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灰狼クラス

「ここか...」


 灰狼という文字と、灰色で塗りつぶされた狼のシルエットが刻まれた扉の前に、僕は立っていた。


 王都についた翌日、僕は王立ロールエントリア学園を訪れていた。

 今日は入学初日。

 初めて袖を通した制服は、白を基調とした清潔感にあふれており、胸元には狼のシルエットが縫い付けられていた。

 ちょうど目の前の扉と同じように。


 ――新入生の方はこちら――


 という看板が門から入ってすぐ目につき、そこに立っていた人に推薦状を見せるとこの教室に行くよう指示を受けたのだ。


 ごくり、と思わずつばを飲み込んだ。

 前世から数えて十五年ぶりの学校に、思ったより緊張しているらしい。


 何時までも突っ立っているわけにもいかない。

 僕は覚悟を決めると、扉に手をかけた。

 扉は引き戸だった。

 ガラガラと主張強めな音とともに、教室の中を晒していく。

 教室にはすでに、三人の生徒が座っていた。


(前世で通ってた学校は一クラス四十人だったから、五人っていうのは少し違和感があるな...)


 広々とした教室には等間隔に五つの席が並んでいる。

 その光景がどこか新鮮に感じた。


 改めて、教室の面々を観察してみる。


 手前に座っている二人の男女、僕が来るまで会話をしていたのか、席を動かして隣り合って座っている。

 今は教室に入ってきた僕に注目しており、会話はしていない。

 そしてもう一人、一番奥に座っている少年。

 右目のモノクルが特徴的だろう。

 僕が入った瞬間こちらを一瞥したが、すぐに興味を失ったように手元の本に目を落とした。


 そこまで考えたところで、近くにいた少年、少女に声をかけられる。


「君も新入生?」

「あなたも新入生?」


 息ぴったりな問いかけに驚き、僕は曖昧に頷く。

 僕が目を丸くしたのを見て、二人は揃って苦笑した。


「あはは、驚かせちゃった?」

「ごめんなさい、私たちは双子なのよ」


 ――双子。

 そう言われて二人の顔を見比べてみると、その顔は驚くほど似ていた。

 どちらも顔立ちはとても整っており、もし前世にこんな双子がいれば即座に芸能界入りするだろう美少年と美少女だった。

 あえて違いを上げるとすれば、少年は垂れ目、少女はつり目というぐらい。

 ただもう一点わかりやすい違いがあった。

 それは髪の毛だ。

 二人とも、頭のてっぺんで綺麗に色が分かれているツートンカラーになっているのだが、その配色が逆なのだ。

 僕から見て、左側が銀色で右側が金色になっているのが少女の方。

 その逆が少年の方だ。


「僕はコルド!」

「私はシルヴィアよ」


 よろしく、と異口同音に挨拶される。


「僕はルージュだ。よろしく。それにしても、双子とはいえすごい息ぴったりだな。僕が住んでいた村にも双子がいたが、そんなに息ぴったりじゃなかった」


 僕の言葉に、コルドとシルヴィアは顔を見合わせる。


「それが僕たちの天恵なんだよ」


 代表して、コルドが答えた。

 隣でシルヴィアが頷いている。


「僕たち...?」


 灰狼クラスということで、ある程度珍しい天恵だということは予想できたことだが、僕たちという言葉に引っかかった。

 僕の呟きの意図を正確に読み取ったのだろう。

 シルヴィアがバトンタッチして口を開く。


「私とコルドの天恵は、共有者。お互いの考えだったり、五感を共有できるのよ。コルドが何かを食べておいしいと感じれば、私もその感覚を共有して美味しいと感じるってこと」


「な、なんだかすごい力だな。...少し生きづらそうにも感じるけど...」


 それは、初めて聞く天恵だった。

 その価値は僕には想像できないけど、共有したくないような感覚もあるはずで、かなりデリケートな天恵のように聞こえた。


 僕の言葉に、二人はまた苦笑した。


「そうだね、この天恵にオンオフの機能がなかったら、確かに気が狂いそうになるかもしれない」


「あ、オフにもできるんだな」


「そうよ」


 二人の息が合いすぎていて、まるで一人と会話している気分になる。

 へえ、と僕の口からは間抜けな声が漏れた。


「で、ルージュの天恵は何なの?」


「僕?僕は...精霊使いだよ」


 その言葉に、二人は目を輝かせる。


「精霊使い!?すごいじゃん!どんなことができるの!?」

「精霊使い!?...すごいわね、力を見せてもらうことはできるかしら?」


 お互いの性格が言葉遣いに反映されているが、言っていることは同じだった。

 今度は僕が苦笑した。


「こんな感じ」


 僕は二人にそう()()()()、手のひらに小さな火柱を起こした。


 うわああ、という感嘆の声が二つ上がる。


 その時、ガラガラッと扉が開いた。

 僕ら三人の目がそちらを向く。


 扉からは、一人の少女が入ってきた。

 肩にぎりぎりかからないぐらいの綺麗な水色の短髪は、教室の明かりに反射して輝いているように見える。

 眠たそうに目を細めてはいるが、端正な顔立ちは見る者を引き付ける魅力を含んでいた。


 その少女の足取りは重い。

 よほど眠いのだろうか、しきりに目をこすり欠伸をしている。

 その腰には一振りの剣を下げていた。

 唯一空いている席までたどり着くと、座ると同時に机に突っ伏し、すぐに規則だたしい寝息を立てはじめる。


「......」


 僕たち三人は、一連の流れを黙って見届けると、顔を見合わせた。


(最後の一人は少し変わった子かもしれない)


 双子ほどじゃないが、僕らの心は多分一致していた。


 その後も双子と談笑していると、キーンコーンカーンコーンとどこか懐かしさを感じるチャイムが鳴り響いた。


 それと同時にまた扉がガラガラと音を立てる。

 扉の方を見ると、見覚えのある顔が入ってくるところだった。


「え、バーモンさん!?」


 少し顔つきが変わっているが間違いない。

 それは、六年前に僕とアンリに推薦状をくれたバーモンだった。

 そういえば、教師をやっていると言っていたはずだ。


 僕の言葉を聞き、バーモンは一度こちらを見てにっこりと笑みを浮かべる。

 そのまま教壇まで歩みを進め、全体を眺めるようにこちらへ向き直った。


「皆さん初めまして、今年このクラスの担任を務めます、バーモンと言います。よろしくお願いします」


 なんと、バーモンがこのクラスの担任らしい。

 どこか出来すぎな気もするが、知っている人物が担任というのは喜ばしいことだろう。


「それでは簡単に自己紹介を始めましょうか。まず私から。名前はもう言いましたが、バーモンと言います。司祭の天恵を持っておりますので、普段は教師のほかに教会にも所属しております。以後お見知りおきを」


 ぱちぱちと散発的な拍手が、バーモンに送られる。

 双子と僕、そしてモノクルの少年も、バーモンに向かって拍手をしていた。

 唯一拍手していなかったのは、眠そうに教室に入ってきたあの子だ。

 一応バーモンの自己紹介は聞いていたようで、顔はバーモンの方を向いていた。

 体勢は突っ伏したままだったが。


「次は皆さんに自己紹介をしていただきましょうか。簡単に名前と天恵だけで結構です。そうですね...名前順に行きましょうか。コルド君からお願いします」


 そこから、コルド、シルヴィアと自己紹介がされた。

 内容は先ほど話したものと同じだった。


 そしてその次はモノクルの少年だった。


「...ディランです。天恵は、鑑定士、です」


 モノクルの少年――ディランは、それだけ言うと着席した。

 先ほどからずっと本を読んでいたことと言い、話すことがあまり得意ではないのだろうか。


 それにしても鑑定士...やっぱり聞いたことのない天恵だ。

 もしかすると、僕が一番珍しくない天恵なのかもしれない。


「では次、フリージアさん、お願いします」


 僕の名前じゃなかった、ということは僕の挨拶は最後らしい。


 眠そうに目をこすっていた少女は、ゆらりと立ち上がる。


「フリージア、剣聖」


(...剣聖ッ!?)


 剣聖ほど有名な天恵も珍しい。

 剣士系の天恵の中で、最上級。

 父さんの持っていた剣豪よりも格上の存在だ。

 確か、今までは世界に一人しかいなかったはず...もう一人いたなんて、知らなかった。


 少女は、限界...とばかりにガタンと勢いよく座り、再び突っ伏す。

 そして首だけごろんと回し、僕の方を見た。

 自己紹介を聞く気だけはあるらしい。


「では最後、ルージュ君ですね」


 そういえば、昔はバーモンからさん付けで呼ばれていた気がする。

 教師ということで少し砕けた接し方になっているのだろうか。


 そんなことを頭の片隅で考えつつ、僕は口を動かす。


「僕は、ルージュ。精霊使いです。よろしく」


 一応みんなの方を向きながら話す。

 そこで突然、強烈な視線を感じた。


 その視線の主は...フリージアだった。

 先ほどまで気だるげに身を伏せていたのが、なぜか身体を起こしていた。

 そのままゆらりと立ち上がり、ふらふらとこちらに近づいてくる。


「え、ど、どうした?僕が何かしたか」


「......」


 力ない歩き方からは想像できないほど、血走った目が向けられる。

 僕の言葉に対する返事はない。

 フリージアの足は止まらない。


 僕は両手を前に突き出し、止まるようフリージアに呼びかける。

 そんな僕の手をフリージアは掴み、引き寄せる。

 その華奢な体躯からは想像できないほど強い力に、僕は前につんのめった。

 そのまま、フリージアに抱き留められる。


(や、やられる...!?)


 何をされるかわからず身をこわばらせる僕に対し、フリージアは僕の胸に顔をこすりつけるようにして、はふうと気の抜けたような声を出した。

 それはまるで、疲れ切った状態で湯船に身を沈めた時のような、弛緩しきった声。


「...え?」


 僕の疑問の声は、虚しく教室内に響いた。



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