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王都、再び

「ん、んん……」


 自己主張が強い朝の日差しが、瞼越しでも目を焼き、喉から呻くような声が漏れる。

 思考がぼんやりとしているのを自覚しながら、ゆっくりと目を開く。

 見慣れた天井。

 住み慣れた僕の部屋だ。


【天恵の儀】から、六年が経った。

 特に変わったことはなく、村で魔法の鍛錬を積む日々だった。

 そして今日で、その日々は終わる。


 ベッドから降り、よろよろと机に歩み寄る。

 そこには一通の封筒があった。


 一度開いた跡のある封筒から、一枚の手紙を取り出して眺める。

 もうこの手紙に返事を書くこともないと思うと、どこか寂しさを感じた。


 ──待ってる、で締め括られたその手紙。

 それを僕は大切に封筒に戻し、引き出しにしまう。


 村を出発する日が来た。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「ルジー、忘れ物はない?」


「大丈夫だよ、母さん」


「推薦状もちゃんと持ってるの?」


「持ってるってば」


 いかにも心配してますといった様子の母さんは、あれこれ心配事を口にする。

 普段なら少し鬱陶しく感じていたかもしれないが、これからしばらく会えないことを考えれば、悪くない気分だった。


 そんな母さんとは対照的に、父さんは腕を組んだまま目を瞑っている。

 その様子からは何を考えているか、まったく読み取れない。


「...ルジー」


「ん?なに、父さん」


 すっと、父さんは目を開き、落ち着いた口調で話しかけてくる。


「最後に、一度手合わせをしないか」


「え...?」


「もう、何を言ってるのよあなた!ルジーはもうすぐ――」


 僕は、母さんの言葉を遮るように手を出した。

 そして父さんに向き直る。


「いいよ、やろうか」


「よし、ついてこい」


 はあ、と額を抑えてため息をついている母さんには少し悪いと思いつつ、僕は訓練用の木剣を持って外に出た。

 家の横にある広めの庭。

 僕と...昔はアンリも剣の訓練をしていた場所だ。

 以前は草が生い茂っていたのだが、日々の訓練により踏み均された地面が露出している。

 調子を確かめるように足首を回すと、ザリッとするような音を立てた。


 六年前のあの日から、僕は魔法だけでなく剣の訓練にも精を出していた。

 もっと強くなるであろうアンリに対して、久しぶりに会ったとき失望されないよう、できることは何でもやろうと思ったのだ。

 勿論、魔法の訓練もさぼっていたわけではない。


 僕が位置についてのを見て、父さんが正眼に木剣を構える。

 その構えは堂に入っており、言葉にできない圧が迸っていた。


「......」


 常在戦場。

 剣の訓練をするとき、父さんはいつもそう口にしていた。

 モンスターと日々戦っていた父さんの価値観だ。

 いつ襲われるかわからない戦場に油断なんてあってはならないという教訓。


 だからいつも勝負の開始は唐突だ。

 わかりやすい合図もなく、始まったと感じたらもう勝負は始まっている。


 僕は腰を落とし相手の様子をうかがう。

 父さんと真正面からぶつかっても勝ち目はない。

 しかし、父さんも腰をどっしりと落としたまま動く気配がない。

 如何やら先手は譲るつもりらしい。


 ふうっと、僕は大きく息を吐いた。


『身体強化』


 地面を渾身の力で蹴る。

 魔法の力と相まって一筋の光と化した僕は、父さんに思いきり木剣を叩きつける。

 キロッと父さんの隻眼が動いたのが分かった。

 超スピードで動く僕を、明らかに認識している。

 これ以上ないほどに滑らかに、父さんの木剣が滑った。

 それは僕の剣の軌跡に割り込み、カーンという音を立てて弾く。

 返す刀で横なぎに振られた攻撃を、僕は刀身に手を添え、受け止めた。

 重い一撃に僕の身体はふわりと体が浮き上がり、着地した足は後ろ向きに地面を滑る。


「今度はこっちからだ」


 痺れる手に歯噛みしていると、父さんが一歩前に出た。

 それだけで、風が吹いたかとすら感じるプレッシャーが放たれ、思わず身が竦む。


 父さんの天恵は、剣豪。

 剣を使っているとき、無類の強さを誇る。

 父さんの身体が一瞬、沈み込むように低くなったかと思うと、弾丸のように飛び出した。

 音がしない。

 どういう原理か、滑るように僕に肉薄した父さんは、上段から剣を振り下ろしてくる。

 ギリギリで、木剣を滑り込ませることに成功したが、バキッという嫌な音を立てて、僕の木剣を真っ二つになり吹き飛んだ。

 丸腰になった僕の首に、父さんは木剣を押し当てる。


「...参りました」


「...強くなったな。ルジー」


 その言葉に、僕は首を傾げた。

 今まさに完敗したというのに、強くなったといわれても...。

 父さんの顔を見上げると、先ほどの真剣な顔つきからは一転、柔和な笑みを浮かべていた。


「昔だったら、一回きりとはいえ、俺の一撃を防ぐことなんてできなかったろ」


「まあ、それはそうだけど...」


「強くなったよ。お前は」


 ガシガシと父さんは僕の頭を撫でながら、お前が剣士じゃないのが惜しいよ、と呟いた。

 僕は気恥ずかしくなって、父さんの手を払って、乱れた髪を直す。


「...たまには、手紙出せよ。...母さんが悲しむからな」


「...え?」


 らしくない台詞に思わず父さんの方をガン見すると、わかりにくいがその耳が赤くなっていた。

 如何やら恥ずかしいらしい。

 僕は苦笑した。


「父さんは?父さんは悲しんでくれないの?」


 今度は、父さんがびっくりする番だった。

 そんなことを言われるとは思っていなかったのだろう、目を見開くと、二カッとした笑みを浮かべ、


「悲しいわけねえだろうが。せっかくの息子の門出だってのに」


 父さんが拳をこちらに突き出す。

 僕も笑って、拳を突き出した。

 ゴスッと鈍い音がした。

 少し痛かった。


 母さんの元に戻ると、すでに王都行の馬車が家の前に停止していた。

 僕の鞄を持った母さんが手招きしている。


「じゃあ、気を付けて行ってくるのよ」


「...うん。また、手紙書くよ」


 父さんの方をちらっと見ると、僕の視線に気づいたのかそっぽを向く。

 僕は声を出して笑った。


「じゃあ、行ってきます」


「「行ってらっしゃい(こい)!!」」


 馬車に乗り込むとすぐ、御者が鞭を打ち車輪が回りだす。

 少しずつ遠くなる家族に向かって、僕はずっと手を振り続けた。

 その姿が見えなくなるまで、ずっと。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「ここが、僕がこれから暮らす寮か...」


 道中は特に何事もなく、無事に王都に到着した。

 王立ロールエントリア学園は全寮制の学校であるため、僕はこれから用意された寮に住むことになる。

 事前に学校から届いた地図がわかりやすかったため、迷うことなく寮までたどり着くことができた。

 寮は学校のすぐ傍に建てられており、背の高い建物、例えば教会なんかは寮の入り口からも見える。


「お、お邪魔しまーす」


 寮の場所までは分かっていたが、部屋番号などは不明だったため、誰かに聞く必要がある。


 入り口から一歩中へ入ると、すぐ横からグーグーという気持ちのよさそうな寝息が聞こえた。

 ギョッとして僕が音の方向へ目をやると、受付窓口のような窓枠に誰かが突っ伏して寝ている。

 長い黒髪に頭全体が埋もれているため、人相は全くわからないが、腰まで伸びるほどの長髪から見て恐らく女性だろう。


 窓口にいるということは、寮の管理者的な立ち位置だろうか...。


 厄介ごとの気配を感じあまり触れたくはなかったが、この人以外には他に誰もいなさそうだったので、僕はため息をついてその人の方をトントンと叩く。


「あの、すみませーん」


「ん~むにゃむにゃ...もう食べられないよう...」


「あ、あの!すみませーん!」


「んん~」


「す・み・ま・せ・ん!」


「んもう、うるさ~いッ!!!」


 突如突っ伏していた頭を持ち上げたため、耳元まで近づいて声をかけていた僕の顔面に思いきりぶつかる。

 視界がくらくらと明滅し、鼻の奥からはツンと嫌な気配がした。


「もう、気持ちよく寝ている人を大声で無理やり起こすなんて、全く礼儀がなってな――ってあなた大丈夫!?鼻血出てるじゃない!ちょっと待って、今拭くものを...!」


 そこから僕とその女性はアワアワとしたまま、とりあえず僕の鼻血が止まるのを待ち、落ち着いて話ができたのは数分経ってからだった。


「こほん、それで...今更だけどあなたは誰?」


 一つ咳払いをして立て直しを図りつつ、女性が僕に尋ねてきた。

 その女性は僕より少し年上に見える。

 長い髪に隠れていた顔にはクリッとした大きな黒い瞳を携え、綺麗な鼻筋は誰が見ても美人だと言うであろう容姿をしていた。

 しかし、先ほどまで突っ伏して寝ていたからか、額には赤い跡がくっきりついており、どこか残念な雰囲気を漂わせている。

 しかもその跡に気づいていないのか、キリリとした表情を作り僕に話しかけてくるものだから、シュールなコントのようだった。


 僕は笑いをこらえつつ、返事をする。


「僕は、今年から入学するルージュと言います」


 僕がそう言うと、女性は得心がいったようにポンと手をたたいた。


「あなたがルージュ君ね!待ってたわ!私は、三年生のセリカよ!短い間だけどよろしくね!」


「はあ、よろしくお願いします」


 待ってたとはどういうことなのか、セリカに問いかけると、一年生の部屋案内役をセリカが任されていたようだ。

 張り切って朝早くから待機していたのだが、そのうち眠ってしまったらしい。

 ...やっぱり、どこか残念な人のようだ。


(というか、僕の都合で起こしてしまって申し訳ないと思っていたけど、寧ろ寝ていたセリカさんの方が悪かったのでは...)


 そう思いつつセリカを見ると、ぽやーとした表情で笑っており、もはや何も言うまいと忘れることにした。


「じゃあ、案内するわね!」


 れっつごー、と拳を高く掲げて、セリカが歩き出す。

 僕がついてきているかなど確かめようともしないので、僕は慌てて荷物を持ってついていった。

 変な人だけど、いい人ではありそうだ。

 不安が少し安らぎ、こっそり安堵の息をついたのは内緒の話である。


 階段を二つ上り、三つ目の部屋でセリカは立ち止った。

 左右を見てみると、両サイドに二つずつ扉がある。

 僕はどうやら、五部屋あるうちの真ん中の部屋らしい。


「セリカさん、新入生は何人いるんですか?」


「むう!」


 ふと気になって、セリカに尋ねるとセリカはなぜかむっとした顔つきになった。

 というか声に出ていた。


 何か悪いことを言ったのか、と僕が慌てると、


「...先輩」


「え?」


「...さんじゃなくて、先輩」


「えっと...セリカ、先輩?」


「うん、何かなルージュ君!」


 僕が言い直すと、ころっとセリカの機嫌がよくなった。

 如何やら先輩と呼んでほしかったらしい。

 なんてめんどくさ――いや、これ以上はやめておこう。


 先ほどの質問をもう一度セリカにすると、セリカは一瞬顎に手をやったあと、手をパーの状態にして突き出してきた。


()()()()()()()五人だよ。順番に部屋に案内してて、ルージュ君は三番目。あと二人来る予定だね~」


「うちのクラス...?」


「あれ、聞いてない?この学校にはね、全部で五つのクラスがあるんだよ」


 またもやパーの形の手を出し、一つずつ指を折りながら説明していく。

 セリカが言うには、以下の通りらしい。


 冒険者志望の生徒が所属する、金龍クラス。

 騎士志望の生徒が所属する、青鷹クラス。

 商人などの商業志望の生徒が所属する、黄猫クラス。

 聖職者志望の生徒が所属する、聖獅子クラス。

 希少な天恵を持つものを集めた、灰狼クラス。


 指を全て折ったところで、セリカが僕を指さした。


「それで君は灰狼クラス。ここは灰狼クラス専用の寮。これからよろしくね、ルージュ君」


「はい、よろしくお願いします、セリカ...先輩」


「よろしい」


 うんうんと頷くセリカをスルーし、僕は扉を開ける。

 部屋の広さは八畳ほどだろうか。

 真正面に大きな窓があり、右にベッド、左には机がある。

 他にも必要最低限なものはそろっているという感じだ。


 とりあえず、僕はベッドの近くに荷物を置いた。

 さて、今から何をしようか。

 学校は明日からだ。

 今はちょうど太陽が頂点に達したぐらい。

 つまり、今から半日はフリーとなる。

 一瞬、アンリと会うのはどうだろうかと考えたが、学校に行けば会えるだろうと考えていて今アンリがどこで何をしているのかを知らない。

 教会に行けば会えるかもしれないが、迷惑になる可能性もあるのでやめておいた。


 部屋を出ながら、僕は思案する。


「僕より前に来た二人に挨拶でもしようかな...」


「あー、それは難しいかな...」


 部屋の外には、まだセリカが残っていた。

 もしかして暇なのだろうか。


「難しいというのは、どうしてですか?」


「二人とも出かけちゃってるんだよね、ルージュ君が来る少し前に」


 そういうことか、まあ同じクラスということは明日嫌でも顔合わせするだろう。

 挨拶はその時でいいか。


 僕はちょうどいいと、その場にいたセリカにいろいろと尋ねる。

 寮から近い美味しいお店とか、生活必需品をそろえるならどこに行けばいいかなどだ。


 とりあえず、寮から出てすぐ近くにある、串焼きの出店が美味しいらしいからあとで行ってみることにした。

 その後のスケジュールも、セリカの話をもとにざっくり組み立てていく。

 セリカから話を聞き終えお礼を言うと、僕は王都の街に繰り出した。


 教えてもらった串焼きの店をはじめ、適当にぶらつきながら王都を観光する。

 初めて見る物が多く思ったよりも楽しめた。

 帰ってくる頃にはすっかり陽も落ち、夜になっていた。


 寮の入り口をくぐる。

 流石にセリカの姿はなかった。

 僕は三階までの階段を上る。

 どうやら、三階が一年生、二階が二年生、一階が三年生という振り分けになっているらしい。

 こういうのはどこも似たようなものなんだなと、少し可笑しかった。


 自分の部屋にたどり着くと、四番目、五番目の部屋からも明かりが漏れていた。

 新入生全員が到着したらしい。

 夜に部屋を訪れるのはさすがに迷惑だろうから、それは自重しておく。


 部屋に入り、ベッドに腰を落とす。

 そのまま、何時もの日課にしている瞑想を行い、終わったら早めに就寝した。

 明日から始まる日々に、胸の高鳴りを感じながら。



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