあんなに苦しみたくないなら本気で隠し通すべき。母さんが記事のことについて肯定したのもそういう気を持たせてしまったことが悪いでしょう。だから涼吾さんがバッシングを食らって自殺したのは誰のせいでもない。自分のせい。自業自得だと思います。」
「…それは涼吾を侮辱しているってことであっているかな。」
「どう受け取るのかはあなたの自由です。」
「そうですか。じゃあ、もう話すことはないです。帰ってもらえませんか。」
「そうですか。それでは。話が聞けて良かったです。」
明らかに修吾さんを怒らせてしまった。
そんなことが頭の中を占拠していた。そんな中帰り道を歩いているとその考えを吹き飛ばすかのように兄が言った。
「翡翠。僕は間違ったことを言ったのか。」
「…さぁ。どうだろう。」
そんな曖昧な返答しかできなかった。きっと恐れていたんだろう。本当のことを言ってしまったら本当に私たちの間に大きな亀裂が入っていることに気付きたくないから。この人にだけは嫌われたくないという醜い欲望が私の心をむしばんでいく。お兄ちゃん臆病でごめんなさい。
また夢を見ていた。
私とお兄ちゃんが喧嘩していた。
ふてくされた私はお母さんに慰められていた。
お兄ちゃんが隣にきて「ごめん」って謝ってきた。
だから私も「ごめんなさい」って謝ったの。
そしたらお母さんは私たち二人の頭を撫でた。
優しく。優しく。割れ物に触るように。
ただただその手は暖かかった。
これが現実だったらよかったのに。
私は今井上百合花さんの会社の前に立っている。
流石は大手企業の本社。周りにあるビルよりもひときわ目立っている。
会社の中に足を踏み込むとロビーに受付嬢がいた。
事前に井上社長にアポを取っていたということを話すと社長室へ電話をつないだ。
数分話すと秘書の方がロビーまで来て社長室へ案内してくれるとのことだった。
少しすると男の秘書の方が来た。
「初めまして。私、井上社長の秘書をしている田代誠といいます。社長がお待ちですので私についてきてください。」
秘書の田代さんはずっと笑顔というか貼り付けの笑みを浮かべている。なんとなく表裏が激しそうだなと思った。
田代さんがドアをノックして部屋に入った。
「社長お二人を連れてきました。」
そういってから私たち二人に軽く会釈をして社長室を静かに退出していった。
さっきまで私たちのほうを見ていなかった社長がこちらに顔を向けた。
「初めまして。貴方たちは来栖碧人さんと翡翠さんですよね。私はY&Rの社長をしています。井上百合花です。ずっと立っているのも疲れるでしょうからそちらにあるソファーに座ってください。」
想像していたよりさっぱりした人で上品。この人があんなにお父さんに執着心を抱いていたとは思えなかった。
「それにしても本当に二人ともご両親に容姿がそっくりね。ここに来たときはあの二人が生き返ったのかと思ってすごくびっくりしたのよ。…本当に生き写しみたい…」
そういって彼女は目線を少し下げた。そんな彼女はどこか私たちが手を伸ばせば手が届くのにどこかはるか遠くにいる気がした。そして同時に私は彼女のその言葉に胸の中にあるぐるぐると渦巻いている真っ黒いものがただただ気持ち悪かった。
「それで話を聞きに来たんだっけ。何の話を聞きたいの。」
「えっと父さんのことなどで何か知っていることはあるかなって。」
「なんか二人とも少し驚いたような顔をしているね。噂と違うって驚いたんじゃない?
顔に出てるよ。」
やっぱり顔に出ていたかと少し恥ずかしくなった。
「その噂のことについても来栖さんが深く関わっているから詳しく話すわね。
二人が知っていることって私がヒステリックな女社長だって言われていることとかじゃない?」
「まぁそうですね。」
「なんでそういわれてるか話すには結構長い話になるけどそれでもいいなら話すよ。」
「お願いします。」
「私もお願いします。」
「いいよ。このY&Rは元々二人で始めたの。篠崎玲奈っていう高校の時に知り合った友達でね。玲奈はいつか自分でファッションブランドを立ち上げたいって言ってたんだよ。それを聞いているうちに私もやってみたくなってきて、一緒にやることになったの。最初は全然売れないしやることも多くて大変だった。ある時に有名な女優さんが私たちの作った服がお気に入りだって確かバラエティー番組で紹介したのがきっかけで売れ始めたの。紹介してくれた女優さんは二人の母親である珠希さんなの。すごく感謝しているよ。そこから常連さんとか増えて知名度が上がって今ではこんな高層ビルの広い部屋で椅子にドカッと座ってるけどね。…できることならこの景色を玲奈にも見せてあげたかった。私たちが作ったブランドはいろんな人が知っていて気に入ってくれる人が大勢いること教えてあげたかった。
そこからだったと思う。玲奈がストーカー被害にあうようになった。ストーカーされていた期間は結構長くてね。警察にも相談したんだけど証拠が少なすぎて対応してくれなかった。その頃は多忙で周りからの期待とかが重なって重いプレッシャーになっていたの。だからこそおかしくなっちゃったんじゃないかな。それでもう耐えきれなくなって玲奈自殺未遂を繰り返すようになった。とうとう本当にあの子は自殺をしてしまった。
そのころに来栖社長と初めて会った。玲奈が死んでから私も忙しくていろんなところと契約したりしていた。その契約会社の一つが来栖社長の会社。来栖社長は芸能関係の会社だから衣装とかのことの相談をしてる時に来栖社長が玲奈のこと聞いてきたんだよね。玲奈が亡くなったことの話を少し話してね。そしたら、来栖社長玲奈に妹がいるってことまで言ってきて私は玲奈から話を聞いてはいたんだ。玲奈の両親は昔離婚して母子家庭で育ったんだって。玲奈には妹がいて大学生になったときにばったり会ってよく会うようになったって嬉しそうに話していた。だからその妹さんお葬式で凄く泣いていてね。少し彼女と話したの。言ってたよ。お姉ちゃんの夢かなえてくださいって。キラキラした目で。さすがにそんな目で見られたら断れるわけないからずっと続けてきた。来栖社長が愛人にならないとこの会社を潰すって言われて潰されるのは嫌で愛人になったの。それが愛人になった理由。」
「そんなことがあったんですね。なんかつらいことまで思い出させてしまってすみません。」
「気にしないで。どのみち誰かには話さなきゃいけない時が来るはずだから。それがあなたたちだったってだけ。変わることはないから。」
「そうですか。」
「そういえば隅田さんにはもう聞いたの?」
「涼さんの件のことですか?」
「違う違う。絵梨花さんのほう。涼君のお母さんの。」
「いや聞いてないですけど。何かあるんですか?」
「私が言ったって言わないって約束してくれるなら。」
「分かりました。約束します。」
「それで、絵梨花さんも来栖社長の愛人の一人だったと思うよ。私の記憶が正しければだけど。」
「絵梨花さんがですか?」
「そう。あ、ちょっと待ってて。」
そういって自分のディスクから何やら細長い箱を持ってきて、テーブルに置き箱を開いて中身を見せてきた。ネックレスだった。三つ葉のクローバーの飾りがついたネックレスだった。そのネックレスが私たち二人には見覚えがあった。
「兄さん。これ絵梨花さんつけてたよね。」
「あぁ。着けてた。」
「このネックレス来栖社長がプレゼントしてくれたの。ジュエリーショップで一緒に私見に行ったの来栖社長と。その時にもらったの。でも、もう一つ同じものを買っていたから興味本位で奥さんへのお土産か聞いたの。そしたら、もう一人の愛人に贈るって言ってた。その愛人は絵梨花さんだって言ってたの。まぁ、私も前に来栖社長と絵梨花さんが腕を組みながら歩いていたのを見かけたことがあってなんとなく予想はついていたんだけどね。」
「そうなんですか。貴重な情報ありがとうございます。ところでこのネックレスの写真とってもいいですか?」
「これもしよければあげるよ。」
「いやでも。」
「いいの。もう過去にとらわれているのは嫌だから。このネックレスを見ていると来栖社長に監視されている気がして少し嫌なんだ。」
「それならもらいます。」
そういって井上社長にネックレスの入った箱をもらって井上社長が私たちを見送った。
そこからは、また無言だった。怖かったんだ。私たちが見ていた両親の人物像がはがれていくことに耐えられなかった。知らなかったわけではない。ただ、目を背けていただけで。そろそろ私たちも向き合わなきゃいけない。過去と家族と。
夢を見ていた。
いつもとは少し違った。
女は男にもらったピアスを嬉しそうにつける様子。
それを優しく見守る男の様子。
それを見ているのか、はたまたどこか遠くを眺めているのか分からない二人の子供。
ただただその空間はおかしかった。
女と男はきれいな服を着ているのに対し
子供は着古された服。
女と男は男の子と女の子を見る目が冷たかった。
ゴミでも見るかのような。
そんな時女の子がにこりと笑った。
そこで夢は終わった。
続きが知りたいわけではない。知りたくないわけでもない。もうその後の結末を知っているから。
耳にスマホを当て規則的になる音を聞きながら相手を待つ。この時間は嫌いじゃない。
『何ですか。翡翠さん。』
「突然すみません。修吾さん。」
隅田修吾。スマホの向こうの彼の声は少し不機嫌そうな声だった。無理もない。あんなことを言われた相手の電話など出たいとなど思わない。
「こないだは兄が無礼を働いてしまい申し訳ありません。」
『…はぁ。まぁそのことはいいですよ。で、僕に電話してきたということはまだ何か聞きたいことでも?』
「聞きたいことがあるのはあなたではなくあなたの母親である絵梨花さんです。」
『母にですか?』
「はい。できればお母様に直接お話を伺いたいのですがよろしいか聞いてもらいたくて…」
数秒無言で合わせるべきか考えている様子が目に浮かぶ。
『…分かりました。母に聞いてきます。』
待っている間修吾さんと絵梨花さんが話している声がうっすらと聞こえる。
『翡翠さんですか?』
「お母様ですか?」
『はい。それで聞きたいこととは?』
「出来れば直接話したいのですができますか?」
『…まぁ、いいですけど。』
「ありがとうございます。それで詳細なんですけど――――――」
日にちや場所などの詳細を伝え電話は終わった。
「ちゃんと会うのは初めてですよね。」
「そうですね。私は修吾の母の絵梨花です。」
「私は翡翠です。」
「僕は碧人です。」
「本当に両親にそっくりなんですね。」
「よく言われます。それで本題に入ってもいいですか?」
「はい。」
「単刀直入に言います。貴方は私たちの父親である湖生の元愛人ですよね。」
「さぁ、何のことでしょう?」
「井上社長が教えてくださいました。」
「そうですか。それじゃあもう隠しようがありませんね。」
「事実ということですか。」
「はい。」
「貴方もこのネックレスを持っていますよね。」
私はバッグから井上社長からもらった三つ葉のクローバーのネックレスを取り出した。
「来栖社長にもらったネックレスですね。」
「やっぱりそうですか。」
「はい。」
「三つ葉のクローバーの花言葉は愛、希望。きっと父が伝えたかったことは信頼。このことを誰にも口外するなという一種の脅しでもあったのでしょう。」
「そうですね。信頼されて悪い気はしないけどこれはなんか嫌ですね。」
「そうですね。ところでどうして父の愛人になったのですか?」
「涼吾が俳優になって人気になり始めた頃です。涼吾は珠希さんに演技の練習をつけてもらっていました。その時に来栖社長が私に話しかけてきて話があるとのことで二人で話すことになりました。その話の内容は愛人になってくれと言われました。勿論私には大切な家族がいます。だから、最初は断ったのですが、しつこく口説かれて最終的には涼吾の俳優としての人生を終わらせてやると言われました。涼吾は子供のころから俳優になりたがっていてやっと有名になってきた。だから、我が子の夢を壊したくなかった。」
「だから、愛人になったということですか。」
「はい。ですが、私が来栖社長の愛人だということが珠希さんに知られてしまいました。当時私は珠希さんのマネージャーのような役割をしていて愛人のことを知られたことがきっかけでクビになってしまいました。でも、涼吾の面倒だけは見てくれていた。あの子に期待をしてくれていると思っていました。でも違った。きっとあの人なりの私への復讐だったということでしょうね。涼吾の週刊誌の件のことです。これが愛人になった理由です。」
「そうだったのですね。父がすみませんでした。」
私と兄さんが深々と頭を下げると絵梨花さんは謝らないでほしいと言ってきた。
「大丈夫だから。それに涼吾が死んだあと来栖社長と井上社長の関係性を週刊誌の人に話したの私だから私も悪いの。私も復讐しているからね。二人の両親はクビにチョーカーをしていなかった?四葉のクローバーの飾りがついた。」
「そういえばつけていましたね。」
母が嬉しそうにいろんな人に見せびらかしていたあのチョーカー。動くたびに揺れるあのチョーカー。
「四葉のクローバーの花言葉は幸運、私のものになって、そして復讐。これだけ聞けば分かるでしょ。涼吾が死んでそのあとすぐに来栖社長と井上社長のスキャンダルが出た頃に渡したから。」
「そうですか。そういえば絵梨花さんと私たちの母は中学と高校の同級生だと思うのですが。母の卒業アルバムに写真が載っていたのでそうじゃないかと。」
「そうね。あの頃は私たち凄く仲良かったのよ。」
「なるほど。だからですか。母の遺品整理をしていた時にこんなものを見つけたのです。」
私は【絵梨花へ】と書かれた封筒を渡した。
「きっと母が貴方へ宛てた手紙なんでしょう。勿論中身は見ていないのでご安心を。」
絵梨花さんは肩を震わせながら静かに涙を流していた。そしてごめん、ごめんねと何度も何度もつぶやいていた。
「…翡翠僕らは帰ろうか。」
「うん。そうだ。絵梨花さんできるだけ早く秘密は家族に打ち明けたほうがいいですよ。貴方にとっても彼らにとっても。」
そう言い残して私たちは家に帰った。
家に帰り私と兄さんはそれぞれ自分の部屋にこもった。
「秘密を早く打ち明けたほうがいいだなんて私が言えることじゃないのに無責任なこと言っちゃったな。うん。決めた。そろそろ話さないと。すべてを。」
また夢を見た
女の子は立ち尽くしていた。
周りには赤、赤、赤。赤しかなかった。
男の子は怖いものを見るかのように女の子を見ていた。
女の子は男の子のほうを見てふわりときれいな顔で笑った。
その姿はただただ狂気に満ちていた。
その姿を見た男の子は気絶して倒れた。
そこで夢は途切れた。
起きたら兄さんはテレビを見ていた。
「兄さん。大事な話があるの。」
「あぁ。分かった。」
私たちはテーブルをはさんで対面で向き合った。
「お兄ちゃんが調べてる来栖夫婦殺害事件の犯人についてなんだけどその犯人私なんだ。」
「うすうす感じてはいた。僕も実は翡翠に黙っていたことがあるんだ。実は僕も記憶障害者なんだ。」
「記憶障害者?そんな素振り見たことないけど。」
「そりゃそうだろうね。エピソード記憶障害っていう体験した出来事を忘れてしまうんだ。僕の場合事件の記憶だけすっぽりと抜け落ちているんだ。だから、基本的なことは覚えているんだ。」
「そっか。私ももう一つ嘘ついてた。私記憶喪失なんて最初からしてないよ。だから、昔両親に、あの人たちに何をされたのかは鮮明に覚えているの。なんとなくもうこんな生活には耐えられないって思って殺しちゃったんだ。」
「そっか。実は僕昔は、父さんと母さんに殴られたりするのはあの人たちの愛情表現だと思って受け入れてたんだ。でも、事件が起きてから自分がおかしかったことに気付いた。その後からかな。事件の犯人に会いたいって思っていた。そもそも犯人に復讐なんてしようと鼻から思ってなんかいなくてお礼をしたかった。僕をあの地獄から引き釣り出してくれたありがとうって。」
「私は兄さんを救ったつもりはないよ。ただ、自分のためだった。」
「お前はそう言うだろうな。」
そういってから少し二人は無言になった。
「本当にお前が殺したんだな。」
「そうだよ。」
「そうか。」
「怒らないんだね。」
「あぁ。」
また二人は無言になった。そして碧人はとある頼みごとをした。
「なぁ、翡翠。頼みごとをしてもいいか?」
「いいよ。何?」
「俺をお前の手で殺してくれ。」
翡翠は一回驚いたものの兄の顔が本気で言っているということを物語っていることに気付いた。
「分かったよ。じゃあね。お兄ちゃん。」
そういうと持っていたナイフが振り上げられ真っ赤な色が壁一面にしみていった。
「お兄ちゃん。」
翡翠はすすり泣きながら兄の亡骸を抱えていた。
エピローグ
ニュースが流れていた。
「××県○○市のとあるマンションの一室で男女二名の遺体が発見されました。
遺体発見に至ったのはマンションの隣の住民が隣から異臭がするという通報から発見に至りました。死亡したのは来栖碧人さん、来栖翡翠さんの二人です。お二人は来栖夫妻殺害事件の来栖湖生さん、来栖珠希さんのお子様だということが分かりました。事件性はなしということが警察からは発表されています。」
来栖夫妻殺害事件の犯人が誰なのかということは世間は知る由もない。否、知ってはいけない。これからもずっと。この真実は開けてはいけないパンドラの箱なのだから。




