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乙女の戦い

 一陣の風が、砂埃を舞い上げた。

 向かい合う二人の少女の間で、緊張感が高まっていく。

 僕はそんな二人の少女、フリージアとアンリの真ん中に立たされていた。

 なんだか居た堪れなくなり、助けを求めるように周囲を見渡す。


 僕たち三人がいるこの場所は、闘技場と呼ばれる施設だった。

 主に金龍クラスと青鷹クラスが使用する施設で、調教済みモンスターとの戦闘訓練や対人戦が行われる。

 申請すれば誰でも使用でき、有り体に言えば、好き勝手暴れても許される施設である。

 ちなみに、優れた天恵持ちが本気を出すと、施設自体が損壊することもあるらしいが、保全結界──神聖術の一種──がかかっていて、時間経過により元通りになる便利設計らしい。


 そんなことを考えつつ見回していると、周囲をぐるりと囲んでいる観客席の一つに座っているウリドと目があった。

 相変わらずこちらを睨め付けており、げんなりした気持ちで視線を二人に戻す。


「私は準備いいわよ!」

「……わたしも」


 二人とも、いつでも行けるといった様子で鼻を鳴らしている。

 どちらも武器を所持していないが、どうする気だろうか。


 まあすぐにわかることか。


 何故か審判役を任されることになった僕は考えるのをやめ、右手を天高く掲げた。


「よし、──はじめ!」


 勢いよく掲げた手を振り下ろすと、アンリが先に動いた。


聖光の剣(ホーリーソード)!」


 アンリの言葉に呼応して白光が収束していく。

 やがてそれは剣を形作り、アンリの手に握られた。

 アンリは作られた光剣を手に、フリージアに肉薄する。


「……」


 フリージアは迫り来るアンリに対して、()()()()()()()()

 立ち姿も極々自然体のまま、見ようによれば気を抜いているようにさえ見える様子で、アンリの接近を許す。

 何の対応もされないことに、アンリは却って戸惑った様子を見せるも、六年経っても変わらない勝ち気な性格故か、好機とばかりに光剣を振りかぶる。


「やぁぁぁッッ!!!」


 アンリの光剣が縦に横に、光を振り撒きながら幻想的な軌跡を描いた。

 次第に、アンリの顔に焦燥が浮かんでゆく。

 逆にフリージアは涼しい顔を崩さない。


(攻撃が全く当たらない……!)


 決して速くない、むしろ緩慢と言ってもいい速度でフリージアは動き、アンリの光剣は空を斬る。

 アンリの頭の中は疑問符で埋め尽くされていく。


「なんっで、当たんないのよ!」


「……あなたの攻撃は単純すぎる。目を瞑ってても当たらない」


 ピキッという音が聞こえた気がした。

 僕の背中に悪寒が走る。


「ああ、そう……。分かったわ」


 アンリが青筋を立てながら、一度バックステップで距離を取る。

 それを見てわざとかどうかは知らないが、フリージアははぁぁっと小さくあくびをした。

 アンリがぷるぷると震える。

 僕も恐怖でぷるぷると震える。


「今からその顔を歪めてやる」


 何だか恐ろしいことを呟きながら、アンリは静かに目を閉じた。

 明らかに何かしようとしているが、フリージアは動かない。

 自由にさせてやるつもりらしい。


「円環の剣翼(けんよく)


 手に握られている光剣、それと同質のものが計十本、アンリの背後に顕現した。

 それらは意思を持っているみたいに、柄同士を近づけ円を描くようにくるくると回転している。

 それはさながら剣で出来た翼のようでもあり、天使の光輪のようでもあった。


 よく見ると、アンリの額には汗が滲み、苦しそうに肩で息をしている。

 それでもアンリは、毅然とした表情で両手をフリージアに向けた。

 するとアンリの行動に付き従うように、背後の光剣がピタリと回転するのをやめ、五対の切先をフリージアへと向ける。


 フリージアはそれを見て目を細めた。


「……くらいなさいッ!!」


 光剣が射出される。

 尋常じゃない速度で迫り来る十本の光剣は、とても避けられるような代物でなかった。


「ちょ、やりす──」


 僕の言葉は最後まで発されることはなかった。

 見てしまったからだ。

 その光景を。


 文字通り超高速で迫り来る光剣を、フリージアは()()()()()()()()

 二つ目の光剣は、掴んだ一本目の光剣の勢いを利用し、バク宙で回避。

 次の三本目と四本目は、手にした光剣ではたき落とした。

 と同時に、その威力に耐えきれず光剣が消失する。

 続く五本目と六本目に対し、今度はそれらを両方キャッチ。

 残り四本を急造の双剣で斬り払うと、片方の光剣をアンリに向かって投げ返した。


 全て完璧に塞がれた上に、反撃が来ることなんて予想だにしていなかったのだろう。

 アンリは明らかに回避が遅れ、肩を掠めた光剣が観客席前のフェンスに突き刺さる。

 アンリは苦痛に顔を歪めた。


「……今度は、こっちの番」


 フリージアは、薄らと笑っていた。

 どうやら、アンリの本気を見て火がついてしまったようだ。

 これ以上は本当にやりすぎだ。

 大怪我をしてもおかしくない。


「二人とも、スト──」

「何をやっている」


 僕が静止の声をかけようとした瞬間、温度が一切感じられない冷え切った声が闘技場に響き、僕は背筋を振るわせ、アンリとフリージアもその動きを止めた。


 声の下方向に目を向けると、背の高い女性が立っていた。

 男物のスーツの様な装いをしていたが、モデルの様なさらりとした身体とクールな顔立ちにはとても似合っている。


(あれ?この人どこかで……)


 見たことがある気がすると思っていると、


「ご、ごご、ごめんなさい!」


 という震えた可愛い声が聞こえた。

 その声の主はフリージアだった。

 顔面蒼白の状態で、女性に向かって土下座をしている。

 普段とは全く違う様子に、僕は混乱した。

 それを見て、くつくつとその女性は笑った。


「入学早々元気なのは大変良いことだ。無論、私も若者の熱意というものは素晴らしいことだと思う。だが、何事にも限度というものがあるだろう?例えば、新年度早々に闘技場がぶっ壊れ、怪我人が出たとしよう。これは、熱意があってよろしい、と片付けられるものだろうか?なあ、君たちはどう思う」


 女性がぐるりと闘技場の惨状を見渡す。

 フリージアが弾いた光剣は、あらゆる箇所に傷を残し、最後に投げつけた光剣はフェンスに大きな穴を空けていた。


 恐らく、蛇に睨まれた蛙というのはこういう気分だったのだろう。

 異常なほどに喉が渇いている。

 何か喋った方がいいのかもしれないが、干上がった喉からは掠れた呻き声の様なものしか出てこない。


「やはり、若さ故の過ちには、道を正してやる指導が必要だと私は思う。その役目は私が買ってやろう。ついてこい」


「……はいぃ」


 女性が踵を返すと、項垂れたフリージアがトボトボとついていく。

 その目には光るものが見えた。

 僕とアンリは顔を見合わせる。

 行動を起こさない僕たちを見て、女性が振り返った。


「何をしている、お前たち二人もだ。アンリエッタとルージュ。それともここで罰を受けたいか?」


 名前を知られていることに背筋を冷たいものが走る。

 それはそれで楽しそうだがな、と不吉に笑う女性と、その手前で悲壮感に満ちた顔をふるふると横に振るフリージアの絵は、僕たちの恐怖心を煽るには十分だった。


「……いくぞ、アンリ」


「そ、その方が良さそうね」


 僕たちは、大人しく女性に連れられて闘技場を後にした。



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