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【Three years later】

「牟礼先生!」

 突然背後から掛けられた声に俺は正直戸惑った。

 おいおい、『先生』って。

 大学に残れるかどうかも怪しい、特別将来を嘱望(しょくぼう)されてるわけでもないただの院生の俺に、何の冗談か嫌味かと。

 当然ながら機嫌がいいとは言えない状態で振り向いた俺は、声の主の正体に気づいた瞬間素っ頓狂な声を上げてしまった。


「……よ、耀、くん?」

「はい! 五十嵐 耀です。ご無沙汰しています」

 はきはきと答える耀くん。

 当たり前だけど少し大人っぽくはなったものの、やっぱり本質は変わってない気がする。


「あ、あー。ウチの学生になったの?」

「ええ。……そう言ってたでしょ?」

 驚かそうと思って、と悪戯(いたずら)っぽく笑う。

 それで連絡してこなかったのか。合格したら教えてくれるだろうし、便りがないのはつまり……。

 不合格だったらこちらから訊くのはマズい、と結構ヤキモキしてたんだけど、俺。

 ウチは浪人も珍しくないしな。

 耀くんならまず大丈夫とは思っても、昔の中学受験のこともあるし。


 そう、俺はもちろん覚えてた。

 耀くんの方も高校時代は会わないつもりで「次は塔都で」だったんだろうし、俺からもこの三年敢えて連絡は取ってなかった。

 だけど彼の大学受験の時期くらいはな。


「今も小島の小父さ、いえ、教授の研究室にいらっしゃるんですよね?」

「うん。ずっとお世話になってるよ」

 言葉の上だけじゃなくて、ホンっとお世話になってる。


「もしかしたら僕も、直接の後輩になるかもしれませんよ。……ただ、その可能性は高くない気はします。正直、小島教授や牟礼先生のなさっている研究は僕の興味とは少し違っているので」

 あれから三年以上経って、二十二から二十五になった俺はたいして変わらない。

 なのに耀くんは本当に成長したんだなと思わされた。

 もう彼は、ただ先を行く者を闇雲に追い掛けていただけの十五の少年じゃない。


「……とりあえず『先生』だけはやめてもらえるかな。もう俺は君の家庭教師じゃない。これからはただの『先輩』だろ?」

「すみません、つい。そうですね、せ、牟礼さんだって困りますよね」

 俺のリクエストに、彼は初めて気づいたように目を見開いて恥ずかしそうに謝る。


「別に困るとか迷惑とかっていうんじゃないんだけどさ。ま、関係も改めて仕切り直しってことで」

 笑った俺に、耀くんも安心したように微笑んだ。


「よかったら今度食事でも行かないか? 入学してすぐは忙しいかもしれないから、落ち着いてからで。俺の連絡先は変わってないけど、わからなかったら研究室に来てくれたら会えるからさ」

 俺の気軽な誘いに、彼も是非、と嬉しそうだ。

 耀くんは、以前とは少し型の違う気がする眼鏡の細いフレームを抑えながら丁寧に頭を下げて、いつも通りの静かな落ち着いた声で俺に告げる。


「それでは、失礼します。今後ともよろしくお願いします、……『むれぇ』さん」

 どこか歌うような、懐かしい、あの……。


 ああ、きみたち(・・)、は。


  ~END~


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