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再会

「えっと、フリージア……さん?」


「………」


「あの〜?」


「すぅ……すぅ……」


「まさかこの状況で寝ようとしてるだとッ!?」


 一体なんだというのか。

 初対面の女の子にいきなり抱きつかれて、しかもその状態から寝られるなんて。

 字面にすると一部の人間なら喜びそうなシーンだなこれ。


「えっと、ルージュはその子と知り合いなの?」


 いきなりの出来事に、驚いたように目を丸くしたコルドが問いかけてくる。

 僕はブンブンと大きく首を横に振った。


「いや、初めてだ」


「その割には、随分懐かれているようだけれど?」


 面白そうに目を細めたシルヴィアの言葉に、僕はうんざりした顔を返す。

 人が困っているというのに面白がるんじゃない。


 フリージアは僕に抱きついたままガチ寝に入りそうな雰囲気だったので、若干の申し訳なさを感じつつも、目の前の柔らかそうな頬をぺちぺちと軽く叩き、フリージアを起こそうとする。

 フリージアは微動だにしなかった。


「フリージアさん?一旦離れてくれると助か──なんでこんなに力強いんだよ!?」


 僕は無理やり引き剥がそうとするが、ガッチリと背中に回された腕は信じられない力が込められており、僕の力では引き剥がすことができなかった。


「はぁ……目の前は流石に邪魔だから、後ろ側に回ってくれると助かるんだけどな……」


 思わずそう呟くと、フリージアは抱きついた体勢のままスルスルと僕の背後に回る。

 お前はコアラか。


「じゃなくて、聞こえてるなら離れてくれないかな!?」


「………」


 都合の悪いことは全てスルーされるらしい。

 僕は額を抑えて大仰にため息をついた。


「……プッ」


 おい、今笑ったやつ誰だ?

 声のした方向に視線を向けると、明らかに不自然な方向を向いたシルヴィアの姿があった。

 先ほどの面白そうな視線を向けてきたことといい、シルヴィアはこういう人が困っているところを見るのが好きなようだ。

 いい性格をしている。


 いつかシルヴィアにもささやかな仕返しをすることを誓いながら、背後で背中に顔を埋めているフリージアに問いかけてみた。


「あー、フリージアさん?この行動の意味、というか理由を聞いてもいいか?」


「……うっ………て、………ないから」


 スルーされるかと思ったが、この質問には答えてくれるようだ。

 何を言っているかわからないが。


「ごめん、もう一度言ってくれるか?」


「鬱陶しくて、眠れないから」


「……僕の傍だと眠れるのか?」


「そう」


「鬱陶しい……というと?」


「いっぱい集ってきて、気になるの。()()()()()()()()()()


 そこまで言われてピンと来た。

 僕は右目を覆うように手を当て、見えろ──、と念じる。


「う、お」


 僕の周囲に光のリングが構築されていた。

 ぐるぐると僕の周囲を回る光の粒子たちは一定の距離を保ち、取り囲むような挙動を見せている。

 近寄りたいが近寄ることができない。

 そんな葛藤が見えるようだった。


「……精霊か」


「うん」


 僕はこれまでちょくちょく精霊眼を使って、今僕の周囲を回る自我を持たない精霊──下級精霊と呼ばれる──を観察してきたが、この光の粒達には一つの特性がある。

 それは、優れた天恵を持つ者に吸い寄せられるという事だ。

 僕の村だと、父さんなんかは精霊達からとても好かれていた。

 剣聖であるフリージアにもなると、まるでネオジム磁石かの如く精霊達が集まってくるのだろう。

 そして同時に、フリージアが僕の傍に来た理由についても納得した。


 僕の傍には精霊が一切寄り付かないからだ。

 考えてもみると、僕はバーモンのおかげで精霊使いと名乗れているが、本来は()()()()()状態なのだ。

 優れた天恵に惹かれる精霊にとってみれば、僕は路傍の石ころぐらいの存在なのかもしれない。

 いや、近づいてすら来ないことを考えると、もはや精霊に嫌われているとすら言えそうだ。

 僕とフリージア、精霊にとっての価値が正反対の奇妙な組み合わせがこの状況を引き起こしているのだろう。

 フリージアというとびきりの餌を前にしても近づいて来ない精霊に、少し悲しくなったのは内緒の話である。


(それにしても──)


 僕はチラリと横目で背後におぶさるようにもたれかかってくるフリージアに目を向ける。

 フリージアはあれだけ眠そうにしているのだから目を瞑っているのかと思っていたが、そのサファイアの瞳は開かれており、目が合った。

 肩にかかる水色の艶やかな髪からは、心なしか良い匂いがする。


(精霊を知覚できるなんて、剣聖ってのはとんでもないな)


 唐突な美少女の顔のドアップに思わず視線を逸らしながら、この少女について考える。

 フリージアも精霊を視認しているわけではない。

 しかし、剣聖としての異次元な知覚能力が、精霊の存在に反応するのだろう。

 フリージアがずっと眠そうにしているのも、精霊を知覚してしまうが故のようだ。

 寝ている時に、見えない大量の虫に全身を這い回られているみたいな感じだろうか。

 ……嫌な想像をしてしまった。


「……もう少しこうしていたいんだけど、ダメ?」


「う……はぁ、仕方ないな。ただ、抱きつくのはやめてくれ。……椅子持ってこい。肩ぐらいなら貸してやるから」


 美少女のしょんぼりした目ほど強力な武器はないことを、僕は思い知らされる。

 フリージアに同情した僕は、妥協案を提案した。

 フリージアはこくりと頷き、すぐに椅子を持ってきて僕の椅子にくっつける。

 そのまま肩に頭を置いて身体を預けてきた。


 なんだか手の掛かる妹ができたみたいだ。


「……どうやら、ひと段落ついたようなので、次行きますね?」


 バーモンは一連の出来事に対し苦笑を浮かべ、僕に視線を送る。

 僕は頷いた。


「さて、皆さんの今後についてですが、他の四クラスとは違い、決まった授業はありません」


 バーモンはそこで一旦言葉を切り、数枚の紙束を僕たちにそれぞれ手渡した。

 それは、各クラスの時間割のようだった。

 僕たち灰狼クラスを除く四クラスの。


「こう言ってはなんですが、皆さんの優れた才能は一つの分野に絞ってしまうと勿体無いと思っています。なので、皆さんには他四クラスの授業を自由に受けられる権利が与えられます。流石に同時に開催される授業は受けられないので、そこは諦めてもらうしかないですが」


「質問いいかしら?」


「ええ、どうぞ。シルヴィアさん」


「この学校では、半期に一度試験があると聞いているけれど、自由に授業を受けた場合、それはどうなるのかしら?」


「いい質問ですね」


 バーモンが嬉しそうににこりと微笑む。


「このクラスだけは特別で、()()()()()()()()。素晴らしい天恵を持つ皆さんの成長を、そんな事で邪魔するわけには行きませんから」


「……わかったわ」


 少し思うところがありそうなシルヴィアだったが、バーモンの言葉に頷き席に座った。

 不服そうにしていたシルヴィアの気持ちを、僕もわかる気がした。

 この学校では、天恵が重要視され過ぎているように感じる。

 その人を通して天恵だけを見ている。

 そんな気分にさせられる。


「他に質問はありますか?」


 その言葉に反応する人はいなかった。

 バーモンは一つ頷くと、パンッと手を打った。


「質問はないようですね。では、本日は他に予定もありませんので以上にしましょう。皆さんは学校を見て回るなり、このまま帰宅するなり自由にしてくださって構いません。それではさようなら。また明日お会いしましょう」


 バーモンはそう言い残し、教室を後にした。

 クラスメイトも各々行動を始める。


 モノクル少年のディランは、バーモンが出て行った瞬間から荷物をまとめ、席を立った。

 そのまま教室を出ていくのを横目で眺めつつ、これからどうするかを考える。


(アンリ……どうしてるかな)


 ふと思い浮かんだのは、六年前から手紙のやり取りしかしていない幼馴染みの女の子だった。

 記憶の中では九歳のままの少女がどう成長したのか、気になる。

 僕は視線を横に向けた。


「フリージア……僕はもういくけど、君はどうする?」


「……私も一緒にいっちゃ……ダメ?」


 フリージアは僕の肩に頭を預けたまま、上目遣いで聞く。

 心なしかその瞳は潤んでいるように見えた。

 この頼みを断れる男子はこの世に存在するのだろうか。


「別に構わない。立つから一旦どいてくれ」


「ん」


 僕がそう言うと、フリージアは素直に離れ、荷物を取りに自分の席へ行き、やがて戻ってきた。


「じゃあ、行くか」


「ん」


 フリージアが腕を組んでこようとしたので、流石にそれは固辞し、袖を掴むぐらいで勘弁してもらうことにする。


(えっと、聖獅子クラスの教室は……)


 アンリが所属するとすれば、聖獅子クラスになるだろう。

 僕たちのクラスが階段を上がって一番奥なのに対し、聖獅子クラスは階段のすぐ傍だ。

 僕とフリージアは、連れ立って階段の方へ歩く。


 やがて、純白の立髪を持つ獅子の絵が刻まれた扉が見えてきた。

 扉は開かれており、廊下から中の様子が窺えそうだ。


「うーん、いない……か?」


 教室の外から見た感じ、あの特徴的な赤髪は発見できなかった。

 不審者と思われたくないので、一度扉から身を離す。


(誰かに聞いてみるか……?)


 そんなことを考えながら、不意に窓の外、中庭へと目をやる。

 驚きの息が口から漏れた。

 そこに、彼女がいた。


 燃えるような赤い髪は、彼女のキリリとした勝ち気そうな眼差しを体現するかのよう。

 六年前から美少女になりそうだと思っていたが、間違いなかったようだ。

 端正な顔立ちに、真っ直ぐ背筋を伸ばし凛とした佇まいは、見る者を引き寄せる魅力を放っている。

 現に、彼女とすれ違った人たちは皆んな彼女のことを振り返っていた。

 幼馴染みの成長に、僕は自分のことのように嬉しくなった。


「アンリ!」


 僕は中庭に向かって大きな声を出す。

 すると、眼下の少女は慌てた様子で周囲をキョロキョロと見回し、やがて視線を上に向け、目が合った。

 ぱぁっと花のような笑みが咲く。

 しかし、アンリが僅かに目線を横にそらした瞬間、輝く笑みは消え去り、その大きな目がすぅっと細められる。

 アンリが、自分のすぐ足元を指差した。


(お・り・て・こ・い?)


 アンリが口パクで何かを伝えてきた。

 目を凝らすと、アンリの元まで来るよう言っているようだ。


「フリージア、中庭に行くぞ」


「ん」


 僕は階段を駆け下りる。

 水色の少女はピッタリとついてくる。

 僕も浮かれているのか、早足になるのを実感しながら中庭へ急ぐ。


 中庭に出ると、アンリがこちらに向かってくるところだった。


「アンリ……久しぶり」


「え?……あ、うん、久しぶり」


 僕がそう声をかけると、アンリは少し俯き、指を胸の前で突き合わせるような仕草を見せた。

 なんだ?と思ったのも束の間、パッとアンリが顔を上げる。

 そこには、どこか不機嫌そうな雰囲気が滲んでいた。

 その視線は僕ではない場所に焦点が合っていた。


「その子は……誰?」


「え?……ああ」


 アンリは僕にくっついている少女、フリージアに目を向けていた。

 僕が釣られて振り向くと、想像よりもかなり近い場所に少女の顔があり、少しドギマギしながら、


「この子はフリージア。僕のクラスメイトだよ」


「……よろしく」


 僕がフリージアを紹介すると、ほんの少しだけどフリージアも頭を下げる。


「その子とは……どんな関係なの?」


「関係……って言われても、今日会ったばかりのクラスメイトだよ」


「今日会ったばかり……?じゃあなんでそんなくっついてるのよ!この変態!」


「へ、変態って言うな!こ、これには深い事情があってだな……」


 フリージアのくっつき具合には僕も思うところがあるので、強く反論できない。

 僕が言葉を濁したのがよくなかったのだろう。


「言い訳も……しないのね。いいわ、分かった」


 そう言って、アンリは深く息を吐く。

 そして、その細くしなやかな指先を、フリージアに突きつけた。


「フリージアさん、私と勝負して!そして私に負けたら、ルジーから離れて!」


「む……わかった」


 な、なんだか変な方向に話が進もうとしている。

 僕が慌てていると、アンリの斜め後ろに控えていた男子生徒が一歩、歩み出た。

 そこに人がいたことに、その時初めて気づいた。


「アンリエッタ様、その男は誰でしょうか?」


「え、ウリド卿?こっちはルジ……じゃなくてルージュ。私の幼馴染みよ」


「幼馴染み……ですか」


 ウリド卿と呼ばれた男子生徒は、ギロリとこちらに険しい視線を送ってくる。

 なんなんだ、一体……。


「差し出がましいようで恐縮ですが、そのような暗愚に貴重なお時間を割くのはおやめ下さい。アンリエッタ様と話せるなど至上の喜びであると言うのに、この男はそれを分かっていない」


 暗愚て。

 日常会話で初めて聞いたぞ。

 罵倒されたのは事実だが、また変なやつが……という思いであまり腹は立たなかった。


 アンリは、ウリドの言葉に困ったように眉間を摘む。


「ウリド卿、私の幼馴染みを悪く言わないでちょうだい。それにこれは、私にとって大事な問題なの。口出し無用よ」


 アンリが強い口調で突っぱねると、ウリドは出過ぎた真似をしました、と言い思ったよりも大人しく一歩下がる。

 その際、なぜか僕の方を思いきり睨んでいたが。


「じゃあ行きましょうか、フリージアさん」


「ん」


 アンリが歩き出し、フリージアも続くように歩き出す。

 フリージアが袖を握ったままなので、僕も引きずられるようについて行かざるを得ない。

 その様子を見て、アンリがギリッと歯軋りをしたことに、僕は気づかなかった。


 もうどうにでもなれ、と言う気分で僕は考えるのをやめた。



ブックマークに評価まで……!

本当にありがとうございます!!

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